#057 交換条件。でも二つ名はご遠慮願います!
「えっと、〈ウルフ〉に奪われたのですか?」
「それは可哀想なのです」
私たちは結局サトルさんから話を聞くことになりました。
「はい。この〈無い隙のペンダント〉は元々二つあったのですが、〈ウルフ〉に襲われたときに〈ファウム〉と間違えてうっかり1つを投げつけてしまったのです。そして運悪く奴の口に命中。そのままゴクリと……、ううっ、悲劇……」
片手を口に当ててとても悲しそうに言うサトルさん。
どうしてでしょう、その仕草はあまりいたわりの気持ちが湧いてきません。
「俺は必死に取りかえそうしたのですが……、あの有様で」
「頭からガブッといかれていたのです」
あ、ルルちゃんも同じみたいです。
それを感じ取ったのか、サトルさんは慌て出します。
「この〈無い隙のペンダント〉の効果は2つ持っているとき『インビジブルLV8』が掛かるのです。ダンジョンでの仕事には不可欠で、どうしても取り戻したいのです。お願いします! あの凶悪な〈ウルフ〉から取り返してくださいませんか!?」
後半、サトルさんががばっと頭を下げてそう言いました。もう土下座をする勢いを感じます。
でも私たちも〈生徒会〉の仕事があるのですが。
「ハンナお姉ちゃん、どうするのです?」
「私にもお仕事がありますから……」
どうしようか考えていると、サトルさんが恐る恐るというように聞いてきます。
「あの失礼ですが、ハンナさんってもしかして〈総商会〉での騒ぎを鎮めたあの〈魔薬錬金のハンナ〉様ですか?」
「……へ?」
今おかしな二つ名が聞こえた気がしましたが、きっと気のせいだと思います。
「魔薬錬金ってなんです?」
あ、ルルちゃんが純粋に興味を持って聞いています。聞き間違えにしたかったです。
「何ってハンナ様の二つ名ですよ! 少し前に起きた騒動を〈生徒会〉と連携し速やかに静めた腕前! 僅かな期間で大量のポーションを生産できる力量! まだ一年生なのにレベルはカンスト間近で最上級生すら超える実力者! どれをとっても素晴らしい。故にハンナ様は二つ名を与えられることになったのです」
まるでよくぞ聞いてくれましたとばかりにサトルさんが熱く語り始めました。
「元々〈麒麟児のハンナ〉〈勇者君の左腕〉など通り名のようなものはあったのですが、それはあまり広がらず、すぐに沈静化してしまいました。しかし、例の偉業とも呼べる混乱からの回復を一瞬でやり遂げた手腕から、多くの人たちが二つ名を付けようと動き出しました。そして今最も推しているのが〈魔薬錬金のハンナ〉様、というわけなんです!」
早口に語り終えたその内容に私は頭を抱えたくなりました。
前から変な二つ名で呼ばれている気はしていましたが、いつもはいつの間にか下火になっていたので放置していました、しかし今回はなんだか大事になっている気がします。
ちなみに後で知ったのですが、〈魔薬錬金〉とは総商会に持ち込んだ大量の〈魔石〉と〈ハイポーション〉に由来するそうです。無駄によく考えられています。
あ、あとでミーア先輩とチエ先輩に相談しないと……。
あとルルちゃんがこっちをキラキラした目で見ているのもなんとかしないと。
「すごいのです。ハンナお姉ちゃん、かっこいいのです!」
「ルルちゃん、今のはサトルさんの冗談なの。だから本気にしなくてもいいの」
「冗談なのです?」
「そうですよね、サトルさん」
「はひっ!」
キラキラした目がスゥっといつもの目に戻りました。これでよしです。
あと、鯉のように口をぱくぱくさせて何かを言おうとするサトルさんには、ゼフィルス君が「やめてその目」と怯えていた目力をプレゼントします。
なぜかサトルさんがプルプル震えている気がします。わ、私の目はそんな怖くは無いですよ?
やっぱりさっきのお願いは断りましょう。
「話を戻しますね。私たち、今この階層にいるはずのフラーラ先輩という方に会いに行くところなので、先ほどのお願いは聞けません」
私はそう言って断りの言葉を告げました。
ちなみにフラーラ先輩は例の〈生徒会〉の三年生で、とても素晴らしい商品を何度も世に送り出している、将来を期待されている凄腕の生産職の方です。
すごいですよね。私も早く会ってみたいです。
そう思っていたら、サトルさんが不思議そうな顔をしているのに気が付きました。
「えっと、姉に何か御用なんですか?」
「……姉!?」
「えっとはい。ここに引きこもっているフラーラとは俺の姉の名ですが……」
なんだか、少し言いづらそうにそう告げるサトルさん。
「お姉ちゃんなのです? ということは今はお手伝い中なのです?」
「いやあ、手伝いというより手伝わされているっていいますか……。本当にあの姉になんの御用なんですか? 作製依頼とかなら全部お断りしてるみたいですけど」
「あ、じゃあもしかしてサトルさん、フラーラ先輩がどこにいるかわかります?」
「知っていますけど……」
どうも歯切れが悪いです。でもやっと手がかりを発見しました!
「やった。もしよかったら教えてくれませんか?」
「ハンナ様の頼みだったら喜んで! でもその代わりこっちも手伝ってください! 本当にマジでお願い頼みます!」
サトルさんが〈無い隙のペンダント〉の1つを見せながらそう言いました。
「交換条件なのです。ハンナお姉ちゃん」
「うん、いいかもね」
交換条件。
このまま闇雲に探し続けても広大なダンジョン、フラーラ先輩の発見は難しそうですし悪くないですね。ルルちゃんもそう思ったのか頷いています。
私もそれに頷いて、サトルさんに言いました。
「それならいいですよ。私たちもそのペンダント探すのを協力しますから、案内よろしくお願いしますね」
こうして私とルルちゃんは〈無い隙のペンダント〉を探す代わりにフラーラ先輩の下へ案内してもらうことになりました。




