#072 実技テスト。これがハンナちゃんの実力!
錬金工房に移動した〈錬金術課1年1組〉はその設備に少し驚きの声を上げました。
30人分、1人一セットの〈錬金セット〉が用意されているのはいつもの光景ですが、素材置き場に置いてある素材の山がいつもとは比べ物にならないくらいてんこ盛りでした。これ、自由に使っていいのでしょうか? あ、むやみに使いすぎると減点対象になるみたいです。危なかったです。
「では決められた順に3人一組へ分かれてください、研究員の方々は採点をお願いしますね」
アイス先生の声に私たちはそれぞれの〈錬金セット〉の位置につきます。
〈錬金セット〉3人一組1グループに分かれていて全部で10グループあります。
それぞれのグループに研究員の方が配置され、私たちの錬金の様子を見て採点していく方針ですね。
私たちはトップグループに配置されました。
もちろんナンバーツーのシレイアさん、ナンバースリーのアルストリアさんとも同じグループです。
仲良しの2人と同じグループなのは嬉しいです。
テスト中無駄話は禁止されているのでお二人と話すことは出来ませんが、私たちは心の中で「やったね」と囁きあってアイコンタクトしました。
「では、始めてください」
「「「はい!」」」
研究員でメガネを掛けた女性の方が始めの合図をすると、私たちは一斉に動き始めました。
今日の素材は全て学園が用意してくれています。
てんこ盛りの素材の山から好きな物を確保して錬金していきます。
また、素材はここにあるものだけしか使ってはいけない決まりなので、私の〈空間収納鞄〉はここにはありません。
さて、なにから取り掛かりましょう。
効率も大事ですからね。大量生産の基本です。
私は巻物の高得点欄に記載されているリストを見ながら、今回作る物のレシピをどうすれば効率よく進められるかを考えます。
まず、錬金の基本の7種類ですね。
〈ポーション〉、〈中和剤〉、〈合成素材〉、〈触媒〉、〈鍛冶オイル〉、〈塗料〉、〈クラフトニス〉です。
このうち〈ポーション〉の説明は不要ですね。〈中和剤〉もです。
残りの5つですが、〈合成素材〉は素材同士を混ぜ、融合させた強化素材のことです。
身近なところで言うと〈魔石(中)〉がそれに当たりますね。〈魔石(小)〉を合わせてパワーアップした物です。
続いて〈触媒〉ですが、これは一部の戦闘職や生産職がスキルを発動するために使う素材です。有名なのが【触媒導師】です。この職業が魔法を使うには【錬金術師】が作った〈触媒〉が無ければ使えません。その代わり非常に強力な魔法を使うことが出来るそうです。
ただ、魔法を使う燃費が厳しすぎるためにあまり【触媒導師】に就く人はいないそうですけど。ですが〈触媒〉を作れるのは【錬金術師】だけなので、基本に入っています。
〈鍛冶オイル〉は名前のそのままで、【鍛冶】系で使うオイルです。
武具にコーティングすれば能力値が変動します。品質がよく、鍛冶師の腕も良ければ武具の能力値はぐんっと上昇すると言われています。これも基本ですね。
〈塗料〉は【服飾師】系がよく使います。マリー先輩のところ〈ワッペンシールステッカー〉でもたくさん使っていると聞きますね。
装備の色を変える事が出来るアイテムですが、品質が悪いと服の能力値が下がるので完成度には注意が必要です。
最後の〈クラフトニス〉は【木工師】系がよく使います。木材を加工するうえで欠かせないと聞きます。杖や弓などの能力値にも直結しているらしいのでこれも基本に数えられています。
これを大きく分類で分けると、薬1、中間素材2、完成素材4に分けられます。
中間素材は〈中和剤〉〈合成素材〉、様々な用途に使われる中間の素材。
完成素材は〈触媒〉〈鍛冶オイル〉〈塗料〉〈クラフトニス〉、ある決まった用途にだけ使われる素材で、完成品という扱いになります。
こうして分類するとある程度効率の良いやり方が見えてきます。
基本的に、まずは中間素材を作り、そして完成素材へと繋げていく形になります。
中間素材の系統によって、完成素材の系統も決まるので、まずはどんな系統でいくのかを絞るとやりやすいですね。
今回私が選んだのは〈油〉系統でした。これが一番難易度が高いので。評価もお高めです。とってもお得です! 今回私は〈油〉系統に絞って進めていくことにしました。
まずは油系の〈合成素材〉を作りつつ、基本それを使って作製することを目指しましょう。
今回は〈中和剤〉も、難易度の高い〈中和剤・紫〉を作るとします。
必要な素材は油か種子、それと〈魔石(小)〉に〈水素材〉です。
紫の〈中和剤〉は水と油を混ぜるために失敗しやすく、難易度が非常に高いです。普通は種子で作るのが一般的です。
ですが、難易度が高いほうが点数がいいので今回は油を選択しました。
また、油系は〈鍛冶オイル〉〈クラフトニス〉にも精通しているため、良い〈油〉を作っておけば他の素材にも流用できて効率的です。
だいぶ見えてきたので作業開始です。
「錬金起動。調薬開始」
小さな声で自分に暗示を掛けます。
あまり独り言を呟くと他の人の迷惑になってしまうので今回はこれだけ。
まずは〈合成素材〉を作りましょう。作るのは〈油〉系中間素材です。
使うのは〈油砂〉ですね。初級の初歩です。
これを錬金釜へ多めに入れ、そこに油が取れる実である〈カラブナの実〉と〈スライムゼリー〉を3つずつ入れます。
錬金棒でかき混ぜ、よく馴染んだらここで最初の錬金です。
「――『錬金』!」
ピカッと光って出来たのは『鑑定』すると〈不明!〉と表示される何かです。
錬金や調合の場合、途中経過で出来た物は全部この表示になります。
これを〈抽出フラスコ〉に入れて成分を抽出します。
内心で「成分抽出開始」と呟き、スキルを発動します。
「――『調合』!」
するとドロッとした成分が出てきました。
これは〈油ゼリー〉です。品質もゼフィルス君がくれた装備品の恩恵もあってなかなかの高さです。数は3つ分ですね。
私はこれを研究員の人にお見せしました。
「出来ました。〈合成素材〉です」
「……むう。〈油系〉素材2つに〈水素材〉のスライムゼリーを混ぜるだけでも難易度が高いというのに、それを3つ同時に難なく仕上げる、しかもこの品質は――、これが今年の主席……。――はい、確認しました」
なんだかメガネの女性研究員さんが唸りながらメモを取ります。
その声は、よく聞き取れませんでした。最後だけはっきり聞こえましたので、私は次の作業に移ります。
この〈油ゼリー〉を加工します。3つ分の〈油ゼリー〉を1つずつに分けて錬金釜や調合用ビーカー、抽出フラスコに入れます。
3つ同時進行です。
ビーカーに入れた1つには高品質の〈純化水〉を入れ、よくかき混ぜてから『調合』を発動。その後〈魔石(小)〉を加えて『錬金』し、〈中和剤・紫〉を作製。
抽出フラスコに入れたほうには〈不燃化草〉や砕いた〈砥石〉を入れて成分を抽出。その後またいくつかの素材と『錬金』して〈強化コーティングオイル〉を作製します。
錬金釜に入れた1つには〈天然樹脂〉を始めとするいくつかの素材を混ぜて『錬金』を発動。〈木性補強ニス〉を作製しました。
それぞれ〈中和剤〉〈鍛冶オイル〉〈クラフトニス〉素材ですね。
なぜかメガネの女性研究員さん目を丸くしていましたが、どうしてでしょう?
「なんという手際の良さ。しかも数多くある完成品の中でも難易度が高く、ポイントが最高の物ばかり。まだ1時間も経っていないというのに基本の半分をクリア。これは、ぶっちぎりでトップに上がりそうね」
そんな風にメガネの女性研究員さんが呟いていたことなんて気がつかず、私は開始から1時間ちょいで基本の7種類を終わらせ、その後、自由の5種類は〈爆弾〉系各種を作製して終わらせたのでした。
全て満足な出来です。
こうして私は他のクラスメイトさんがまだ錬金をしている中、最初に終わってしまい、早めに帰宅したのでした。
ちなみにシレイアさんとアルストリアさんは今日中に全ての試験を終わらせたみたいです。
期末試験実技を1日で終わらせたのは私たち3人だけみたいでした。




