#017 シレイアさんのお願い。レシピの貸し出し?
「えへへ」
「あ、ハンナ様がにやけています! 何か良いことがあったのですか」
あ、しまりました。
今朝の日常、青春の1ページを思い出していたら思わずにやけていたようです。
しかもそれをシレイアさんに見られてしまいました。
私は慎重に弁明します。
「シレイアさん、おはようございます。少し楽しいことを思い出してしまいましたがなんでもないので気にしないでください」
「は、はい……ハンナ様がそう言うのならわかりましたでし?」
しまりました。
なんだか余計に気になるという視線をいただきました。
いえ、別にしまっていません。大丈夫です。
「それよりシレイアさん、何か用があったのではないですか?」
「あ、そうでした! ハンナ様に、お願いがあるのです!」
「私にお願いですか?」
なんでしょう?
シレイアさんが私の錬金に興味があって見学することはよくありますが、このように改まってお願い事をされるのは初めてです。
私はシレイアさんの真剣さを感じ取り、身体の向きをシレイアさんに向けて聞く体制を取ります。
「あの、私に、私に! 〈爆弾〉のレシピを貸して欲しいの、でしゅ! はう……」
「〈爆弾〉レシピですか?」
――レシピアイテム。
ダンジョンでは、たまに宝箱から産出されるアイテムで、そこには私たち生産職が扱うことのできる、アイテムを作るためのレシピが書かれている紙です。
例えば〈回復薬〉レシピ。
このポーションは【薬師】系や【医者】系、【神官】系、そして【錬金術師】系が作ることができます。
ですが、そのやり方は様々で、『調合』スキルを使ったり、『調薬』や『配剤』スキルで作製することもあります。
もちろん『錬金』スキルでもできます。
そして、それぞれのスキルでそのやり方が異なるのです。
ポーションレシピ一つ取っても四通りのやり方が存在し、そして四種類のレシピが存在します。
私が必要なのは『錬金』と『調合』のレシピだけですけどね。
そしてシレイアさんの言う〈爆弾〉レシピとはもちろん『調合』や『錬金』で作る〈爆弾〉レシピのことを差します。これがとても手に入りにくいのです。
何しろ、本来なら爆弾とは【爆師】や【ボマー】といった生産職が本職のアイテムだからです。
もちろん【錬金術師】でも作れますが、その効力は本職にはやや劣り、作製できる種類も変わります。それに何より、『錬金』で作るやり方のレシピはドロップしにくいのです。
手に入りにくいともいいます。…………私はたくさん持っていますが。
なぜ私がそんな貴重なレシピをたくさん持っているかと言うと、買ったからですね。
正確にはゼフィルス君が買ってきてくれてプレゼントしてくれたものです。
レシピはとても大切で貴重なものなので、こうして集めることが難しいです。
ゼフィルス君は気軽に買ったと言っていましたが、普通気軽に買えるものじゃないはずなのですが……。
そして、それを相手に貸してあげるというのは、あまり良いとは言えません。
ほら、私とシレイアさんの会話が聞こえたアルストリアさんが思案顔で近づいて来ました。
「お待ちなさいシレイアさん、それはいけませんわ。レシピは貴重な財産、それを対価も無く貸すということはいくら友達でも厚かましいというものですわ。それを分からないあなたではないでしょう?」
「は、はい! もちろん、対価、払います! たくさん! 明日までに!」
「明日までに?」
「ふう、シレイアさん、少し落ち着きなさいテンパっていますわ」
「はうっ!?」
シレイアさんは優秀な【錬金術師】ですが、少し人との会話が苦手なところがあります。
アルストリアさんは慣れた調子でシレイアさんを落ち着かせていきました。
「それでシレイアさん、レシピの取り扱いは習いましたね? 私たち生産職はレシピが無ければ生産することはできません」
「失敗しちゃいますからね」
レシピに書かれているやり方は、少しアレンジするくらいならできますが、それ以外にまったく新しいことをしようとすると必ず失敗します。
失敗とは文字通り、生産できなくて終わることですね。酷いときには素材が全部消えます。
ちなみに、さらに相反するもの、例えば水と油なんかを『錬金』しようとすると大失敗というさらに大きな失敗をすることもあります。
これは素材が必ず消える他、スライムというモンスターを生み出すため、とても……とても……、あれ? なぜでしょう? 名前は大失敗なのに失敗な気がしません。
とりあえずこの話は置いておきましょう。
とにかくです、正しいレシピがいかに貴重なのかが分かりますね。
レシピは生産職にとって、知識であり財産であり、能力でもあります。
そのため、レシピの取り扱いは法律で結構厳重に管理されています。
授業ではかなり重点的に教えられています。
「はい! 理解していますです! ですが、手に入れる目処が立たず……。もう誰かに土下座してでも頼むしかないのでし!」
「いえ、土下座はいりませんよ?」
「ええ。土下座をされても困りますわ」
私とアルストリアさんの応えが一致します。
「あうっ……」
「それで、シレイアさん、どんな対価をご提示いたしますの? ハンナさんの実力を鑑みれば生半可なものではいけませんわ」
そうなの?
とは聞けません。
「はい! 私、とうとう【錬金術師】がLV20になり、二段階目ツリーが開放されたのでしゅ! これを使い、ハンナしゃまの錬金を手伝います! なんでも命じてくだしゃい、ませ!」
「わ、LV20になったんですね! シレイアさんおめでとうございます!」
「な! わ、わたくしだってまだLV18ですのに!?」
私は拍手でシレイアさんを祝います。
この世界では、〈スキル〉や〈魔法〉が使うことができますが、それはスキルツリーと言ってレベルが上がるほど強い〈スキル〉が開放され、使えるようになります。
まずLV0で一段階目ツリーと呼ばれるスキル群が開放されます。
そしてLV20で二段階目、LV40の時に三段階目ツリーが開放されます。
下級職では三段階目ツリーまでですね。
ツリー開放というのはお祝いです。
ゼフィルス君も言っていました。
生産職はLV20からが本番だって。
二段階目ツリーが開放されてスキルが出揃い、ちゃんとした生産活動ができるのがだいたいLV20からなんだそうなんです。
「あ、ありがとうございましゅ! そ、それで〈大図書館〉にレシピを見に行ったのですが、攻撃アイテムの作り方は載っていなくてですね……」
話の内容が見えてきましたね。
ちなみに〈大図書館〉とは学園が開放している、学生なら誰でも利用できる大きな図書館です。まんまですね。
そこには生産職のために開放されたレシピがそこそこ置いてあります。
授業でも簡単なレシピは習いますしね。
ですが、それはあくまで基本的なものであり、本職のレシピだけなのです。
〈爆弾〉レシピなら、【爆師】さんのレシピならありますが、【錬金術師】のレシピは無い、といった感じですね。
シレイアさんは新たなレシピを求めて、でも手に入らず、私を頼ってきたみたいです。
「そ、それでさっきも言ったとおりです! ハンナしゃまの『錬金』をお手伝いさせていただく代わりにレシピをお貸しくだ、しゃい! はう……」
「なるほど、助手ですか。意外に悪くない提案だと思いますわ。ハンナさんはいかがです?」
いかがです? と言われても……。
とりあえず、もう少し話を聞かせてほしいです。これだけだとまだ判断できません。




