三回戦
二回戦が終わり神子のチップは4400、さとりのチップは5600となっていた。三回戦の参加料は300チップであり、三回戦終了時に引分け以上が確定する枚数は4100であった。
そして、再び二人にカードが配られ三回戦がはじまった。先行は豊聡耳神子である。
(さて、私からカードを見なければならないな。参加料払って残り4100チップ、依然として負けられない状況だ。普通のポーカーならば手札関係無しにオールインする場面だが、それでは確実な勝ちは拾えない。そうだな……ここは一枚だけ見るのが良いか)
神子はカードを一枚取ると、カードの表面を左手をかざすようにして隠した。そして親指を少しずつ開いた。
(今回はスートと文字の一部を確認しよう。スペードの……!)
スペードの下に少し見えたのは線の端のようなものであった。
(2とか3のような丸みを帯びた数字やアルファベットではないな……)
神子は少しの沈黙の後、ベットはせずチェックして手番を回した。
さとりは、そんな神子の方をじっと見つめていた。
(うん? なにか間があったような。しかし、特におかしな点はなかった。私に嘘をつけるわけもないし)
気を取り直し、さとりはハンドのことを考え出した。
(とりあえず、そのカードは4か7ね。トランプの数字の下端が丸みを帯びていないのは4と7しかない)
さとりは自分のカードへと手を伸ばし一枚だけ確認した。
(さて、私のカードは5♢。相手のもう一枚のカードもまだわからないし、私もこの一枚だけにしておこうかしら)
さとりもチェックし、カードが三枚場に開かれた。さとりはカードを確認する。
(場に出たカードは4♠︎A♢3♡ね)
さとりが開からたばかりのカードを確認しているときであった。
「チェック」
神子は間髪入れずそう発声した。
(何も考えずにノータイムでチェックですか。そうですもんね、あなたのカードは4♠︎か7♠︎。場に4♠︎が出た時点で、あなたのカードは7♠︎で確定している。そして、私の5♢は2を引けばストレートになる。じゃあ、私のもう一枚のカードを見てみようかしら)
さとりは、もう一枚のカード確認する。
(これは、5♣︎! すでに手札で5のワンペアができている。つまり、Aのワンペア以外には勝っているからほぼ私の勝ちね。相手のもう一枚のカードがAの確率はかなり低いし、これで私の引分け以上が確定したわ。さて、神子はオールインするか降りるしかない。単純に100ベットすれば降りるだろうけど……どうせならここでオールインしてきてほしいし、オールインしたくなる額……)
さとりはチップを掴み、前に出した。
「ベット1000」
(この額は、もしあなたが勝てばあなたの引分け以上が確定する額。一か八かでくるならオールインするしかないでしょうし、後に開かれるカードで勝つことに賭けてコールしたくなる額のはずです)
その発声を聞いて、神子は下を向いたまま呟いた。
「ベットしたか……」
そして、神子は顔をあげてさとりの方を見つめた。そして、少しにやりとしながら話し出した。
「私のハンドが確定する前にそこまで賭けるなんて、そうとう焦っているんじゃないか?」
「そんなことないですよ。というより、あなたなら私が焦ってないことくらいわかるでしょう。それに、そんなわざわざ喋らなくても、私にだってあなたの考えていることなどわか……」
そこまで言いかけて、さとりはハッとした。
「そういえば、さっきからあなたの心に変化がまったくなかったような気が……」
「頑張って無心になっていたからな。話しかけられないかヒヤヒヤしてたぞ。まあ、私の反応がないのに一人で勝手に結論づけてくれているようで助かった」
神子はそこまで口にして、心の中でこう言った。
(心が読めるくせにコミュニケーションを取るのが下手なのでは? 私が特別に話術を教えてやっても良いが)
さとりは、少しムッとした様子で言い返した。
「少なくとも今あなたが何を思っているかはわかってますからね。それで、結局あなたが隠したかったことというのは?」
神子はいつのまにか耳につけていたヘッドホンを、再び首にかけるようにずらしながら答えた。
「それは、"君の勘違い"だ。私の手札が4か7というね」
「そんなはずないわ。私の心を読む能力は絶対、読み間違えるなんてありえませんよ。場に出てるカードを見ても4か7ではどうにも……」
そう言いながらさとりがカードを見たときであった。さとりは自分の大きな過ちに気がついた。さとりは場に落ちたカードは4♠︎A♢3♡と思っていた。しかし、実際に落ちているカードは4♠︎1♢3♡であった。トランプといえば1ではなくAと表記される、その固定観念にとらわれ、自然とカードの下端が丸みを帯びてない数字から1を除外して考えていたのである。
「Aではなく1と表記されている……そういえば、対戦前……」
さとりはカードの確認をしたときのことを思い出した。
「あなたはこのトランプがAではなく1と表記されていることを気にしていた。あのとき、私は特に問題ないだろうと気にもとめなかった。あなたはあのとき既にそれを利用しようと考えていたのですか?」
「利用できるかも程度だったが、まさかここまで上手くいくとは思っていなかった」
何も隠す必要のなくなった神子は自らの思考を口に出し始めた。
「さあ、私の手は1か7と、まだ見ていないもう一枚の何かだ。私の勝つ確率は少なく見ても5割以上! よって、取るべき行動は……オールインだ! 全てを賭けよう」
神子は右手を胸に当て、左手を外へと広げながら高らかに宣言した。
(正直あの数字の下の方、結構真っ直ぐだった気がするから1だと思うんだけどね)
そんな神子の心を読みながら、さとりは目を瞑り思考を巡らせた。
(降りたら勝ちがなくなるという状況。だけど、神子の手に1があると確定したわけじゃない。仮に1があったとしても、私にはドロー次第で2のストレートに5のスリーカードと最低限の勝率はある……行くしかない!)
覚悟を決めたさとりは、目を開きはっきりと宣言した。
「オールインコール! 悔いはありません、ここで決めます」
オールイン勝負となり、さとりと神子は手札を場に開く。
「私のハンドは……5のポケット」
まず、さとりがそう言って5♢5♣︎を場に出した。
「私のハンドは……」
神子もそう言って手札を表にして場に出した。そのカードは1♠︎とK♢であった。
「1とK! つまりAKだ!」
そのハンドを見て、さとりは少し引き気味に口を開く。
「1を持ってましたか……というよりAKって強すぎませんか?」
AKというハンドは、ペアになっていない二枚の中では最強のハンドである。
「ここまで苦労したんだ、流れ的に1はあってもらわないと困る。ただ、もう一枚がKだとは私も思っていなかったが」
神子はさらに続けて言った。
「人事を尽くして天命を待つ! やれることはやった、あとは祈るだけだ!」
そうして、まず場にカードが一枚開かれた。開かれたカードは6♣︎。現状、場のカードは4♠︎1♢3♡6♣︎であり、先ほどと変わらず神子は1のワンペア、さとりは5のワンペアとなっている。今は神子の1のペアが勝っているが、最後の一枚に2か5か7が出れば、さとりにストレートかスリーカードが完成し、さとりの勝ちとなる。
「では、リバーをオープンさせます」
咲夜のその声と共に、最後のカードが場に開かれた。場に開かれたカードは6♠︎。
「リバーが6ですので、1と6のツーペアで豊聡耳様の勝利となります。四、五回戦が残っていますが、チップ残量からこの時点で豊聡耳様の勝利が確定いたしました。それでは、私はこれで失礼いたします」
咲夜がそう言い終えた瞬間、テーブル上のチップとトランプともに咲夜は姿を消した。