#006 ハンナの至福の一時。(本編212話から抜粋)
「ただいま~」
今日一日で凄い濃い体験をしました。学園って、思っていたより凄く大変でした……。
私は気疲れに重い体を引き摺ってなんとか自分が所属するギルド、〈エデン〉のギルド部屋へと帰ってきたのです。
「あ、ハンナおかえり! こっちで一緒にお茶しましょうよ!」
そう言って声を掛けてくれるのはこの国の王女様であらせられる、ラナ殿下です。
本来なら恐れ多くも私みたいなただの村娘では話すことすら躊躇われるというのに、気軽に私にも声を掛けてくださいます。
ダンジョンでもとても強く、頼りになる御方です。
とってもいい方なんですよ。
私はラナ様に誘われて、近くの椅子に座ります。すると従者で執事のセレスタンさんがそっとやってきて紅茶を入れてくれました。
セレスタンさんの紅茶はとてもおいしいので私は好きです。
私はまだとっても熱くなっている紅茶をふーふーして少しだけいただきました。
じんわりと身体が温かくなります。
相変わらずおいしいです。
少し落ち着いた所、口から言葉が蕩け出ました。
「ふぅ~ありがとうございます~」
「どうしたんだハンナ? なんかすっごく疲れているようだが?」
「そうなの。聞いてゼフィルス君~」
気疲れがにじみ出る私に声を掛けてくれたのは、私の幼馴染であり、このギルドのギルドマスター。【勇者】の職業に就いているゼフィルス君です。
やっと至福の時間が来ました。
朝ぶりの再会です。
うう、やっぱりゼフィルス君と一緒に居るとホッとします。
なんで私、村に居たときゼフィルス君ともっと関わりを持とうとしなかったんでしょう?
おかげで……、いえ、今はやめておきましょう。
せっかくゼフィルス君とのおしゃべりの時間です。至福の一時です。
それから私は今日学園であったことを話しました。
代表に選ばれてしまってその役目を果たすだけでも一杯一杯だったのに、アイス先生に連れて行かれたのは〈生徒会〉で、しかも代表の挨拶を終えたら今度は学生に取り囲まれたこと。
完全に許容量オーバーで目を回しそうだったと、ゼフィルス君に苦悩を語ってしまっていました。
しかし、ゼフィルス君はのほほんと言います。
「大人気かぁ。良かったな~」
「良いけど、良くないんだよ~。あんなに尊敬の眼差しを受けて、私溶けちゃうんじゃないかって思ったもん」
そうでした。
ゼフィルス君はむしろ人気や注目されるのが嫌いではないのでした。
私の苦悩は分かって貰えそうにありません。
しかし、私が悩んでいるというのは通じたようで、ゼフィルス君が不意に私の頭に手をおいたかと思うと優しく撫でてくれました。
「え、えへへへ~」
気持ちいい。
ああ、幸せです、至福です。
今日の疲れが全て蕩けていくようです。
このために私は今日頑張ったのです。
「はふぅ」
思わず吐息が漏れてしまいました。
しかし、ゼフィルス君の独り占めは永くは続きませんでした。
「ハンナ、それ羨ましいわ……。ゼフィルス、私にもやって?」
王女ラナ様が羨ましい視線を送ってきたからです。
頼まれたゼフィルス君は普通にもう片方の手をラナ様に伸ばそうとしたのですが。
「ああ、これくらいなら別にいいぞ、――ってなんで〈幸猫様〉持ってるんだ!?」
「ゼフィルスが持ってきてくれないから私が直々に取りに行ったのよ」
「いやそこは諦めろよ!?」
「もう。ちょっとくらい良いじゃない、ハンナも一緒に癒やされましょ?」
椅子もピタッとくっつけ、なぜかお持ちな〈幸猫様〉を一緒に撫でようと差し出してきました。
ご紹介します。
こちらは〈エデン〉のご神体にしてゼフィルス君が凄く凄く大事にしている〈幸猫様〉というぬいぐるみ様です。とっても御利益があるのですが、ご神体なのでゼフィルス君は〈幸猫様〉に触れるのを禁止にしています。
でもラナ様はそんな事関係ないと毎日ふれあいなされていますので、あってないルールですね。
私も、撫でさせて貰えると嬉しいです。
ゼフィルス君はなんだかんだ言いながら私たちに弱いので、〈幸猫様〉を撫でるのをすぐに認めてくれました。
ラナ様と一緒に〈幸猫様〉を愛でていると、またゼフィルス君が頭を撫でてくれます。
ゼフィルス君はラナ様と私で片手ずつ撫でてくれました。やっぱりゼフィルス君ですね。優しいです。
ラナ様ではありませんが、〈幸猫様〉を愛でながらゼフィルス君に撫でられるのは至福で、今日の大変だった疲れが蕩け出していきました。
元気いっぱいです。
これで明日からもなんとか頑張れそうです。