#042 大混乱解決。みんなのハンナ様、誕生。
ざわざわとしたざわめきが場を流れ、多くの人の注目が入口付近にいた私たちに注がれたのが分かりました。
一目でこの状況がまずいと分かります。
今逃げ出したら、混乱に拍車をかけることになると思います。
どうしよう、そう思ったとき、ミーア先輩が前へ出ました。
「みなさん、〈生徒会〉です! 市場の回復に来ました!」
〈生徒会〉のギルドエンブレムが描かれた腕章を素早く装備したミーア先輩が大きく声を張り上げました。
「〈生徒会〉?」
「〈生徒会〉だ! 〈生徒会〉のミリアス会計だぞ!」
「市場の回復に来たって言ったぞ!」
「じゃあこの混乱も収まるの!?」
「ああ。〈生徒会〉は市場を整えてくれる役割を持っている。今は人数が減っているそうだが、さすが〈生徒会〉だ」
「待ってたわ〈生徒会〉! お願い! 市場を元に戻して!」
「我らに〈魔石〉をお恵みください!」
す、凄い反響です。
みなさんミーア先輩が〈生徒会〉を名乗った瞬間から期待を寄せたのが分かりました。
さすがは〈生徒会〉のネームバリューです。さすがはミーア先輩です!
そんなミーア先輩が前に出ながらこっそり私たちに話かけてきます。
「もうこうなったらこの場で何とかするしかないわ。ハンナさん、悪いけど協力して。あなただけが頼りなの」
「は、はい!」
「ありがとう。アーちゃんも合わせて」
「わ、分かりましたわ。任せてくださいまし!」
言葉少なくやり取りすると、ミーア先輩が笑顔で歩き出します。目指すは〈総商会〉の職員用出入り口みたいです。
「そっちに回るのでちょっと待っていてくださいね。安心してください。私たち〈生徒会〉は混乱した市場を元に戻すために来ました。〈魔石(中)〉も〈ハイポーション〉も十分な数を用意してありますよ」
そうミーア先輩が大きく告げると、ざわざわしていた〈総商会〉の広場がさらに大きなざわめきに包まれました。
「お、おい、聞いたか!? 十分な量だってよ」
「ああ。さすが〈生徒会〉だ」
「ムファサ生産隊長も不在でダメかと思っていたのに」
「お、おい。このことを早くみんなに知らせたほうがいいんじゃないか?」
「いや待て、まだ早い。まずは俺たちの分を確保してからだ」
「そ、そうだな。この人数だけでも全て捌くのに時間が掛かりそうだしな……」
そんなざわめきが聞こえる中、私たちは足早に職員用出入り口に入り、窓口の裏側に回りこみます。
すぐにメリーナ先輩がやってきて頭を下げました。
ついでにさっき私のことをハンナ様と呼んでいた男子を足下に転がしました。
「ごめんなさいミリアス会計、ハンナ様。うちのバカが余計なことを言いました」
「今はいいわ。まずはこの現状をなんとかしましょう」
おお、ミーア先輩がすごく先輩っぽいです! なんだか頼りになるオーラが出ている気がします!
でもミーア先輩、なんで私の手を掴んで離さないのでしょうか?
「えっと、メリーナさんね、あなたは台を用意してもらえるかしら。受付にいる人たちからも見える大きな台よ」
「すぐに用意します。ほら、あなたは働きなさい!」
「ひ~、すみませんでしたー! すぐにご用意しますー!」
ミーア先輩がお願いするとすぐにメリーナ先輩が指示を出します。
私を見つけて声を上げた男子の人はがすぐに走って行きました、がなぜか「反省中」と書かれたプラカードを首から提げていました。今あれを作ったのでしょうか? さすが早業のメリーナ先輩です。
走って消えたと思ったら倉庫から大きな長テーブルをたくさん抱えてきてセットしていきます。必死な形相で。
それを見ているミーア先輩の目は冷たいです。
「市場の混乱を抑えられる可能性を潰しかけたどころか、私のハンナちゃんを危険に巻き込んだ罪は重いわ。キリキリ働きなさい」
「あの、私はミーア先輩のでは……、それと罪と言うには大げさの気がしますよ?」
私は大げさな事を言うミーア先輩を止めようとしますが、そこにアルストリアさんが私の肩に手を置いて首を振ります。
「ハンナさん。いいのですわ。あの方は反省が必要なのです。今回はミーア先輩がいらっしゃいましたからなんとかなりましたが、またやってしまった時に失敗を取り戻せるかは分からないのですから」
なるほどです。反省を促すための罰だったみたいです。
それなら、仕方ありませんね。
「で、出来ました!」
「踏み台がないわ。今からこの上で発表するのよ、踏み台がないと上がれないじゃない!」
「ひぃぃ! すみません! すぐにご用意します!」
……これからはミーア先輩は怒らせないように気をつけようと思います。
「さ、ハンナちゃん行くわよ。あと最初に謝っておくわ、ごめんね?」
「へ?」
少し可哀想に思う男子の人が大急ぎで特設台を用意し終わるとミーア先輩が私を連れてそのまま台に上ります。あ、テーブルに上っているので靴は脱いでいますよ? あと、何で私まで上っているのでしょうか? 未だにミーア先輩は手を離してくれません。あとすっごく不穏な言葉を残したような気がしましたが、気のせいでしょうか?
そのまま待っていた学生たちに向かいミーア先輩が大きな声で告げました。
「みなさん、お待たせいたしました。〈生徒会〉会計のミリアスです。今日は市場回復の準備が整いましたことを報告に参りました」
演説です。
ミーア先輩、とても堂々としていてカッコイイです。
私もこんなに堂々と発表できる日が来るのでしょうか? いえ、こんな発表するような行事が来ないことを祈ったほうがいいかもしれません。
みなさんの不安を解消するため、ミーア先輩はゆっくりとした優しい口調で説明していきます。具体的な個数などは言わず、少し大げさに言っているような気もしますが大丈夫なのでしょうか?
すると、1人の男子学生が挙手しました。
「失礼、発言をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい。構わないですよ。どうぞ」
「助かります。市場の混乱が回復することはとても喜ばしいのですが、実際にどのくらいの数があるのか、教えていただくことは可能でしょうか? それと、現在どれほどの生産力を持っているのかも、話せる範囲で構いませんのでお答えいただけると助かります」
それはここに来ていた人たちが一番聞きたかったことです。
瞬間、ざわめいたかと思ったらすぐに皆さん静かになり固唾を呑んでミーア先輩の答えに注目します。
でもミーア先輩はスマイルを絶やすことなく平然と応えました。
「構わないですよ。ですが数を口頭で言っても皆さんイメージしにくいでしょう。そこで今実際にお見せしますね」
ざわざわ。
「実際に見せる? どういうことだ?」
「持ってきている、ってことなのか?」
「そういえば隣の子は誰でしょう? 見たことない子だけど」
みなさんミーア先輩の言葉の意味を図りかねています。
その隙にミーア先輩が私にこっそり言いました。私もこっそり喋ります。
「――ハンナちゃん、私が合図したら、その〈空間収納鞄〉の〈ハイポーション〉、全部出して」
「え? ここに並べるってことですか? 全部並べるなんて時間が掛かりますよ?」
「違うわ。もうバッグをひっくり返しちゃってもいいからここにドバドバ山積みにしちゃって」
「ええっ! 商品ですよ!?」
「ちょっとビンが傷ついても効能は変わらないわ。やっちゃって」
「わ、わかりました」
私たちが内緒話を終えると同時にざわめきが落ち着いていき、先ほど質問した男子学生がまた挙手にて質問をしました。
「ミリアス会計それは……、実際に今見せていただけるということでしょうか?」
「そうですよ。自分の目で見たほうがみんなも安心でしょ?」
「確かにそうですが、それほど在庫があるということなのですね」
「ふふ。見れば分かるわ。たくさん持ってきたからね。――ハンナさん」
「はい!」
合図です。
私は本当にいいのかなぁ、という思いをなるべく出さずに〈空間収納鞄〉を、高い位置でひっくり返し、「〈ハイポーション〉よ出ろ」と念じます。すると当然ながら、バケツをひっくり返したように〈ハイポーション〉がジャラララララと大きな音を立てて出てきました。1万個、全部!
「わ!」
「なんだありゃ!?」
「こ、これは!」
こういうのは勢いが大事だってゼフィルス君が言っていました。
なので私は躊躇せず、ただ「出ろ出ろ〈ハイポーション〉、全部出ろー」と念じ続けました。
〈空間収納鞄〉から出た〈ハイポーション〉は私の足元に落下したと思ったらすぐに小山となり、溢れて大山となり、さらにどんどん積みあがって周りにも広がって、ついには台からもこぼれていきます。
私は慌てました。1万個ってすごく少ないって思っていましたが、これだいぶ多いです。
本当に1万個ですか? 私には何倍も多く見えました。
そうして長かった〈ハイポーション〉の滝は終わります。
するとそこにあったのは呆然とした様子の学生さんたちでした。
私も唖然としています。
妙にしんっとした空気がそこにありました。
そしてそこに切り込んだのは私の隣で満足そうな笑顔をしているミーア先輩でした。
「どうですか皆さん? これだけの数を持ってきたら安心ではない?」
すると、固まっていた例の男子学生が気を取り直しました。
「こほん。素晴らしい。まさかこれほどとは……、これなら十分我々も確保できます」
その言葉を筆頭に皆さんも安心だという空気が流れました。
「いや、すごかった」
「あれだけの〈ハイポーション〉を用意するなんてさすがは〈生徒会〉だ」
「あんな溢れんばかりの、いや実際溢れるほどの〈ハイポーション〉を用意できるなんて」
「やっとダンジョン攻略が再開できるぞ」
皆さんの緊張がほぐれていくのが分かります。
しかし、ミーア先輩はここで一気に決めると言わんばかりに追撃をかけます。
「よかったわ。それと〈魔石(中)〉をお求めの人も安心していいわ。十分な数を確保しているから。――ハンナさん、向こうの台にも〈魔石(中)〉を出してくれますか?」
ミーア先輩が見る方向を私も見ると、そこにはもう一つの台が組まれていました、そばにはぜぇぜぇと息を切らしたやらかし男子さんもいます。どうやらもう一つ作れと、密かに命じられていたみたいです。
私はミーア先輩に言われたとおり、〈ハイポーション〉の山から脱出して台を移動し、再び〈空間収納鞄〉をひっくり返し、さっき作っておいた〈魔石(中)〉2万個をその場にジャララララーしました。
ミーア先輩が皆さんに見せないよう後ろ手にグーしているのを見て笑顔で返します。
先ほど謝られましたが、これくらいの仕事なら朝飯前ですので、全然大丈夫です。
さすがミーア先輩。私はミーア先輩のサポートとして呼ばれたんですね。
〈ハイポーション〉と同じくドッシャーと出て山になる〈魔石〉を見て皆さんが色めき立ちます。
「おお! 魔石だ! 魔石が出てくるぞ、こちらも溢れるほど大量だ!」
「これほどの〈魔石(中)〉と〈ハイポーション〉、いったいどこから用意したんだ」
「ああ。もう市場ではカツカツだったし、他の誰かが溜め込んでおけるような量じゃない」
「ミリアス会計! その〈ハイポーション〉はいったいどこから用意したんですか!? 今後も用意し続けることは可能なんですか!?」
皆さんの希望は品切れの無い安定供給です。
その質問は誰もが最も聞きたいと思うものでした。
ミーア先輩は、それに一拍おいてからスマイルを崩さずに言いました。
「良い質問だわ。実はこの〈ハイポーション〉はね、そこのハンナちゃんが一日で作ってしまったものなのよ」
「…………、へ?」
〈魔石(中)〉を流し終えて台から降りようとしたところでミーア先輩が何か言い始めて私は固まりました。
「ハンナちゃん?」
「ハンナちゃんって誰だ?」
「おい! 口を慎め、ハンナ様と呼べ。今〈ハイポーション〉と〈魔石(中)〉を納めてくれた、あの方がハンナ様だ」
「ギルド〈エデン〉のハンナ様だ! 生産専攻でダントツのトップレベルを誇るというあのハンナ様だ! 今年の1年生入学始業式で〈戦闘課〉に負けずトップのレベルを残し学園の歴史を塗り替えた方なんだぞ」
「な、なんだって!? そんなすごい方が……というか本当に1日でこれ全部作ったっていうのか!?」
「この量、万を超えるぞ!?」
大きなざわめきが発生すると同時に全員の視線が私に向きました。ひう。
私は笑顔で固まるくらいしか出来ません。
み、ミーア先輩! そんな持ち上げなくても大丈夫ですから! わ、私そんなたいしたことしていませんし!?
そう念じますが、向こうの台にいるミーア先輩には届きません。それどころかさらにミーア先輩は持ち上げるようなことを優しい口調で言います。
「ハンナちゃんは大量生産のプロフェッショナル。1日五桁の〈ハイポーション〉を作ることが可能なのです。皆さん、安心してください。私たちにはハンナちゃんがついています。今回ハンナちゃんは、皆さんが困っているのだからと、進んで協力してくれたのです」
「おお、おおおお!! ハンナ様! ハンナ様!」
「ありがとうハンナ様! 俺たちのためにありがとう!」
「ハンナ様! ハンナ様!」
「ああ、ハンナ様尊い!」
あああ、なんだかとんでもない方向に舵取りされている気がします!?
否定したいですけど本当のことですし、と、とりあえずハンナ様呼びはやめていただかないといけません!
「あの、皆さん落ち着いて――」
「もちろん素材の心配も要りません。ほら、採集組が帰って来ました」
私が皆さんに落ち着いてもらおうと声を出したとき、ミーア先輩の言葉でかぶせられました。
皆さん、なんだなんだと〈総商会〉入口の方へ視線を向けます。
あうぅ……。
「あの、〈上薬草〉たくさん採取して来ましたが、これはいったいどういうことでしょう?」
聞き覚えのある声に振り向くと、入口にいたのはモナ君を始めとする〈採集無双〉の人たちが居ました。
「聞いたわね? すでに素材の採集にも力を入れているわ。その素材だってハンナちゃんがいればすぐに加工できる。市場はすぐに回復するわ。皆さんの不安を〈生徒会〉はぬぐうことが出来たでしょうか?」
「ああ、もちろんだ!」
「さすが〈生徒会〉! ありがとうハンナ様!」
「〈生徒会〉〈生徒会〉! ハンナ様ハンナ様!」
「わーわー! わーわー!」
〈総商会〉の広場は大盛り上がりです。
ミーア先輩の演説は見事に皆さんの不安を払拭したようです。本当にすごいです。でも、持ち上げられた私はとても困りました。さっきのごめんねはこういうことだったのですね! でも問題が解決に向かったのは事実なのでどうしたらいいか分かりません!?
「ハンナちゃん、笑顔笑顔」
「は、はいぃぃ」
私がここでオドオドしていたら皆さんをまた不安にさせてしまうかもしれません。
せっかくミーア先輩が頑張ってくれたのです。協力すると言った以上、頑張らなければ……。
私は引きつらないよう必死に笑顔を貼り付けました。
こうして〈総商会〉での混乱は収束を見せました。
そしてすぐに取引は始まりました。
さっきまで必死な様子の皆さんでしたが、今はとても笑顔です。
私、頑張った甲斐がありました。困っている皆さんを助けてあげられてよかったです。
でも、
「ハンナ様、ありがとうございます! このご恩は忘れません!」
「ええっと、忘れてもいいですよ?」
「ハンナ様! 聞けば先の〈魔石〉を持ってきてくださったのもハンナ様なんですって!?」
「すごい。さすがハンナ様だ!」
「えっと……、ハンナ様って呼ばれるのは遠慮したいような……」
大きな問題が残りました。
うう。皆さんがハンナ様呼びをやめてくれませんよぅ……。




