#031 魔石の買取額が高騰中。目がミールになりました。
6月2日、日曜日の早朝のことです。
昨日の深夜、急にミーア先輩からチャットで〈生徒会室〉に呼ばれたため、ギルドに行く前にお邪魔すると、ミーア先輩は珍しく書類と格闘していました。
しかもかなりの量があるように見えます。
私が〈生徒会室〉に入った直後、ミーア先輩が泣きついてきました。
「お願いハンナちゃん! 私をこの激務から逃がして!」
「バカなこと言ってないで手を動かしなさい」
「うう、チエちゃんの鬼ー」
「チエちゃんではありません。先輩と呼びなさい」
「あ、鬼の部分はスルーなのね」
「何か言ったかしら?」
「いいえ、なんでもありません!」
「そう」
「……ううう、ハンナちゃ~ん」
なんだかとても悲しそうな声でミーア先輩が名前を呼んできます。
本当にどうしたのでしょう?
どうやら今日の〈生徒会室〉にいるのは二人だけ、ミーア先輩と、庶務担当の三年生、チエ先輩だけみたいです。
チエ先輩も同じく書類の山と格闘していましたが、格闘したまま私に、どうして呼ばれたのか説明してくれました。
「――深刻な〈ハイポーション〉と〈魔石(中)〉の、不足ですか?」
「ええ。とにかく市場に〈ハイポーション〉が無いの。補充するたびに三年生が買っていってしまい、保管していた〈ハイポーション〉の素材でもある〈魔石(中)〉も在庫切れの状態なの。それに伴い他の品、ポーション類にも影響が見られ始めているわ」
事態は思っていたより深刻みたいです。
少し前に上級生の人たちが私に〈ハイポーション〉を融通してくれないかと来ました。
品不足とは聞いていましたが本当に在庫がないみたいです。
「普通はここまで品不足になることはないのよ。そうなる前に〈生徒会〉の方で手を打つから。そうじゃなくても大量購入する場合は前もって計画を立て、周りと連携して少しずつ予定日にあわせて集めるのが通例だったのだけど、今回は様々な事情が重なり急遽〈ハイポーション〉〈MPハイポーション〉が大量に必要になってしまったのよ」
書類を処理する手を止めずにチエ先輩が続けます。
「〈MPハイポーション〉はとにかく重要度が高かったため、真っ先に生産したわ。これがなくなるとダンジョン攻略に大きな支障が出るから」
はい。もちろん知っています。身を持って。
うちのギルド〈エデン〉ではもう毎日湯水のように〈MPハイポーション〉を消費していますし、それを作っているのは私ですからね。
ダンジョンを攻略する過程でMPは最大のネックです。
このネックをどれだけ解消できるかでダンジョンの攻略は変わります。ゼフィルス君が有言実行していました。
〈エデン〉は私が作る〈MPハイポーション〉をじゃんじゃん使い、今回のダンジョン周回も中級下位をガンガン攻略することができました。
そのくらいMPをたくさん回復してくれる〈MPハイポーション〉はダンジョン攻略には重要です。
「こちらは初動が早かったこともあって、なんとか〈MPハイポーション〉の方は生産が間に合って、在庫を用意することができた。だけど、その割を食ったのが〈ハイポーション〉。〈MPハイポーション〉を切らすわけにはいかなかったために後に回すしかなかったとはいえ、〈ハイポーション〉が市場から姿を消したのは不味かったわね。上級生、とくに三年生はこれに危機感を持ち、買占めが発生してしまったの」
チエ先輩が丁寧に説明してくれるので助かります。
ちなみに〈ハイポーション〉とはHPを500も回復してくれるアイテムで、ヒーラーのいないパーティには必須のアイテムです。
たとえヒーラーがいたとしてもMP切れや戦闘不能、状態異常などで回復ができない場合もあるため、〈ハイポーション〉は絶対持っておくべきだとゼフィルス君も言っていました。……使ったことはほとんど無いですけど。
そのせいで私は作りすぎてしまった在庫が今倉庫で埃を被っていたりしますが、これは置いといてください。
「本来ならすぐに補充し、市場の混乱を治める必要があったのだけど、在庫の〈魔石(中)〉が足りなくなり、いくら補充しても買占めを上回ることができなくなってしまったのよ。買い占めに制限をするのも難しいし」
〈MPハイポーション〉と〈ハイポーション〉は両方とも作るのに〈魔石(中)〉を使いますからね。
つまり片方はなんとかなりましたが、そのせいでもう片方が足りなくなってしまったようです。
また、買い占めの制限をしてもギルドで確保した人員に買われたら意味が無いですからね。買い占めに対する制限は難しいです。
お一人様1本までにしたところで、1本で何が出来る!? ってなりますし。
「お話は分かりましたけど……」
ミーア先輩はなぜ私に助けを求めたのでしょう?
話の本番はここからですね。
「ハンナさんは以前、授業で〈MPハイポーション〉を作ったそうね?」
「え? はい。作りましたけど……」
あれのせいでクラスの人たちの私を見る目がさらにおかしくなったのです。
忘れられるはずがありません。黒歴史です。
「その時の手際も称賛に値するとのこと、その時ハンナさんはご自分の〈魔石(中)〉を躊躇いもなく使用したと聞いたのよ。もしかしてだけど〈魔石(中)〉って余っていたりしないかしら? 色を付けるわよ?」
あ、やっと私が呼ばれた理由が分かりました。
魔石ですね魔石。そういえば魔石って凄く貴重なものでした!
いえ、別にそこまで貴重ではないのですが、それなりに需要が高くって、〈魔石(中)〉の産地である学園の中級中位、〈戦場の跡地ダンジョン〉では多くの上級生がダンジョンに潜っているといいます。
〈魔石〉をドロップするのは主にスライムか幽霊、アンデッド系です。
スライムは〈魔石(極小)〉しか落としませんが、アンデッド系なら様々なランクの〈魔石〉を落とします。中級の〈戦場の跡地ダンジョン〉では成仏しきれずにアンデッド化したてしまった成れの果て、女の子には名状しがたい何かがたくさん彷徨っているとかで、ギルドメンバーの女子がみんな行くのを断固拒否したダンジョンですね。
だって夢に出たりしたら怖いじゃないですか。私も怖いですもん。
それは置いといて魔石の買い取りです……、しかもお高く買い取り――!
ここは売り時ではないでしょうか!
私は即決します。
「あ、あります! どれくらいのお値段ですか?」
「そうね、一つ当たりこのくらいでどう? なるべくたくさん納品してほしいのだけど。あと〈ハイポーション〉の納品もあるわよ」
そう言って二枚の書類を差し出してきたチエ先輩から受け取ります。
そこは学園クエストと書かれていました。
学園共通掲示板に張り出してある、ゼフィルス君がサブクエストだ~って呟いていたアレですね。学園に通う学生なら誰でも受けることのできるクエストです。
そこには、〈魔石(中)〉1個当たり1000ミールで買い取りと書かれていました。
私は目が点になります。
もう一度読みます。
クエスト名〈現在不足している〈魔石(中)〉を納品してください。学園の在庫が10万個溜まった時点で終了〉。
報酬〈〈魔石(中)〉1個当たり1000ミール、もしくは1QPを報酬とします〉。
クエスト名〈現在不足している〈ハイポーション〉を納品してください。学園の在庫が1万個溜まった時点で終了〉。
報酬〈〈ハイポーション〉1個当たり3000ミール、もしくは3QPを報酬とします〉。
報酬〈高品質な〈ハイポーション〉は1個当たり5000ミール、もしくは5QPを報酬とします〉。
1000ミール。
1個1000ミール。それを、10万個まで?
1個5000ミール。それを、1万個まで?
私は手を見て指を畳んで数を数えます。ダメです。全然指の数が足りません。
私の頭は衝撃で暗算なんてとてもできる状態ではありませんでした。
私が計算苦手なだけ、ということはないはずです。
「今〈魔石(中)〉や〈ハイポーション〉の買い取りを進めているところなのだけど、この値段でもどこもみんな手放したがらなくて困っているのよ。ハンナさん、納品してくれるそうだけど、どのくらいできるかしら?」
チエ先輩の言葉がグルグルと脳内に侵入します。
このクエストは美味しいです。普通なら500ミールくらいが買い取りな〈魔石(中)〉が、今なら倍! 普通なら1500~2500買い取りの〈ハイポーション〉が今なら倍、です!
ですが、期限があります。学園の在庫が溜まったら終わりだという点です。
つまり、ライバルがいます。
だめです、これは私が納品するんです! 時間が経てばたつほど納品できる数が減っていくということです。
こうしてはいられません!
「チエ先輩、分かりました! ちょっとギルドに行ってきます! たくさん持ってきますね!」
「え、ええ。よろしくねハンナさん」
「いってきまーす!」
「行かないでハンナちゃーん」
私はダッシュでゼフィルス君を説得するために駆け出しました。
何かミーア先輩の声が聞こえた気がしましたが、私の耳には届きませんでした。




