プロローグ
新連載です。
カンカンカン───。
踏切の音が鳴り響く中、琴子は老婆の小さな背を押して遮断機を上げ潜らせる。
老婆を踏切内から押し出した後、キキィーッというけたたましい金属音がして振り返ると、眩しい光が目の前いっぱいに広がり────。
押上琴子。たぶん、享年22歳。
敢えて〝たぶん〟というのは、踏切を最後に記憶がプッツリ途切れていて、死んだ実感がないからだ。
琴子は今、見たことのないだだ広い野原を一人で歩いている。
死後は三途の川を渡るのだと聞いたことがあるが、この辺りに川らしきものは見当たらない。
思い返してみれば、実につまらない人生だった。
物心ついた頃には両親の姿はなく、琴子は母親の実家で生活していた。
2DKのボロアパートで祖父母と暮らしたが、祖父母は琴子をまるで厄介者のように扱った。
最低限の世話はしてくれたが、それだけだ。
家事を全てやりながら、14歳で年齢を偽ってバイトを始めた。
そして貯めたお金で高校へ行き、卒業後は祖父母の家を出るために他県で就職した。
その県ではそこそこに有名な会社に運良く雇ってもらえた。
働き始めて3年が経った頃、琴子に生まれて初めて彼氏ができた。
城之内という男で、琴子の7歳上の職場の先輩だった。
付き合ってすぐ、琴子は城之内に夢中になった。
生まれてこのかた愛されたことのなかった琴子が、初めての恋人に夢中になるのも仕方のないことであった。
城之内と付き合っていた1年は、最も琴子が幸せを感じた期間だったかもしれない。
しかし、その幸せも長くは続かなかった。
実は城之内は既婚者で、琴子が浮気相手だったと判明したのである。
城之内の妻から不倫の内容証明が届いた時には手が震えたが、最終的には琴子は城之内が既婚者だと知らなかったことが証明されたため、慰謝料を請求されることはなかった。
ただ、このことは言うまでもなく琴子の心に大きな傷を残した。
あの騒動から2ヶ月後。
会社からの帰宅途中、あの踏切で、琴子は転んで動けなくなった老婆を見かけた。
既に警報器が鳴り響き、遮断機が降り始めていた。
咄嗟に老婆を助けようと体が動いたのは何故だったか?
こんなつまらない人生の中でも、何か一つでも誇れることをしたかったから?
誰かの心に自分の存在を残したかったから?
とにかく、あの瞬間に命を散らしてしまったのは間違いない。
しかし琴子の心には、琴子としての人生に微塵も未練がなかった。
誰からも愛されず必要とされず、意味のない人生だったという虚しさだけが残った。
そうして琴子は野原を一人、歩いている。
三途の川は渡らなかったけど、行き着く先は閻魔大王のところだろうか?
地獄行きになるような悪いことはしていないが、天国に行けるほどの善行も積んでいない。
そんな事をぼんやり考えながら歩いていると、琴子が最期に見た電車のライトのような眩しい光が辺りを包み、琴子は思わず目を細め───。
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