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19. 初冬の大夜会

 大夜会の夜、ユリアンナは公爵家の馬車に乗って王宮に向かい、王族専用通用口で降りる。

 王族の婚約者であるユリアンナは家族と入場時間が異なるため、家族とは別々の馬車で会場入りしている。


 王宮に着くとすぐに侍従が迎えにやって来て王族用の控室に通される。


「輝けるイビアータ王国アイレット王家の皆様にご挨拶申し上げます。シルベスカ公爵家のユリアンナでございます」


 ユリアンナは控室に入ると王族に向けた口上と低いカーテシーで挨拶をする。

 顔を上げるよう声がかかり、ユリアンナが一番入り口に近い場所にある椅子に腰を下ろすと、王族の面々が驚いたような表情をユリアンナに向ける。

 いつものユリアンナなら、挨拶を終えるとすぐにアレックスのもとに駆け寄って迷うことなく隣に腰掛けるからだ。


 前世の記憶が戻ってから、ユリアンナはアレックスに微塵も恋情を感じなかった。

 ベタベタとくっついていた過去のユリアンナも、誰かに愛して欲しいという気持ちを婚約者であるアレックスに向けていただけで、別にアレックス自身を愛していたわけではないと思う。


 だから以前のように媚を売る気分にはならなかった。

 今更アレックスとの関係をどうこうしようとしたところでどうせ断罪後には国外追放になるのだから、無駄なことはしたくない。


「こうやって会うのは久しぶりだね、ユリアンナ。学園でもなかなか会う機会がないものだから」


 一応婚約者として気を遣ったらしいアレックスがユリアンナの対面に座り、声をかけて来た。

 学園で会う機会がないと言うが、クラスが違うとはいえ同じ学年なのだし、会おうと思えばいつでも会える。

 それなのに会えないということは、会う気がないということに他ならない。


「そうですわね。アレックス殿下におかれましては変わらずご健勝そうでなによりです」


 ユリアンナが一言返すと、すぐに場が沈黙する。

 相も変わらずアレックスの瞳の色のドレスを着て婚約者アピールをしているのに、アレックスには何の興味もないような態度を取るユリアンナに、アレックスは小さな違和感を覚える。


 はっきり言って、アレックスはユリアンナが嫌いだ。

 しかし婚約者である以上、それなりの態度で接しなければならない。

 アレックスは違和感を振り払い、優しい笑顔を貼り付けて、ユリアンナの手を取り舞踏会場までエスコートする。





 舞踏会が始まりユリアンナはアレックスとファーストダンスを終えると、〝認識阻害〟魔法でひっそりと会場の人混みに紛れる。

 いつもなら接着剤で引っ付けたようにアレックスの隣をついて回るのだが、今更アレックスに構って欲しいかのように演技するのも面倒だ。

 だったらさっさと今日のメインイベントを終わらせて帰って寝たい。


 そう思いながら会場を歩いていると、鮮やかなブルーのドレスを身に付けたミリカを見つける。

 両親が王都に来られないので、エスコート相手がいないミリカを気遣ってジャックがエスコートを買って出たらしく、その右手はジャックの腕にかけられている。


 2人は楽しげにダンスを踊ると傍に避け、一言二言話した後、ジャックはその場にミリカを残してその場を離れていく。

 その隙を狙って、ユリアンナは姿を現した。

 その手には赤ワインが入ったグラスが握られている。


「あら?ミリカじゃない。……大事な大事なドレスがダメになったと聞いていたけど、随分と下品なドレスを着ているのね?どうせその辺の男に強請って買わせたのでしょう?さすが厚顔無恥な尻軽女ね!!」


 ユリアンナが勝気な紅色の瞳を吊り声を張り上げると、周りの人々の視線が2人に集まってくる。


「その辺の男だなんて……。これは、デビュタントのドレスが無い私を可哀想に思ったアレックス殿下がプレゼントしてくださったのです!私のことは何と言われても構いませんが、ドレスのことは悪く言わないでください!」


 ミリカはその小さな体を震わせながら懸命にユリアンナを睨みつける。

 ユリアンナは顔を紅潮させ、怒りを露わにする。


「アレク様にプレゼントしてもらったですって………?わたくしでもドレスを贈ってもらったことはないのに………」


 ボソッと呟くと、ユリアンナは持っていたグラスを勢いよく傾け、ミリカのドレスに赤ワインをぶち撒ける。


「な、何をするんですかっ!!」


「うるさいっ!!この生意気な女狐め!やっぱりアレク様を狙っているのね!!しがない男爵令嬢のくせに!!身の程を弁えなさいよ!!」


 ユリアンナが怒りに任せて平手を振り翳したところで、ミリカの前に巨体が滑り込み、ユリアンナの手首が何者かに掴まれる。


「そこまでです、ユリアンナ嬢!いくらシルベスカ公爵家の令嬢とはいえ、公衆の面前で他の令嬢に暴力を振るうなど到底許されませんよ」


 ユリアンナの背後からその手首を掴んで凶行を止めたサイラスが、その榛の瞳を厳しく細める。


「大丈夫か、ミリカ。一人にしてごめんな」


 身を挺してミリカを庇ったジャックが小さく震えるミリカを見て眉を下げる。


「何の騒ぎだ?……ミリカ嬢!」


 騒ぎに気付いたアレックスが近づいて来て、ミリカのドレスにベッタリとついた赤ワインのシミを見て眉根を寄せる。


「……せっかくのドレスが汚れてしまったね。こちらで着替えるといいよ。おいで、ミリカ嬢」


 アレックスは冷めた目でユリアンナを一瞥すると、ジャックら側近と共にミリカの手を引いて王宮へと消えて行った。


「……離してくださる?それとも、牢にでも連行されるのかしら?」


 ユリアンナが未だ手首を掴んでいるサイラスにそう言うと、サイラスは酷く憎々しげな面持ちでその手を離した。

 先ほどまでヒステリックに叫んでいたのが嘘のようにユリアンナは静かに踵を返すと、サイラスたちを振り返ることなく会場を後にした。




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