10. 生き残るために
魔法の練習を重ねるたびにユリアンナとオズワルドの関係は変わっていった。
始めのうちはオズワルドもユリアンナの悪評を気にしてかなり警戒していたし、ユリアンナも攻略対象であるオズワルドに近づきすぎないよう気を付けていた。
しかし噂される悪女とは違うユリアンナの姿にオズワルドも次第に警戒を解き、ユリアンナも唯一自分と対等に話してくれるオズワルドに親しみを覚えていった。
学園入学する頃には2人はすっかり打ち解けて魔法以外の話をするようになっていたし、ユリアンナも最大の秘密である〝転生者〟であることをオズワルドに打ち明けていた。
「………それで、やっぱりヒロインに協力を仰ぐの?」
「それが一番良いように思うのよね」
いつものように魔法の実戦訓練をした後、かいた汗を拭いながら2人は古屋敷の庭の大木の下に座る。
「たぶん……これは本当にただの勘なんだけど。ヒロインも私と同じ転生者だと思うのよ」
前世で流行っていた異世界転生ものの作品では悪役令嬢とヒロインどちらも転生者というパターンは定石だった。
それを鑑みると、ヒロインが転生者ではないという可能性は限りなく低いと思われた。
「もしヒロインが転生者なら、対象者を攻略するためにはユリアンナからの妨害が必要なことを知っているはず。たとえ私が何も手を出さなくても、陥れられる可能性があるわ」
「ユリが手を出してないなら、証拠がないんだから断罪できないだろ?そんなに心配することもないと思うけど」
「私が普通の令嬢ならそうでしょうね……でも、私が他の人からどんな風に噂されてるか知ってるでしょ?」
ユリアンナはオズワルドの前でだけ出す砕けた口調で、肩を竦めて見せる。
「〝無能で〟〝愚かな〟〝稀代の悪女〟………だっけ?確かに、何もやってなくても簡単に犯人に仕立て上げられそうではあるな」
「そうでしょ!?だから、もういっそのことヒロインに全面協力して、国外追放は受け入れるからギロチンだけは勘弁してもらおうと思って」
大真面目に語るユリアンナを、オズワルドは半ば呆れたような顔で見つめる。
「………なんでまず断罪を阻止することを考えないの?」
「それは………」
ユリアンナはしばらく斜め上を見つめて逡巡し、再び口を開く。
「私って、一応まだアレックス殿下の婚約者じゃない?シルベスカ家の人たちは私を王家に嫁がせることしか考えていないし、今私が逃げ出すことは絶対に許してくれないわ」
出来の悪いユリアンナを名門ゴールドローズ学園に捩じ込むのも、ユリアンナを恙無く王家に嫁がせるためだ。
ユリアンナが学園に行かないことや、公爵家から出奔することをあの冷徹なシルベスカ公爵がみすみす許すはずがない。
「……アレックスだって、今のユリを知ればヒロインなんかに靡かないかもしれないだろ?昔はともかく、今のユリは悪女なんかじゃないからさ。アレックスと話してみれば?」
「それはダメよ。私は王子妃になることを望んでいないし、それに………ヒロインとの幸せな未来を壊したら悪いじゃない」
この世界のミリカが誰を攻略するかは知らないが、アレックスを攻略するつもりならば王子妃になる覚悟をもって準備しているはず。
一方のユリアンナは、前世を思い出す前は勉強を放棄し、思い出した後は市井で暮らすことしか考えていなかったため、当然王子妃になる覚悟など皆無だ。
どちらが王子妃に相応しいかなど、火を見るより明らかである。
「だからってさ……。何もしてないのに国外追放されて、地位も身分も失くしちゃうんだろ?理不尽だと思わないのか?」
心優しいオズワルドは、ユリアンナが無実の罪で理不尽な目に遭うのに心を痛めているようだ。
辛そうに眉を顰めるオズワルドに、ユリアンナは明るく笑いかける。
「あはは。オズは私が全てを失うと思ってるのね?……大丈夫、そんなことはないわ。だって、今だって何も手にしていないんだもの。失うものなんて何もないのよ。こんな貴族の暮らしなんて性に合わないし、むしろ追放後の生活を楽しみにしてるくらいよ」
オズワルドにユリアンナの心のうちは分からないが、少なくとも未来を悲観して絶望しているようには見えない。
「……つまり、ユリはアレックスとの婚約を解消して、公爵家を出たいと思ってるんだな?」
「ん?………そうね、そういうことになるのかな」
能天気にアハハと笑いながら持参した水筒で喉を潤すユリアンナを見ながら、オズワルドはひとつ溜息をついた。
ユリアンナからゲームの話を聞いてからオズワルドは秘密裏にヒロインの存在を調べ、ミリカ・ローウェンという男爵令嬢が存在することも、ミリカがゴールドローズ学園に入学する予定だということも把握している。
だから、ユリアンナが言うことが全くの嘘だとは思っていない。
だが、ユリアンナがこれから起こると予言する事象については懐疑的だ。
たった1人の男爵令嬢に王族を含めた有力家門の令息が籠絡されるというのが現実的でないし、何よりその令息たちの中にはオズワルド自身も含まれるのだ。
(いや……〝ユリと出会わなかった自分〟なら、有り得たのかもしれないな……)
ユリアンナと出会う前の孤独なオズワルドだったら、自分と怖がらずに接してくれるヒロインに簡単に絆されたかもしれない。
お昼に持ってきたサンドイッチを頬張るユリアンナを見ながら、オズワルドはそんなことをぼんやりと考えていた。
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