世界の黄昏と自動販売機
ほんの少し雪が舞う夕暮れ時に、自動販売機の近くで空をながめるのが好きだ。
村のはずれのおおきな樫の木の幹に埋もれるように生えているこの自販機は、あまり大きな個体でもないし、すこし病気なのか、硬貨を入れても時々何も出てこないことがあるから、人が寄り付かない。だけどぼくはこいつが嫌いじゃない。ちょうど大きくて座りやすい枝があるし、自動販売機というのは、ただほんのり光り輝くようすを眺めているだけでもいいものだ。
かつて、ぼくが生まれるずっとずっと前。町が燃えて、人間がうんと少なくなったというあの時代。瓦礫の大地にぽつりぽつりと生えてきた自動販売機の光に、昔のひとたちはどれだけ救われただろうと想像する。
そこから出てくる飲み物や食べ物、金属や樹脂は、今からは想像もつかないくらい貴重だったろう。でもそれだけじゃない。
暗闇を照らす光。
荒地に生える自動販売機の光は、ただそれだけで救いだったに違いないんだ。
ぼろぼろのこの世界に、ぼくはひとりぼっちじゃないという証。
誰かは知らないけれど、この機械をしじゅう輝かせるだけの力を持つものが、光の向こうからずっとぼくらをみているのだろうという安心感。
もしかするとそれは、なにものかにずっと監視されているのだろうという畏れと紙一重なのかもしれないけれど。それでもぼくは……きっとそれは、孤独よりずっとましだと思う。思いたい。
滅びの時代、世界中に自動販売機を生やして人間を生き永らえさせた存在が何なのかは、いまでもわかっていない。あの日生えた自動販売機の破壊や分解に成功した者もいない。地球の意志だとか、宇宙人だとか、ぼくらは好き勝手に想像し、怯えたり崇めたり争ったりをした挙句、ながい時間をかけて、考えることをあきらめた。「そういうものである」と受け入れたんだ。
それはもしかして、ゆるやかな衰退を意味するのかもしれない。でも別にいいかなって思う。どうせとっくに滅びているはずの種だ。いま生きているのは、人生のおまけの一日みたいなものなんじゃないかな。
夕焼け空がゆっくりと藍色に変化する。かすかな雪の結晶が、自動販売機の光を反射して星空に溶ける。
ぼくはふと気まぐれで、ポケットの硬貨を一枚、自動販売機に投入する。金属が擦れるかすかな音。今回は運良く、ちゃんと認識してくれたようだ。ぼくは橙色に光るボタンを押して、白と茶色の金属の缶に入った甘い飲み物を手に入れる。缶は熱くて、かじかんだ手で握りしめると痛いくらい。
道の向こうにはかすかな村の灯があり、ぼくの横には自動販売機の青白い灯があり。
見上げれば、雪と星とが白く揺らいでいる。
ああ、こんな寒い夜でさえ、世界は光でできている。
こんなふうに光の中で静かに終わるのなら、世界の終わりも怖くない。