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対局開始

 先手はにとりである。他の河童が持つ機械に指し手が表示される。初手は2六歩、飛車先の歩をつく手であり、居飛車の構えだ。居飛車とは、攻めの要である飛車を最初の位置に置いたまま戦う戦法のことである。にとりは、表示された手を指す。神子の手番となったが、神子はなかなか次の一手を指さなかった。

 二人の周りには、魔理沙や椛、さとりなどが集まり対局を見ていた。この中でも、椛は良くにとりと独自のルールの将棋を指す仲である。もちろん、にとりと椛の外の世界の人間が指すような普通の将棋の棋力もとても高い。

 椛は盤面を見ながら考えていた。

(初手に指す手は大体決まっている。強い駒を動きやすくする手、つまり角道を開けるか飛車先の歩を突くか。それに、この対局は前もって決まっていた。それならば、あらかじめ自分の指す手は考えてくるはずなのだが)

 椛がそう思っていたときだった。

 神子はようやく手を指した。角道を開ける手、3四歩だ。そこからは、ほぼお互いノータイムで4八銀、8四歩と、左右のバランスをとりながら飛車先の歩を伸ばしていった。これは相居飛車の形で、ほぼ定跡通りの指し方である。

 にとりもその盤面を見て考える。

(確かに、ちょっとは勉強してきたようだね。定跡をある程度覚えてきたんだろう。でも、それが通用するのも序盤までだ。中盤から終盤にかけては、付け焼き刃の知識で戦い抜けるほど甘くないよ)

 その後も神子は淡々と指し続け、二十六手目までは定跡通り進んだ。現在の状況は、相居飛車でお互い居玉、角を交換し、お互いの手にある状況だ。そして、二十七手目、機械は勝負を仕掛けた。4五桂、桂馬を中段に跳ねさせ、右辺の守りを削りにきたのだ。

 観客である椛は盤面の先の先まで読んでいた。

(神子は4四銀と、桂馬の頭に右辺の銀をぶつけるしかないだろう。その後、機械は恐らく右辺を攻めてくる。それを踏まえるならば、銀をもう一枚中央に添えてやるのが好手だ)

 にとりも概ね椛と同じ意見であった。

 神子は少し時間を使うと、右辺の銀を4四に動かした。その手を受けて、機械は右辺を攻める準備のために4八金と自陣を整えた。それを見て、神子はすぐに左辺の銀を手に取り、5四銀とさらにもう一枚銀を中央に添えた。神子が指した手は、椛やにとりが好手であると考えていた手筋だ。

 にとりは神子の指し方を見て疑問に思っていた。一週間勉強しただけでは普通はここまで上手く指せない。将棋はそんなに甘くは無い。考えられるとしたら、一週間というのが嘘であり、将棋が元から得意だったということくらいであった。しかし、神子の駒の持ち方などを見て見ると、どうも指し慣れていないように、にとりには感じられた。指し慣れていないのに何故そこまで指せるのか、その矛盾ににとりは違和感を覚えたのだった。

 そうして、右辺で小競り合いがあった後、機械は玉を左辺へと逃し、神子は右辺をさらに固めた。

 椛やにとりからすると、今の盤面はほぼ互角であるように見えた。観客も何人かは飽きて部屋を出ていったものの、皆将棋盤を囲んで見守っている。しばらくは互いに陣形を整えるように思われていたときだった。

 機械が右辺の銀を中央に上げたとき、神子は右辺の歩を突いて攻めた。3五歩、機械側に3筋を守る駒は金と歩しかなく、そこを攻めようとする手だ。しかし3筋での戦いは、神子の陣形を乱すことにも繋がる。

 にとりもその手を考察する。

(少し攻め急ぎ過ぎじゃないか? 同歩、同銀で銀を上げたら逆に攻め込まれる。この局面からなら角を打つぐらいしかないんじゃないかな)

 機械に表示された通り、同歩としながら、にとりは新たな手に気がついた。

(あ、そうだ。同歩の後は、3六歩と垂らせば、3四歩、1五角と、歩を垂らしてから角を打てば攻めが繋がる)

 それに気がついたとき、にとりの視界の端に不自然な動きが映った。

 神子は駒台の方をちらりと見た後、持ち駒から手に取っていた角を駒台におきなおし、歩に持ち替えたのだ。そして、神子はそのまま3六に歩を打った。

 その光景を見た瞬間、にとりはハッとして声を上げた。

「こいつ、よくもぬけぬけと!」

 にとりは神子の方を向き、怒りをあらわにしていた。

「どうした?」

 神子は落ち着いた様子で尋ねる。

「どうもこうも、私や椛が考えていた手をパクっただろう!」

「相手がどう指してくるかを考えて自分も指すことは大事だと本に書いてあったが」

「もういいよ! 椛も少し離れといて!」

 にとりは、心底腹を立てた様子で機械に表示された3四歩を指す。そして、平静を取り戻そうとした。

(はぁ、私としたことがそんなことを見落とししちまってたなんて。隣にいるさとりに気を取られてたけど、神子だって私の考えを読んできても何もおかしく無いじゃないか)

 にとりがちらりと、神子の右側で観戦しているさとりの方を見ると、さとりのサードアイがこちらを見ている。

(勝手に心読んでんじゃないよ。乱れてる私を見て楽しんでるのか! 将棋ソフトの試作版もこいつが壊したし……まあ、機械は無感情に最善手を指してくれるさ。神子も終盤を自力で乗り越えれるはずがない、私の方が断然有利さ)

 にとりは気を取り直し、盤面を見る。しかし、何も考えない。なるべく神子にヒントを与えるようなことはしないようにした。

 神子はその後、角を捨ててまで、攻め続けた。機械はギリギリのところでその攻撃をいなしながら、神子の玉に迫っていた。にとりはそれを見て勝ちを確信していた。

(神子もよく攻めているけど、先が読めていない。その攻めは無理筋だ。ここまで来たらもう勝敗は決まったようなもんだよ。私の読みでは91手目には私の玉が後一枚駒を打たれれば詰む状況に追い込まれる。でも、神子の手には歩兵しか残らない。打ち歩詰めは反則だからね、神子はもうどうしようもないよ)

 神子は40手もの間攻め続けていた。神子自身に、にとりのいう局面が見えているのかはわからない。しかし、角を渡してまで攻めた以上はいくところまで行くしかなかった。そして、にとりの思った通り、91手目にして、神子の攻めは切れた。持ち駒も歩兵しかなく、王を守る駒は飛車と二枚の金のみ。その二枚の金もいま剥がされようとしていた。仕方なく、神子は金を機械側の馬(角が成ったもの)にぶつけた。機械はそれを放置し、自らの玉に迫っていた銀を取りながら、相手の王の急所へと狙いを定める場所へ、飛車を動かした。攻防の一手だ。

 神子は仕方なく4四金として馬(角)をとり、機械は5三飛成と、飛車を神子の王の目前へとと進め、王手をかけた。神子は6一へと王を逃がし、機械は4四龍(龍とは飛車が成ったもの)と、4四の金を取った。お互いの王の守りは手薄で、終局が近いことは誰の目にもあきらかであった。


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