#050 二重の意味でピンチ。〈漆黒の闇ローダ〉。
「きゃーーーー!?!?」
「へう!? なになになに!?」
凍った空気に悲鳴が響き渡りました。
発信源はアルストリアさんでした。
正面にいた私の耳は大きくダメージを受けました。キーンってなります。
そしてその悲鳴に触発されたミーア先輩も盛大にキョドった挙句、目を開いてしまいます。
ばっちり目の前の邪悪な人型を目にしたミーア先輩。
私は素早く耳を――、塞げません。両方の手が塞がれています!
別の意味でピンチです。そして、
「ひいやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ひうぅぅぅぅぅ…………」
私の右耳の側で盛大な悲鳴が轟きました。
私の耳は大丈夫でしょうか? キーンとなっていて音が聞こえません。目がチカチカです。
ちなみにシレイアさんは「あうあう」言いながら私の左腕をキュっと締め付けています。
悲鳴を出されなくて、少しホッとしている自分がいます。
「は、はう。こ、腰が抜け――?」
あまりの恐怖に悲鳴を上げていたミーア先輩がガクンと腕にぶら下がって来ました。
腰が抜けてしまったみたいです。え? どうしましょう?
とりあえず未だに後ろで騒いでいるアルストリアさんを落ち着けます。
「オバケオバケオバケですわー!」
「落ち着いてくださいアルストリアさん!? 落ち着いてー!?」
じゃないと私の耳にガンガンダメージが入るのです。
そして苦しいくらいに力いっぱい抱きしめるアルストリアさん。
どうしましょうこの状況。
みんなが私に抱きついて身動きが取れません。
ぴ、ピンチです!(二重の意味で)
そのときです、ペタリという足音が鳴りました、一歩邪悪な人影が近寄ってきたのです。
近寄ってきちゃいました!(重要だったので二度)
「あうあうあう! オバケさんオバケさんどうか成仏してくだしゃい。私たちは食べても美味しくないのでしゅ!」
とうとうシレイアさんも恐怖でパンクしてしまいました。
オバケは成仏ではない気がします。あれ? オバケと幽霊の違いってなんでしょう?
両手が塞がれ何も出来なくなった私はなぜか逆にどうでもいいこと考えていました。
多分、思考放棄? 現実逃避? だと思います。
お願いみんな、手を離して、耳元で悲鳴を上げないで!?
ペタリ――、もう邪悪な人影はすぐそこです。
ミーア先輩は座り込んで私に抱きついています。
「ううハンナちゃーん。私、もっとハンナちゃんと一緒にいたかったー」
「ミーア先輩!? それなんだか不吉なのでやめましょう!?」
なんだかミーア先輩が危ないことを叫びだしたので慌てて遮りました。
するとです、近寄ってきていた邪悪な人影がピタリと止まったのです。
「…………ミーア?」
「へ?」
意外なことに、邪悪な人影から発せられたとは思えないほど澄んだ声が聞こえました。
「ミーアじゃないか、こんなところで何をやっているんだい」
なんだか呆れた口調です。多分、気のせいではありません。
そこで涙を拭ったミーア先輩がマジマジと邪悪な人影を見ました。
邪悪な人影は見やすいようにでしょうか、被っていたフードを取りました。すると色白な女性の顔が現れました。
「ひうぅぅ! って、あなたローダじゃないの!?」
「そうだよ。闇錬金術師界の〈漆黒の闇ローダ〉とは――僕のことだ!」
な、なんだか決まっている感じに名乗って来ました。
「えっと、ミーア先輩、お知り合いですか?」
私は二人の会話に割り込んで聞きます。
そうじゃないと、なんだか収集が付かない気がしたのです。
「君たちは……青色、一年生かな? こんな時間に校舎に残っていたら危ない。早く帰ることをおすすめするよ」
「ローダに一番身の危険を感じたけど!?」
ミーア先輩の渾身のツッコミに私たちの心は一つになりました。
「失礼だねミーア。僕のこの漆黒の闇スタイルに何を危険に思うことがあるというんだい?」
「見た目全部だけど!?」
確かに、よく見ればすごい見た目です。いえ、よく見なくてもすごい見た目です。
これ、おそらく装備ですけど、〈デザインペイント変更屋〉を使って魔改造していますね。
本当に、夜の校舎でこんな格好の人に出会ったら危険な人だと叫びますよ。ミーア先輩の反応は正しいです。
ですがローダ先輩はミーア先輩のツッコミを平然と受け流します。
「それで最初の話に戻るのだけど。ミーアやこの子たちはこんな時間にこんなところで何をしているんだい?」
「相変わらずのマイペースか!? この子たちはローダの後輩ちゃん、忘れ物をしたので取りに来ただけよ」
すごいです。なんでしょう。ローダと呼ばれていたこの人もすごいですが、ミーア先輩のあんな姿、初めて見ました。
「というより、ローダこそ何やってたのよこんな時間に。というより、この時間にその格好で校舎にいるのやめよう? 本気で出くわした人がトラウマになるから。私とか」
「いやだよ。この漆黒の闇は僕のデスティニーだからね」
す、すごいこだわりだと思いますけど、えっと……すごくマイペースな人だと言うのは分かりました。
「ちなみに先ほどの質問に答えると、私は夜にしか出来ない生産作業をしているんだ」
「なるほど、それはわかったわ。100歩譲ってそれはわかったわ。でも夜の校舎に残っているのにその格好をすることは全然分からないわ!」
「夜の校舎だからこそだよ。ふさわしい格好をしてこそ作品はより深くなるのさ」
とても怖い思いをしたミーア先輩が荒れています。
でも、ローダさんという方は気にした様子もありません。なんとなく根っからな生産職という雰囲気を感じました。
そしてミーア先輩と会話をしていたローダさんがこっちを向きます。
「そうだ君たち、僕の後輩のようだから、何か身になるかもしれない。僕の錬金工房、覗いていく?」
そしてなぜか誘われました。




