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愛情たっぷりチョコレート

作者: ウォーカー
掲載日:2023/02/13

 2月14日、バレンタインデー。

想いをチョコレートに込めて贈る日。

しかし、重すぎる想いは、時として誤った結果をもたらす。


 その女子学生には、好きな人がいた。

好きな人というのは、同じ学校に通う先輩の男子学生だ。

馴れ初めは、二人が小学生だった頃。

その女子学生は、小学校で出会った一人の男子生徒に一目惚れ。

それから二人は同じ公立の中学校に進学し、

高校以降も同じ学校に入学するために、

その女子学生は苦学をして、今こうして同じ学校に通っている。

しかし、その女子学生の執念とも言える想いに、

先輩の男子学生が応えてくれる気配は、今までのところ一切ない。

それも無理もないことと、その女子学生は思う。

相手は成績優秀でスポーツ万能、学校の人気者。

程よく筋肉質で、足なんかスラッと長く伸びている。

高校の頃はサッカー部のエースで、今も周りには他の女の姿が絶えない。

一方、その女子学生はと言えば、顔はパッとせず小太りでスタイルもいまいち。

学校の成績はかろうじて平均程度。

髪は癖っ毛、歯並びも悪く、着ている服はいつも同じ安いチェーン店の物。

今まで男と付き合ったこともない、どこにでもいる地味な存在だった。

「そんなわたしが先輩と付き合えるわけがないよね。

 ・・・ううん。そんな弱気じゃ駄目。

 ここで諦めたら、何のために頑張って同じ学校に入ったのかわかんない。

 バレンタインデーは、こんな地味なわたしでも先輩に近付くチャンス。

 今年こそは、チョコと一緒にわたしの気持ちを伝えなくちゃ。」

そうして今年もバレンタインデーがやってくる。


 バレンタインデーと言えばチョコレート。

その女子学生は、チョコレート選びのために、

大きな百貨店のチョコレート売り場へやって来ていた。

今はまだ一月だが、売り場は若い女たちで賑わっていた。

若い女たちは、うっとりとバレンタインデーのチョコレートを見ていて、

恋する乙女のような表情は、なんだかその誰もが恋敵のように思えてくる。

混雑する売り場の間に潜り込むようにして、

その女子学生は売り物のチョコレートを見やった。

キラキラのガラスショーケースの中には、

色鮮やかに装飾された高価なブランド物のチョコレートたちが並べられている。

オーソドックスなミルクチョコレート、

中にシロップなどが詰められたボンボンチョコレート、

生クリームたっぷりのトリュフチョコ。

お菓子に溶かしたチョコレートをかけるコーティングチョコレート。

美味しそうなチョコレートたちを前に、

その女子学生もうっとりとチョコレートを眺めていた。

だらしなく開かれた唇の端から涎を溢しそうになって、

その女子学生はハッと正気に返った。

「・・・いっけない。

 今日は先輩のためのバレンタインチョコを見に来たんだった。

 あんまりチョコが美味しそうだったから、つい見とれちゃった。

 でも、先輩って、どんなチョコが好きなんだろう。」

付き合いだけは長いのに、その女子学生は先輩の男子学生の好みも知らない。

どんな味のチョコレートが好きなのか、

そもそもチョコレートそのものさえ好きなのか、

何もわからないのだった。

チョコレート売り場の店員に素直にそう伝えると、

店員の若い女は微笑んでこう答えた。

「それでしたら、無難な物が良いと思いますよ。

 こちらは男の方にも好かれやすいビターチョコレートになっております。

 あるいは・・・」

そこで店員の若い女は、口元に手を当ててヒソヒソとその女子学生に話しかけた。

「あるいは、手作りのチョコも良いと思いますよ。

 お相手は他の女の子にもモテる方なんでしょう?

 だったら、ここに売ってるようなブランド物は、

 他の女の子たちから貰うんじゃないかな。」

「手作り、ですか?

 でもわたし、食べる方が好きで、

 チョコレートなんて作ったこともないんです。」

「レシピ通りに作れば大丈夫。

 何だったら、溶かして形を変えるだけでも良いんだから。

 手作りチョコの材料だったら、

 ここの地下の食品コーナーにもあるから、行ってみたら?」

店員の若い女が、そっとウインクをして見せた。

なるほど、手作りチョコレートなら、

先輩の男子学生の印象にも残りやすいかもしれない。

その女子学生は、店員の若い女に礼を言って、

自分用に小さなチョコレートを一つ買ってから地下へ。

手作りチョコレートの材料を買っていくことにした。

それが、その女子学生がチョコレート作りに落ちていく、

最初の一歩だった。


 想いを寄せる先輩の男子学生に、バレンタイデーにチョコレートを贈る。

印象に残るように、手作りチョコレートを。

そんな何気ない言葉が、その女子学生の生活を一変させた。

最初は、既製品のチョコレートを刻んで溶かして型に流して形を変えるだけ。

それに慣れたらデコレーション、次は牛乳やバターを混ぜて。

毎日毎日、学校が終わるとアパートの自分の部屋に帰ってチョコレート作り。

そんな生活を続けて、元々が凝り性だったその女子学生が、

自分でカカオの豆から炒るようになるまで、

さほど時間はかからなかった。

もちろん、最初に買った材料だけではとても足りず、

チョコレートの材料を揃えるだけでもかなりの出費になっていた。

「これだったら、最初から高いチョコレートを買った方が安く済んだかな。

 ううん、お金の問題じゃない。

 先輩の印象に残るには、出来合いの物じゃなくて、手作りじゃないと。」

上達したとはいえ、お菓子職人でもないその女子学生が、

急に手作りチョコレートを作ろうとしても、

すぐに限界に行き当たる。

今日もその女子学生は、自分が作った手作りチョコレートを味見して、

首を傾げた。

「うん、今日も美味しく出来た。

 でも、これって、わたしの好みだよね。

 わたしには美味しいチョコが、先輩にも美味しいかはわからない。

 じゃあ、どうしたらいいんだろう。

 先輩にどんなチョコが好みですかって聞く?

 ううん。そんなことができるなら、最初からこんな苦労はしてない。

 チョコの好みを聞きに行ったその場で、好きですって言えばいいんだもの。」

バレンタイデーの贈り物のチョコレートを、

自分の好みに従って作っても意味がない。

贈る相手が喜んでくれる物でなければ。

かと言って、その女子学生にとって、先輩の男子学生は、

話しかけるのにもきっかけが必要な相手。

バレンタイデーのチョコレートの好みを気軽に聞ける相手ならば、

そもそもチョコレートに頼ったりはしない。

そうこうしている間にも、失敗作のチョコレートが増えていく。

手作りチョコレートの材料にかかる金額もかなりのもの。

でたらめに作っていても上手くいかない。

困ったその女子学生がすがったのは、オカルトだった。


 好きな人の好みを調べるにはどうすればいいか。

本人に直接話を聞けないその女子学生が選んだのは、

占いやおまじないといった、いわゆるオカルトだった。

その女子学生は早速、近所で評判の占い師のもとを訪れ、

来るバレンタインデー当日の占いを先にしてもらい、

それをバレンタインデーの手作りチョコレートに活かすことにした。

ラッキーカラーをチョコレートのデコレーションの色に、

ラッキーアイテムのイメージを形にして。

そうして手作りチョコレートを作って、またしてもその女子学生は疑問に思う。

「この占いって、バレンタインデー当日の、わたしの運勢だよね。

 このチョコは先輩が食べるんだから、先輩の運勢じゃなきゃ。」

とは言え、話すだけでも一苦労な相手を、

一緒に占いになど連れていけるわけがない。

生年月日や血液型なら知っているが、

その程度の情報から得られる占いの結果など、

信憑性は天気予報にも劣る。

またしても手作りチョコレートは失敗作の烙印を押され、

冷蔵庫はチョコレートでいっぱいになっていく。

そうしてその女子学生が次に頼ることになったのは、

オカルトの片割れ、まじないだった。


 その女子学生は、バレンタインデーの手作りチョコレートのために、

まじないに頼ることにした。

占いには本人の詳細な情報が必要になるが、まじないには不要。

まじないには、一方的な願望と、それを叶える道具と手順があればいい。

ただし、その信憑性は一切不明。

だからその女子学生は、手当たり次第にまじないを調べて回った。

下手な鉄砲も何とやらというわけ。

学校の図書館の書物から、近所の神社、

果ては雑居ビルのまじない屋まで、

その女子学生は藁にもすがる思いで手がかりを探した。

すると、偶然手にした本の一節に目が留まった。

「なになに、恋愛成就には、

 自分の毛や爪を混ぜた食べ物を、相手に食べさせるといいでしょう?

 食べ物に毛って、なんて不潔な。

 ・・・でも、好きな人にあげるチョコに、自分の毛を入れるって話、

 聞いたことあるかも。

 もしかしたら、そんなに珍しくもないことなのかな。」

バレンタインデー当日まで、もうあまり日が残っていない。

近付く締切が麻酔のように、その女子学生の思考を鈍らせる。

「作るだけ。作るだけだったら、いいよね?」

そうしてその女子学生は、作って置いておくだけだからと、

自分の髪の毛や切った爪を混ぜ込んだ手作りチョコレートを作った。

「えーっと、次は、

 自分の体液を混ぜた食べ物を、相手に食べさせましょう?

 体液は、唾液や血など。

 って、こんなの先輩に渡せるわけない!

 ・・・でも、チョコに唾を入れるって、これもどこかで聞いたような話。

 もしかしたら、みんなやってることなのかな。

 作るだけなら、誰にも迷惑かけないし、いいよね?」

そうしてその女子学生は、

自分の唾液や血液を入れた手作りチョコレートを作った。

ふと気がつくと、その女子学生の部屋の台所には、

自分の毛だの体液だのを混ぜ込んだ、

残飯にもならない汚物のような物が積み上がっていた。

「・・・わたし、何やってるんだろ。

 もうすぐバレンタインデー当日だからって、

 自分の毛や唾を入れたチョコを作るなんて。

 わたしは先輩に、好きだって想いを伝えたいんだ。

 それなのに、こんな嫌がらせみたいなことをしてどうするの。

 わたしが先輩に見せたいのは、ずっと先輩を好きだったってこと。

 わたしは今までに見た先輩の表情を、全て記憶してる。

 朝、学校で挨拶してくれた時の表情や、

 サッカーの試合でシュートを決めた時の表情も。

 それだけじゃない。

 先輩が今までにどんな髪型をしていたか、全部覚えてる。

 先輩の髪の毛から足の爪まで、見えるところは全部覚えてる。

 そのくらいに、わたしは先輩のことが好き。

 それを伝えられるチョコにしなくちゃ。

 そのために、わたしにできることなら、どんなことでもする。

 必要なら、先輩の毛だって爪だって、手に入れてみせる。」

そうしてその女子学生は、寝食を忘れて、

まじないと手作りチョコレート作りに没頭した。

自分の想いを憧れの先輩の男子学生に伝えられるチョコレートを目指して。

手作りチョコレートはともかく、

まじないに要求されるものは普通ではない物ばかり。

非日常的な行動は、その女子学生の心身を少しずつ蝕んでいく。

目には隈が浮き、ふくよかだった頬が日を経るごとにやせ衰えていく。

体は衰えてもしかし、その瞳には危険な光が宿っていた。


 日にちは過ぎて、2月14日。いよいよバレンタインデー当日。

世間の話題はチョコレート一色。

その女子学生が通う学校でも、

女子学生たちが男子学生などにチョコレートを贈る光景があちこちで見られた。

しかしこの日、先輩の男子学生は、何故か学校に姿を現さなかった。

チョコレートを持った女子学生たちが、手持ち無沙汰に囁き合っている。

「ねえ、彼がどこにいるか知らない?」

「それが、ここ数日ずっと学校を休んでるんだって。」

「あ、やっぱり?最近は姿を見かけないと思ってた。」

「せっかくバレンタインデーのチョコを持ってきたのに。」

先輩の男子学生の噂話をする女子学生たち。

その中に、その女子学生の姿はない。

その女子学生もまた、ここ数日は学校を休んでいたことに、

しかし気が付いた者はいなかった。

ちょうどその頃。

その女子学生のアパートの部屋を訪問する人の姿、

それは、その女子学生の母親だった。

近頃、一人暮らしの娘が連絡をしないので、

心配になって部屋に様子を見に来たのだった。

娘の部屋の前に立ち、母親は呼び鈴を鳴らすが、誰も応対に出てくる気配はない。

仕方がなく、預かっている合鍵を使って、玄関の鍵を開けた。

カチャンと鍵が開く手応えがあって、玄関の扉を引く。

すると、薄暗い部屋の中から、もあっと何かの匂いが漂ってきた。

「・・・さっちゃん、いるの?大丈夫?」

母親はおっかなびっくり部屋の中に入っていく。

何かの気配がする。

明かりもついていない薄暗い部屋に、横たわる二人の人影。

人影は怪しく蠢き、絡み合い、すする水っぽい音がしている。

母親は生唾を飲み込み、部屋の明かりをつけた。

パッと部屋に色彩が灯り、部屋の中が赤裸々に映し出される。

そこには、裸で抱き合う男女の姿があった。

母親は息を呑んで、それから金切り声を上げた。

「さっちゃん?あなた、何をしてるの!」

薄暗い部屋に裸で横たわっていたのは、その女子学生と若い男の姿。

お互いに裸で肌と肌を密着させ、足を絡め合っている。

その女子学生が若い男の口を貪るように啜ると、

ぴちゃぴちゃと水っぽい汁音が甘い匂いとともに漂う。

その女子学生は、ここ数日、学校に行きもせず、

アパートの自分の部屋で男と一緒に情事を重ねていた。

相手の若い男は、その女子学生が憧れていた先輩の男子学生に瓜二つ。

しかし、一目見てそれは人間ではないように思える。

では、その女子学生が情事を重ねていた相手は誰なのか。

それは、事情を知らない母親にも明らかだった。

「さっちゃん、あなた、チョコレートを相手に何をしているの?」

裸の若い男は、チョコレートだった。

大きな大きなチョコレート、人型をしたチョコレートが、

その女子学生が裸で抱き合う相手だった。

いつまでも振り向いてもらえないことに疲れたその女子学生は、

憧れの先輩の男子学生の姿を、

そっくりそのままチョコレートで作ったのだろうか。

その女子学生は、それを相手に願望を満たしていたのだった。

「あなたって素敵ね。食べちゃいたいくらい、大好き。」

その女子学生が、人型チョコレートの口元を舐め回してから、

やさしく齧りつく。

ぼりっと音がして、人型チョコレートの口元が齧り取られる。

すると中からは、真っ赤なシロップが滴り落ちたのだった。



終わり。


 今年ももうすぐやってくる、バレンタインデーの話です。


バレンタインデーの手作りチョコレートに、

毛髪などを入れるという話は、しばしば耳にします。

そこまで念が籠もっていたら、

いっそチョコレート自体と愛し合えるのでは。

そういう着想でこの話を書きました。


チョコレートを使った食べ物には、

中にシロップを入れたボンボンチョコレートや、

溶かしたチョコレートを表面にかける、

コーティングチョコレートもあるそうです。

女子学生が作ったのは果たしてどのチョコレートなのか、

それとも。


お読み頂きありがとうございました。


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