表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/9

4 干支守

 ニニギは最初に、由良のように、十二支の精霊がついた人間を、『干支守(えともり)』と呼ぶと教えてくれた。


「その干支守たちによる時駆けの(はらえ)を、五百年近く行っていないのです。もうそろそろ、行わなくてはならないのですが――」


 干支守たちが一堂に会し、(よど)みを溜めた時の(けがれ)を祓う儀式を行いたいとニニギは話す。


「その儀式をしないと、どうなるんですか?」


「穢を落とさずに溜まり続ければ、やがて大きな(わざわい)を招いてしまいます」


 災害や疫病で多くの人が亡くなったり、季節の巡りが悪くなったり、生命が循環しなくなったりすると説明されたが、理解はできても、今一つ実感できない。


「話が大きすぎて、私が来た理由と結びつかないのですが……」


「由良さんは生きた人間ですが、精霊に選ばれた()の干支守なのです。(うつし)し世にあるお身体の保障は私がしますので、どうか(なばり)の地に滞在いただき、儀式に協力してください」


「私の身体?」


 完全に元に戻れたと思っていたこの身体は、隠に来る直前の姿が再現されているだけで、本体はそのまま眠り続け、今も現し世にあると言われた。


「そんな……。急に色々言われても……」


 仕事はどうなる?

 親は心配するよね?

 毎月の家賃の振り込みしないと、アパートはどうなるの?


 由良の心配なんてお見通しとばかりに、ニニギは言葉を続ける。


「なにも心配いりません。ここは死者の国ではありませんから、ちゃんと由良さんは現し世に帰れます。ご両親には遣いをやって、上手く取り成しておきますから」


『ただ、隠と等しく、現し世でも時は経過していますが……』その事実を、ニニギは由良に伝えない。


「そうなんですか……。ご配慮もありがとうございます」


 えらく戸惑いはしているが、ここまで外堀を埋められたのだし、自分にしかできない事ならば、協力しなければいけないと思う。

 基本、由良は頼られるとやってあげたくなる質だ。


「そうであれば――」


「真に受けるなよ。そいつらを素直に信用すると馬鹿を見るぞ?」


 応と言いかけた由良を、五百枝(いおえ)が遮った。


「酷い言い草ですね」


 やれやれと、ニニギは態とらしく眉尻を下げる。


『五百枝はそう言うけれど、私的な感情が整理しきれてないだけだから、ニニギの話を信じていいよ』


『鼠は黙っておれ。五百枝様のお考えが全てである』


 五百枝とニニギに不穏な空気がたち始めたかと思えば、檜皮(ひわだ)と――そして、突然喋りだした生成(きなり)がバチッと火花を散らしだす。


『うっわ~。化け猫の皮が剥がれた~』


『鼠め、裂き食ろうてやろうぞ』


『やれるもんならやってみれば~?』


 由良の腕から抜け出して、檜皮は生成を挑発する。


「檜皮、ケンカはよして」


 牙を剥き出した生成を、カチカチと歯をならして威嚇していた檜皮だが、由良が窘めると大人しく「は~い」と腕に抱かれた。

 檜皮の愛らしさに、完全に心を鷲掴みにされる。


(私が檜皮の干支守だから、こんな風に守りたいし、愛おしくなるのかな……)


「話をもとに戻しましょう。――由良さん、引き受けていただけますか?」


「……。やっぱり、子の干支守は私でなければダメなんですか?」


「子の精霊である檜皮が、君を干支守に選びましたからね。ここで断わられると、檜皮は干支の役目を果たせなくなります」


「そっか……檜皮が……。分かりました、協力します。ただ、役目を終えたら、ちゃんとウツシヨに帰してください」


「約束します。本当にありがとう。由良さんなら、快く承諾してくれると思っていましたよ」


 五百枝の露草色の瞳からは、呆れたような視線が流されていた。五百枝の警告も大切にしようと頑張ってみたのだが、上手くニニギに丸め込まれてしまった。

 勿論、本当に現し世に禍が降りかかるなら、防ぎたい気持ちもあったからだ。


「さて。子の守の由良さんが来てくれましたから、すでに隠の地には(たつ)(もり)以外の干支守が揃っています。辰の守には私から連絡するので、先ずは他の十二支と繋がりを築いてください」


 辰の守は高天原(たかまがはら)という所に住んでいるそうだ。他の干支守たちとは、身に付けている物を交換すれば、必要な時に精霊を通じて、やり取りができるようになるらしい。


(これしか持ってないか)


 パジャマ以外で唯一身につけていたブレスレットには、飾りのパーツ以外に大きめのパワーストーンが十三個ついている。


「数もあるし、これでいいかしら?」


「現し世で肌見離さずいた物の再現ですから、大変良い媒介になりますよ」


「どうして、ニニギさんから干支守に連絡しないんですか?」


「隠には、勝手に入り込む魂も多いのです。月日が経つうち、こちらからお願いした干支守だけではなく、いつの間にかその役目を引き継いでいる場合が増えていました」


「あんたの怠慢だな」


 五百枝の言葉に、僅にだがニニギが表情を消した。

 しかし、それ以上は反応せず、ニニギは微笑みながら続けた。


(うし)(もり)は比較的新しくここに来ましたから、由良さんとも話が合うと思います。最初に会いに行くといいですよ」


「そうなんですね。それなら私も、是非お会いしたいかも。最初に伺ってみます」


「一通り説明が終わりましたね。では、五百枝もしっかり、由良さんのお務めを手伝って来てください」


「は!? なんで俺が!」


「隠に来たばかりの不馴れな女の子に、一人で動き回れなんて言いませんよね?」


「あんたがやれよ!」


「フウム。相変わらず口が悪い子ですね」


 ニニギが五百枝の口元を指差すと、シャランと鈴の音が鳴って、綺麗さっぱり五百枝が消えてしまった。


「ニャッ!!」


 生成がブワリと毛を逆立てている。バタバタと四足を動かしたり、キョロキョロと辺りを見回したりした後、愕然としてニニギを見上げた。


「言うことを聞かないと、五百枝も由良さんと同じように、生成の中で人質にしますよ?」


「……。五百枝さんはもう、生成の中に入れられているんじゃ……? って、私も人質!?」


 あどけない子どもの笑顔が、心底恐ろしくなった。


「当然です。二人には逃げられたくありませんからね。いつ心変わりするか分かりませんし、ありとあらゆる可能性に対処しているだけです」


 由良も生成(いおえ)もピシリと固まる。


「ああ。ですが、流石にやり過ぎですよね。快く協力してくれると言った由良さんに免じて、子の刻から巳の刻までを由良さんが檜田の中に。午の刻から亥の刻までを五百枝が生成の中にと、人質の役割を分けることにしましょう」


「で、でも、他の十二支に会いに行くのに、支障があるとまずいですよね!?」


「ですから、言葉は扱えるように気をつけると言ったのです。直ぐに五百枝も話せるようになりますよ。それに、私は大変優しいので、一日のうち三刻だけは、二人とも人の姿をとれるようにしましょう。二人で相談して決めてくださいね」


「シャー!」


「それでは、そろそろ私は失礼します」


 シャンシャンシャンと三度鈴の音がしたかと思うと、忽然とニニギは居なくなっていた。


「シャー!!」


「ニニギさん! ええっ! 逃げたの!?」




 残された由良と五百枝は言葉を失くし、ぼんやりと暁の空を仰ぐ。

 しばらく後、頭の中で鈴の音が響き、由良は檜皮の中に入っていた。五百枝の方は人に戻り、綺麗な顔に青筋を浮かべている。


「ははっ。今の時間帯は私が人質なのね……」


「あの野郎、許さねぇ。おい、由良。面倒だから乗れ」


 五百枝は肩を指差す。申し訳ない気もしたが、足手纏いになるよりはと、由良は大人しく五百枝の肩にしがみついた。

 ちょっぴり、生成の方から殺気が漏れている気がする。


「行くぞ」


「は、はいっ」


 隠の地が春の曙に変わる頃、由良と五百枝の旅が始まった――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ