#043 エピローグ 翌日の後日談。
ダンジョン週間最終日の6月2日。
混乱し、どうにもこうにもできなかった市場が元に戻りました。
十分な在庫と、多くの供給を見せたことで学生さんたちを安心させたのです。
その手腕と能力が評価され、翌日の6月3日、学園長から〈生徒会〉に感謝状が贈られることになりました。
そして私にも……。
あの、別に私はいいですよ?
評価するのならミーア先輩にしてあげてください。
私はただミールのためにクエストを受注して、それを納品しただけで他は何もしていませんし、〈総商会〉のあれこれも全部ミーア先輩の指示に従っただけなので。何か当り前のことしかしていないのに感謝状をもらうのは、凄く抵抗があります!
しかし、私に学園から感謝状が贈られることは覆ることはありませんでした。
「感謝状なんて滅多に貰えないのですから素直に受け取っておくほうが良いですよ」
チエ先輩が諭してくれます。あと、なぜか私に対し敬語で話すようになりました。
どうしてでしょう?
現在、学園の授業が終わって放課後。
6月になり、みんな夏服で登校していつもと違う服装にキャッキャしていたさっきまでがなぜか懐かしく感じます。
半袖っていいですよね。(現実逃避)
「ほらハンナちゃん、よそ見をしていると転んじゃうよ~? そしたら私が抱きしめて助けてあげるけど」
「いえ、その時は普通に助けてほしいですよ?」
少し現実逃避していましたがミーア先輩の言葉に現実に戻されました。
今私は、学園長室のある、御領主の城に入っています。
なんで学園長室がお城にあるのでしょう?
学園長先生は公爵家ご当主様。お城に住むのは当り前なのですが、なぜ私がここに来ているのかと……。
御貴族様って、大丈夫なのでしょうか? 怒らせたら退学とか言われてしまうかもしれません。足が震えます。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですわ。むしろとても素晴らしい功績を残せたのです。胸を張るべきですわ」
アルストリアさんはいつも自信満々で、少し羨ましいです。
ちなみにアルストリアさんとシレイアさんも、〈ハイポーション〉作製に協力したので一緒に呼ばれていたりします。
ちなみにシレイアさんはこちら側で、私よりガクガク震えています。
「ハンナしゃしゃしゃしゃまぁぁぁ……」
声も震えて、もう何を言っているかも分からない状態ですが、ちょっと可愛いです。
おかげで私の緊張は、少し落ち着きました。
シレイアさんが落ち着けるよう手を繋ぎました。するとシレイアさんも少し落ち着くことが出来たみたいです。
メイドさんに案内されて学園長室の前に到着しました。
「学園長、〈生徒会〉のチエ様、ミーア様。協力者のハンナ様、アルストリア様、シレイア様をお連れいたしました」
「うむ、入るといい」
ガチャリとメイドさんが扉を開けてくださり、堂々とチエ先輩が中に入ります。
扉の音一つとっても高級感が違う気がするのですから不思議です。
「さ、私たちも続くよ、しっかり挨拶してね」
ミーア先輩の忠告にコクコクと頷き、チエ先輩、ミーア先輩の後に続く形で私たち3人も入室しました。
「わざわざ来てもらってすまなかったの」
「いえ。お呼びいただきありがとうございます。〈生徒会〉庶務担当チエ、参上しました」
「ふふ、これは学園が感謝を告げる場なのだ。楽にしてくれてよい」
先に入っていたチエ先輩がまずしっかりとした礼と挨拶をすると、学園長先生が微笑みながら楽にしてくれと言います。
学園長先生は思ったより優しい感じがしました。
続いてミーア先輩が挨拶し、私たちも続きます。
「〈生徒会〉会計のミリアスです」
「〈錬金術課1年生〉のハンナです」
「同じく1年生のアルストリアですわ」
「お、同じく、シレイア、でしゅ!」
私たちの簡単な挨拶にうんうんと頷き、学園長先生は世間話をするようにチエ先輩に話しかけます。シレイアさんが噛んだのもスルーしてくれるみたいです。
「報告は聞いておるよ。こちらの学生さんたちと市場の混乱を鎮めたと」
「はい。私は特に何も、実際に動いたのはこちらのミリアスとハンナさんです。アルストリアさんとシレイアさんも協力してくださりました」
「そうか。我々が到らぬばっかりに苦労を掛けた。ありがとう」
「は、はい!」
ちょっと驚きました。
お礼を言われて思わず返事をしてしまいます。
「ふふ、それでは本題に移ろうかの。感謝状を贈呈したい」
「謹んでお受けいたします」
「チエ庶務担当はもう少し方の力を抜いてもよいのだぞ?」
「いえ。礼儀ですので」
「ふふ。では、これ以上何も言うまい」
学園長先生はそう言うと、デスクに置いてあった大きな紙、いえ、あれが感謝状ですね。
すごい豪華で高級という見た目の紙です。
それを一枚持って立ち上がると、チエ先輩が何も言わずにデスクを挟んだ向かい側に立ちました。
まるで私たちに見せるかのような仕草です。
「感謝状。貴殿は大きく混乱した市場を瞬く間に収めた。これを学園は深く感謝し、感謝状を贈る。ありがとう」
簡単にそう言って学園長先生が渡す豪華な感謝状をチエ先輩は両手で受け取り一礼して下がりました。
「次は私が行くから、よく見ててね」
小声でそう言ったミーア先輩が続いてデスクの向かい側に立ちます。
なるほど、見本ですね。
チエ先輩と同じく感謝状を貰ったミーア先輩が下がると、今度は私の番です!?
き、緊張します。
上手くできるでしょうか!?
私もミーア先輩と同じようにデスクを挟んで学園長先生の向かい側に立ちます。
「―――感謝状を贈る。ありがとう」
思わずこちらも、ありがとうございますと言ってしまいそうな口を必死に我慢し、なんとか失敗もせずに感謝状を受け取る事が出来ました。
な、なんとかやりきったよぉ。
感謝状を受け取るだけなのにすごい緊張感でした。
その後、堂々と胸を張るアルストリアさんと、緊張でガタガタなシレイアさんも無事に感謝状を受け取る事が出来ました。
「さて、これだけでは終わりではない。報酬の件だが、何か望むものがあれば用意させよう。これはクエストではない。純粋に、本来なら学園が行なわなければならなかった事を代わりにやらせてしまったお詫びと礼も含めている」
えっと。クエストとは別に報酬がもらえるみたいです。
確かに市場の混乱を治めるのはクエストに含まれていませんでした。
でもお礼……。何がいいでしょうか……。
私が考えていると、先にチエ先輩が前に出ました。
「学園長、私は報酬を辞退いたします。私がしたことは〈生徒会〉の仕事の延長であると考えるためです」
「ふむ、では〈生徒会〉の予算を少し足しておこう」
「ありがとうございます」
チエ先輩は真面目です。
でも凄くカッコイイと思います。
すると、私の隣にいたアルストリアさんとシレイアさんも前に出ます。
「学園長先生。申し訳ありませんがわたくしたちも報酬は辞退させていただきます。わたくしたちがサポートしたのはあくまで〈ハイポーション〉の生産であるためです」
「は、はい! 私も同じ、でしゅ」
「そうか。ふふ、ではクエストの報酬金に少し色を乗せておくことにしよう」
あ、そういえばクエストの報酬が出るのでした。
実はあの後、〈総商会〉から逃げるように戻った後で〈魔石(中)〉をできるだけ量産しておこうと、クエストの規定値である計10万個を全て作り上げたんです。
今日ここに来るまでに全部納品してきました。
その時に「報酬はちょっと待ってほしい」と言われていたのですが、このためだったのですね。
「それではそちらのミリアス会計は何か要望はあるか?」
「はい! 〈ゴージャスキッチンセット〉をギルドに設置してもらえますでしょうか」
「よし分かった」
ミーア先輩はご自分が所属するギルド〈味とバフの深みを求めて〉に凄まじい性能のキッチンを入れるらしいです。
なるほどです。それは私も欲しいです。
でも部屋に空きがありません。ギルドの小部屋も私のわがままで改造してもらうわけにはいかないです。
私が悩んでいるとミーア先輩が首を傾げながら聞いてきました。
「ハンナちゃんはどうするの?」
「えっと、私も〈中級錬金セット〉が欲しいのですけど、部屋に置けるスペースがなくって」
キッチンもいいですが、まずは錬金のための設備が欲しいです。
でも〈中級錬金セット〉は大きい物が多いので部屋への設置は難しいかもしれません。
女子寮は狭いのです。
しかし、そんな懸案事項を学園長先生は軽く解決してしまいます。
「それなら福女子寮に入寮すれば問題無かろう。どうかな?」
「福女子寮、ですか?」
「裕福な家の学生が入る、少しグレードの高い寮のことですわ。確かにあそこなら広いですし、引っ越せば問題は無くなりますわね。ちなみに私とシレイアさんは福女子寮に住んでいますわよ」
「そうなの!?」
ちょっと驚きです。
そして思い出します。福女子寮って、あのお嬢様ばかりが住むオホホ寮のことですか。アルストリアさんは分かりますが、シレイアさんもなんですか? 全然想像がつきません。
そこに、私も住むの? でも、ちょっといいかもです。
「ハンナさんが来てくれたら、とても楽しそうですわ」
「は、はいでしゅ! ハンナしゃま歓迎しましゅ!」
気がつけば完全に引っ越す流れになってしまいました。
ですが部屋が広く、それに〈中級錬金セット〉完備、それに友達も一緒の寮となれば私に断る理由はありませんでした。
「お、お願いいたします……」
「うむ。承った」
こうして私は福女子寮という広い部屋に引っ越すこととなり、さらに〈中級錬金セット〉が報酬として貰えることになったのでした。
全てが終わり、引っ越しが落ち着いた頃のことです。
やっと私が納品した〈魔石(中)〉10万個と〈ハイポーション〉1万個の納品額と、クエスト報酬が届きました。
ちなみに〈ハイポーション〉ですが、〈総商会〉で色々あった翌日の6月3日には学園外から大量に届きまして、私の出番は無事、なくなったのでした。
どうも学園側も動いていたようで、ちゃんと手を打っていたようです。
ただ、いきなりのことだったために纏まった数を用意することが難しく、遅れに遅れてこの日まで掛かったみたいですね。
私がしたのは1日混乱が収まるのを早めただけでしたが、それでも怒りの矛先が別の所へ向く可能性もあったために、早期解決に尽力したことをたくさんの教員の方から褒められました。
アイス先生が、凄く穏やかな顔で私を「他にお礼を言いたい先生がいるの」と言って連れ歩くので、本当にいろんな先生方に挨拶されるようになりました。
それと、
「あれは、ハンナ様! ハンナ様よ!」
「ああ、今日もたいへん可愛らしくおいでだわ」
「ハンナ様、錬金工房へ向かわれるのですか? 私たちもご一緒してもよろしいでしょうか?」
場所は福女子寮。
私、引っ越しました。
引っ越し作業は〈空間収納鞄〉があるので凄く楽でした。
そして、私はここにお住まいだったお嬢様方に、とても気に入られてしまいました。
原因は例の〈総商会〉での一件です。
学園が〈生徒会〉と私たちに感謝状を贈ったというニュースも流れ、一気に知名度が上昇。
しかも、〈総商会〉での出来事に根も葉もない話が加わり尾ひれまでくっついて、あの一件はなんだか美談まで昇華してしまったらしいのです。
そして美談が大好きなお嬢様方にクリーンヒット。
そんなところにひょこひょこ来てしまった私は今、お嬢様方の話題の中心になってしまっていました。
なんでこうなったのでしょう? 誰か教えて!
でも、嬉しいこともありました。
「ハンナさん、少し錬金の作業で行き詰まっている事があるのですが……」
「ハンナ様! 私、初級高位級の〈爆弾〉アイテムが作れるようになりました!」
「まったくあなたたちはハンナちゃん大好きね」
「それはミーア先輩も同じではありませんの?」
「はいはい。なんでも聞いてください。私が知っている事なら教えますよ」
「さすがはハンナ様です!」
アルストリアさん、シレイアさん、そしてミーア先輩と同じ寮になれたことです。
驚いたことに、ミーア先輩もこの福女子寮にお住まいだったのです。後で知ってビックリしました。
友達が一緒なら新しい寮でも寂しくはありません。
今日も私の部屋に集まってみんなで錬金やその他談義に花を咲かせます。
これからも楽しい学園生活が待っていると思うととても楽しくなります。
あと、もう一つ、嬉しいような、でもちょっと困ったようなことがありました。
手に持つ〈学生手帳〉に表示された、お金の残額を見ます。
おかしいです。アルストリアさんとシレイアさん、ミーア先輩にも分けたはずなのに、9桁の数字が見えます。
これは〈魔石(中)〉と〈ハイポーション〉の報酬です。
私、―――お金持ちになってしまいました。
第一章 ハンナちゃんストーリー
-完-




