21. 知る努力 〜オズワルドside
学年が2年に上がり、ゲームのシナリオも3分の1を消化した。
オズワルドもしょっちゅう〝観察者の眼〟で経過観察しているが、ミリカの攻略は順調そうに見える。
オズワルドは人との交流を避けるために、授業以外の時間は校舎一角のほとんど使われていない物置を根城にして入り浸っている。
ミリカとの鉢合わせを防ぐために、裏庭の木の上を隠れ家の選択肢から外したのは言うまでもない。
ユリアンナも定期的にミリカへの嫌がらせを続けており、学園内の評判は最悪。
普段は地味な装いで大人しく、むしろ目立たない部類の令嬢なのだが、ミリカに嫌がらせをする時だけは衆人の目を引くよう派手にやるのだから大したものだ。
「シルベスカ公爵令嬢は相変わらず酷い噂だな」
そうオズワルドに声をかけてきたのは、魔法の師である宮廷魔術師長モーガン。
オズワルドがユリアンナに魔法を教えていることを知っている唯一の人物である。
モーガンにはユリアンナの事情を全て話しているわけではないが、魔法を教えるにあたってユリアンナが危険な人物でないと証明するのに簡単に事情を説明してあるため、モーガンはユリアンナが噂のような人物でないと知っている。
「ええ。思惑通りにいっているといえばそうなんですが」
「まあ、あんまり悪く言われると複雑だよな」
モーガンはオズワルドの微妙な表情を見て心境を察してくれる。
「ユリは周りの評価をあまり気にしていないようですが、悪く言われて嫌な気分にならない人はいないでしょう」
「ああ、そうだな」
オズワルド自身も今まで人から指を差されて嫌な思いをしてきたので、どうしてもユリアンナに感情移入してしまう。
「助けてやったら良いじゃないか、お前が」
「……今の状況はユリの望んだことですから。俺は陰ながら手伝うだけです」
そう静かに話すオズワルドに、モーガンは優しい眼差しを向ける。
オズワルドの親代わりを自負しているモーガンだが、徹底的に他人を避けてきたオズワルドがこんなにも他人を思い遣る姿を見られたことに喜びが湧き起こる。
それと同時に、息子同然のオズワルドの大切な人があまり良くない状況に晒されていることに胸が痛む。
「彼女には味方がいないんだろう?お前がしっかり守ってやれよ。……何かあれば、俺も手を貸せるから」
その言葉に、オズワルドは力強く頷いた。
いくら宮廷魔術師長とはいえ最も高貴な公爵家の内部のことや婚約関係に口を出せるはずもない。
モーガンは直接的に手助けできないことを歯痒く思いながらも、弟子の精神的な成長に目を細めた。
◇
「オズワルドは学園で全然会えないけどいつもどこにいるんだ?」
アレックスが親しい人の前だけで見せる素の笑顔でオズワルドに話しかける。
月に数度、公務の合間を縫ってモーガンから魔法の指導を受けているため、こうしてオズワルドと顔を合わせる機会がある。
「……秘密」
「何でだよ!」
アレックスは楽しそうにくつくつと笑う。
オズワルドはアレックスの左手首に輝くガラス玉で出来たブレスレットに視線を移す。
「……それ。どうしたんだ?」
アレックスはオズワルドの視線の先に気づいて、慌ててブレスレットを右手で隠してまごつく。
「あっ……いや、これは……」
オズワルドは〝観察者の眼〟で見ていたので知っている。
このブレスレットは先日アレックスがお忍びで街に出た時に偶然(という名の必然)ミリカに遭遇して、ミリカに髪飾りを買ってあげたお礼にプレゼントしてもらったものだ。
ドレスや宝石でギラギラ着飾ることを是としている貴族令嬢の中で、ガラス玉に目を輝かせるミリカの姿は、アレックスの目には新鮮に映った。
そんなに高価でない髪飾りを大層喜んだことも、お礼をしたいと言って少ない小遣いの中から買えるブレスレットを選んでくれたことも、アレックスにとって喜ばしいことであった。
「婚約者から貰ったのか?」
ミリカとの逢瀬を思い出していたアレックスは、オズワルドの一言で現実に引き戻される。
「婚約者……?ユリアンナか?」
ミリカのことを思い出していた時とは打って変わって、アレックスの表情が曇る。
「違うのか?女の子が選んだようなブレスレットだったから」
「これは……ユリアンナから貰ったものではないよ。彼女はこういうものは選ばないだろう」
───派手に着飾ることしか考えていない、品も慎ましさもない令嬢だから。
アレックスの反応は言外にそう言っているかのようだ。
「婚約者じゃない子から貰ったものを身につけてるんだ?ふーん………」
オズワルドの口調は決して責めるようなものではないが、アレックスは微かな罪悪感から苦笑いを浮かべる。
「ミリカ・ローウェン嬢といってね。男爵令嬢なんだが、とても聡明で慎ましい令嬢なんだ。成績も常に上位に入るほど勤勉だし、性格も優しくて他人に対する思いやりがある」
「……ユリアンナ嬢と正反対だな?」
オズワルドがそう相槌を打つと、アレックスの表情が再び曇る。
「そんなに嫌いなら、婚約解消すればいいのに」
「それは無理だよ。……国王陛下もユリアンナには頭を痛めてるんだが、婚約の解消までは言い出せないみたいだ。この婚約はシルベスカ公爵の肝煎りだから……」
それほどまでに、この国でシルベスカ公爵は権力を握っているということか。
「………なぁ。俺はユリアンナ嬢と話したことはないけど、本当に噂のような令嬢なのか?」
オズワルドがそう言うと、アレックスが僅かにその碧眼を見開く。
「それはもう!我儘で、ヒステリックで……何度も煮湯を飲まされたし、何度も恥をかかされたよ。去年の大夜会だって……」
そう言って、アレックスは言葉を呑み込む。
去年の大夜会の騒ぎを引き起こしたのは、自分の軽率な行動がきっかけだったとも言えるからだ。
「俺、たまに学園でユリアンナ嬢とすれ違うけど、聞いてるような雰囲気と違うんだよな。地味っていうか……大人しいっていうか」
「え?ユリアンナが……地味?」
アレックスは最近のユリアンナの姿を思い浮かべてみる。
普段はユリアンナに会わないよう避けているため学園でのユリアンナの姿は思い浮かばないが、大夜会ではこれでもかと着飾っていた。
しかし、後日謝罪に来たときには確かにシンプルなデイドレスだった気がする。
「人ってずっと同じじゃないよね。俺も……アレックスだって、成長するにつれて考え方も変わるだろ?どうせ婚約解消できないなら、一度きちんと向き合ってみたら?」
「向き合う……か」
オズワルドの言葉に、アレックスは何かを考え込むように俯いた。
オズワルドにとっては彼もまた大切な友人だ。
ユリアンナたちの茶番劇に巻き込むことに多少の罪悪感があるし、何よりアレックスには幸せになって欲しい。
思考の糸を掴もうとするように握って開いてを繰り返すアレックスの手首には、ガラス玉のブレスレットが輝いていた。
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