#049 夜の校舎は油断禁物。気がついたら目の前に。
「ケケケケケケケ―――――ッ!!」
「ひうっ!? なになになに!?」
「は、はわ!」
その声に真っ先に反応したのはミーア先輩とシレイアさんでした。
一瞬で私の右腕と左腕はがっちりホールドされ、ピクリとも動かなくなります。
しかも後ろからも誰かが抱き着いています。この豊かなお胸の持ち主はアルストリアさんに違いありません。
うう、ちょっと重いです。いえ、女の子は重くは無いですよ?
「な、何がありましたの? もしかして幽霊ですの?」
先ほどまで出来る雰囲気を放っていたアルストリアさんでしたが、今では私の背中に抱きついて声を震わせています。怖くなさそうに見えていましたが、気丈に振る舞っていたみたいです。
そういえばシレイアさんが最初に教室に忘れ物を取りに行くと言ったときも最後まで付いて行くと言わなかったのを思い出しました。あれはそういうことだったのかもしれません。
私はそんなどうでもいいことを思い出しながら声が聞こえてきた廊下の奥を見ます。
よく目を凝らすと、奥のほうに明かりが見えました。とても薄い、淡い感じの光です。
「奥、ちょっと光ってます?」
「ひぃ! ハンナちゃんハンナちゃんハンナちゃん!」
「ぐにゅっ」
ミーア先輩がさらにホールドを強め、顔まで手を伸ばして来ました。
よって私は今顔の半分がミーア先輩のお胸に埋まった状態です。ちょっと気持ちいいのは内緒です。
でも、なぜ私の頭の位置にお胸があるのでしょう? ミーア先輩の身長、少し分けてくれないでしょうか?
なぜかこの状況でそんな感想が過ぎりました。
「ほ、本当に光ってますわね。こ、こんな時間に誰かが残っていますの?」
「い、いえ。学園の中に入るために警備の方に鍵をお借りしたのでしゅ。ということは中には誰もいないはずなのでしゅ」
「ひぅ! ダメダメダメ! オバケとか幽霊は本当にダメなの!」
「だ、大丈夫ですミーア先輩。オバケなら光は嫌うはずですよ~」
奥の光にアルストリアさんも気がついたようで、シレイアさんに確認していますが、確かに私たちは警備さんに鍵を借りて入ったため中には誰もいないはずです。
すぐに人ではない存在にたどり着いたミーア先輩が顔を青ざめさせたので慰めました。
ちょっとミーア先輩が可愛いです。
「ケケケケケケケ―――――ッ!!」
「ひうぅ!」
また声が聞こえてきました。
ミーア先輩が力いっぱいぎゅっとしてきますが、今度はちゃんと聞こえました。
あの光が漏れる教室からです。
「大丈夫ですよミーア先輩。声はあの教室から聞こえてきました。明るければオバケも幽霊も出てきません。へっちゃらです!」
「ほ、本当? オバケでも幽霊でもない?」
「もちろんです!」
もう少し怖がるミーア先輩が見たいという邪念をメイちゃんで殴りとばし、私はミーア先輩を励まし続けました。おかげでミーア先輩の腕から力が抜け、なんとか1人で立てるようになりました。
「あそこには近づかないようにしましょう。教室に行って、忘れ物を回収してささっと帰るのです」
「は、ハンナさんの意見に賛成いたしますわ」
私の提案にアルストリアさんが答え、右と左からは腕をギュっとすることで返事をいただきました。
そうと決まったら急ぎましょう。
問題は、あの光が漏れている教室の近くに私たち〈錬金術課1年1組〉の教室があるというところです。だって向かっている方向ですもの。
私たちは慎重に歩き出しました。ミーア先輩が何度も「ハンナちゃん大丈夫かな? 本当に大丈夫かな?」と聞いてくるのに「大丈夫です。私が付いています」と言って励ましながらの進行です。
すでにみんな私に思いっきりすがりついて離れないのでかなり不恰好ですが、誰も気にしません。気にしませんとも。
時折邪悪な声が響く廊下をそうして慎重に進んだ結果、なんとか私たちは自分たちの教室にたどり着きました。ミーア先輩は先ほどから目を閉じて開けようとしません。
「つ、ついたでしゅ」
「しー、シレイアさんなるべく静かに、素早く〈学生手帳〉を持って退出しましょう」
「ごくり。イエスマム、なのでしゅ」
そうは言っても抱きついたまま離れられなくなったシレイアさんなので、私たちは一蓮托生の状態でシレイアさんの席に向かいます。そして目的の物はすぐ見つかりました。シレイアさんの机の上に置いてあったのです。
これでミッション完了です。みんなホッとため息を吐きました。
さっさと帰りましょう。
――しかし、でした。
目的も果たし、一息ついたところで気が抜けたのでしょう。
教室から廊下に出たところ、でした。私たちは無警戒に廊下に出てしまいました。
――その廊下に、邪悪に溢れる存在が待っていたのです。
気がついたのはまず私とシレイアさん。
ミーア先輩は目を瞑り、アルストリアさんは私の背中にいたので見えなかったはず。
「……へ?」
呟いたのはシレイアさんでした。
目の前のものから目が離せなくなって、でも理解しきれなくて思わず漏れた、そんな声でした。
目の前にいたのは人型で全身黒ずくめ、いえ、それより禍々しい、黒の線模様が描かれた服を肩からつま先まで被う形で羽織っていました。胸元には4つの眼球、それが薄い黄緑色に光っています。片手に持っているのは本? 黒く、魔法陣の書かれた闇ッ気の強い何かが見えます。
そこにいつの間にか立っていたのは、理解が追いつかない。とても邪悪な何かでした。
多分、これがあの邪悪な声の正体だと思います。




