#173 上級職の勧誘はセルマさんの事ではありません。
「ハンナさん、テストは大丈夫ですの?」
「だ、大丈夫じゃないですよアルストリアさん~。私、このままだとアルストリアさんに抜かされると思います~」
「そんな簡単にハンナさんが抜かされるとは思えませんけど……」
そんなことはありません。
私がこのクラスで優れているのは上級職である【アルケミーマイスター】に就いていてLVが高いからです。
アルストリアさんが同じ条件なら勝てるとは思いません。だって座学の方では圧倒的にアルストリアさんが頭良いもん。
〈錬金術課〉は実力主義。座学より実技の方が重きを置くため、たとえ座学の点数が低くても実技の点数が高ければ評価は高くなります。
前回のテストでも、私は座学で圧倒的にアルストリアさんに負けていましたが、実技の方の点数が優秀だったので首位になったのだと思っています。
それに私は知っているのです。昨日ゼフィルス君がアルストリアさんとシレイアさんを上級職へ勧誘していたのを!
だって私、目の前にいましたもん。
「アルストリアさんが上級職になったら勝てる気がしませんよ~」
「ま、まだ上級職になると決まったわけではありませんわよ?」
「そんなことはないです。ゼフィルス君は一度言い出したら絶対に実行します。アルストリアさんは近いうちに上級職になることは間違いありませんよ」
「そ、そうなのですか?」
「もちろんアルストリアさんとシレイアさんが望めば、ですが」
昨日のことです。
〈エデン〉がBランク戦に勝利した翌日、私とゼフィルス君が一緒にギルドに行ったとき、ゼフィルス君がアルストリアさんとシレイアさんを勧誘していました。その内容は破格で、〈エデン〉の専属になってもらえれば2人を上級職にする、というものです。
とはいえ今の〈エデン〉には〈上級転職チケット〉の余りは無かったはずなので、余裕が出来たらの話です。今日からテスト期間でダンジョンには入れなくなるので、今回のテストではアルストリアさんもシレイアさんも下級職ですが、次のテストでは2人とも上級職に就いている可能性がとても高いです。
い、いえ。テストで1位なんて私には荷が重いですし、アルストリアさんに譲った方が良いとも思っているのですが、みなさんの期待に応えられないのはなんだか嫌なのが困りものです。
複雑な心境なんです。
……つまりは勉強を頑張ればいいということに帰結しますね。
はい。頑張ります……。
また後でゼフィルス君に頼らないと。……甘えすぎかな?
そんな感じに悩ましく唸っていると、こっちに来る2つの影がありました。
2つともフラフラしています。
シレイアさんと、セルマさんです。
「うう、テストが、テストが憂鬱でしゅ~」
シレイアさんはテストに憂鬱としているだけでした。
ですがその後ろからフラフラしてやってきたセルマさんはなんだか目が正気では無いように見えます?
「ハンナさん」
「は、はい。なんでしょうセルマさん?」
「さっきの話、本当なの?」
「…………へ?」
「さっき、聞こえちゃったのよ。空耳かしら。ゼフィルス君がアルストリアさんとシレイアさんに〈上級転職チケット〉を渡して勧誘したって。あはは、おかしいわよね?」
「……」
どうしましょう。
なんだかセルマさんの雰囲気が、いつもと全然違います!?
答えによってはとんでもないことになりそうですよ!?
どうしちゃったのでしょう!?
それに答えたのは、私ではありませんでした。
「あ、それは本当のことですよ。昨日ゼフィルスさんから直接言われました」
「あ……あ……え……?」
シレイアさんです。シレイアさんの言葉にセルマさんは壊れてしまいました。
目がぐるんぐるんしています!?
えっと、確かセルマさんは何度か〈エデン〉の面接に来たって聞きました。
でも錬金術師の数はもう足りているからって断られたらしいです。
あの時はまだギルドの人数も全然少なかったですから私だけで回せていたんです。
でも今は〈転移結晶〉に〈霧払い玉〉など、学園の重要アイテムの生産も引き受けている関係上、私1人しかできないというのは避けたいのだそうです。
それに私も休めないとのことで、ゼフィルス君が【錬金術師】の勧誘に動いたと聞きました。
えっと、タイミングが悪かったのかもしれません。
どうしましょう?
そうオロオロしていたときでした。
その場を救ってくれたのはアルストリアさんでした。
「セルマさん、勘違いしているようですから正しますと、〈上級転職チケット〉は別にそういう意味ではありませんでしたわ。それに勧誘というのはギルドへの勧誘ではなく、専属という話でした。私たちは〈生徒会〉もありますし、専属はまだまだ増えていくかもしれませんわ」
「そ、そうよね! ゼフィルス君が私のことを忘れたわけじゃないわよね!」
「ええ。セルマさんはまだ【闇錬金術師】に〈転職〉したばかりでLVが低いですから。上級職の話は来なかったのだと思いますわ」
「アルストリアさんの言うとおりだわ!」
「あ、復活しました」
アルストリアさんの話にセルマさんが飛びつきました。
まだ募集するかは、ちょっと分かりませんが専属を増やす可能性があると話を逸らしたのは上手いと思いました。やっぱりアルストリアさんは頭が良いです。
結局セルマさんはまだLVが低いので声を掛けられなかったのだ、ということで結論し、席に戻っていきました。
あ、テスト勉強しないとですね。




