#157 変装を解いたら貴族の団体さんに囲まれました!?
楽しい時間とは本当に早く過ぎ去ってしまうもので、あっという間に午後のパレードの時間になりました。
さすがに変装したままでは参加出来ないので変装を解除します。
そして人に囲まれました。
「ハンナ様ハンナ様!」
「ハンナ様ハンナ様!」
「え? えっと……」
どうしましょう、みなさん語彙が死んでいます?
「興奮で言葉が上手くしゃべれないのですね。わかりますわかります」
シレイアさんが我が物顔で頷いていました。
何かシンパシーのようなものを感じたのでしょうか?
「ちょっとあなたたち、私たちはこれから午後のパレードに参加するんだから道を開けなさい」
ミーア先輩が訴えますがみなさん理性が低下しているのか「ハンナ様」しか言いません。本当にどうしたのでしょう?
結局周りを巡回していた警邏の人が誘導してくれたのでようやく囲まれた人混みから脱出することが出来ました。
「護衛を付けるべきでしょうか?」
アルストリアさんの呟きが聞こえて来ました。
誰に? 私にでしょうか?
「当り前ですわ。ハンナさんはもっと自分の能力を自覚するべきですわ」
「そ、そう言われましても~」
おかしいです。
私よりよっぽど有名で、王都に巨大なお店を構える大商人の娘であるアルストリアさんが目の前にいるのに、なぜ私に寄ってくるの?
ううん、現実逃避はここまでにしないと。
「あなたがハンナさんですね?」
「えっと、はい」
なんだか位の高そうな、もっと言えば貴族のようなダンディなおじさんが話しかけてきました。警邏の人たちもこれには注意できず、困っています。
「失礼、私は――」
そこで自己紹介をされたのですが、私は貴族の言い回し? のようなものはまったく分からないので覚えきれませんでした。
だって学園だと貴族の子でもファーストネームで呼び合うし、むしろファミリーネームは使用しない決まりとなっているので、慣れていないのです。
「それでハンナさんが作るアイテム、ポーション類の話も聞きましてね。是非買わせていただければと思った次第です。もちろん急なことですので色を添えさせていただきますよ」
貴族の人の言葉に私は一瞬大きく惹かれました。
貴族の人ならたくさんお金を持っているはず。売ってほしいなら、売りましょう。
しかし、それに待ったを掛けた人がいました。
別の貴族さんです。
「お待ちいただこうか」
「1人で先に走るなんて感心しませんな」
「ハンナ嬢が困っているようですぞ。もう少し穏便にですな――」
違いました。貴族さんたちでした。
え? なぜかさらに後方からどんどん集まって来ているように見えるのですが?
周りがさらにどよめいていますよ!?
「な、なんだあれは!?」
「貴族様の大行列だ」
「た、大挙して押し寄せて、何をしてい――おられるんだ?」
「中心にいるのはハンナ様だ」
「は、ハンナ様か!」
「貴族様がハンナ様を囲ってるっす!?」
「例の〈転移水晶〉の噂を聞きつけ、貴族様がハンナ様を探しているという話はすでに広まっているからな。午後もパレードに参加するとエントリーされていたし、ここで待ち伏せをしたのだろう」
「さ、さすがは支援先輩っす!」
「待て。ここでその名は御法度だぞ」
ど、どどどどどどうしたら!?
もう貴族様たちは私をそっちのけで言い合いを始めてしまいました。
纏めると、私と交渉するのは自分だ。みたいな主張です。
え、えっと、もう時間があまり。
こうなったら仕方ありません。
み、ミーア先輩、アルストリアさん、シレイアさん。
こ、ここは私に任せて先に行って! この方々の目当ては私だから!
こっそりそんな感じで伝えました。
「そ、そんな! ハンナさんだけ置いて行く事なんて出来ませんわ!」
「そ、そうだよ。行く時はハンナちゃんも道連れ――じゃなくて一緒だよ!」
「は、はい! ハンナ様はすごいです!」
「ミーア先輩今変なこと言いませんでしたか?」
「気のせいだよ!」
あとシレイアさんも目を回してよく分からないことを口走っていました。
気持ちは分かります。私も目を回したいくらいです。
とそこに救世主が現れたのです。
「これ、この騒ぎは何事じゃ」
「学園長先生!」
現れたのはもっさりとした髭を持つこの〈迷宮学園・本校〉の学園長先生でした。
貴族の中でも最高位の公爵の当主に就いていられる人で、学園長先生が現れた瞬間貴族の方々が気を引き締めたのがわかりました。
1人の貴族が代表して学園長先生に申し出て、それともう1人、周りであたふたしている警邏の人からも証言を聞いた学園長先生は貴族の人たちに言いました。
「我が学園の生徒を引き抜く行為はやめていただこうかの。それに〈転移水晶〉であれば我が公爵家で販売しておる。学園に大人が直接介入は筋違いというものじゃろう」
「で、ですが!」
どうやら貴族様たちは私を専属の職人として引き抜く気だったみたいです。
ただのポーション販売かと思ったらとんでもない話になりました。
アルストリアさんからそれとなく貴族との販売は慎重にと注意を受けましたよ。
貴族様は学園長先生に食い下がります。
目当てはやっぱり〈転移水晶〉のようですが、貴族様のところへは公爵家が販売する手筈になっているようです。私はその辺聞いていませんよゼフィルス君?
ですが、その数は少なく、みなさん5個くらいしか買えないのだそうです。
まだ作り始めたばかりですから当然ですね。
もっとたくさん作らなきゃいけないのでしょうか?
「ハンナ嬢には伸び伸びと生産してほしいからの。上級生産職が増えるまではこれで我慢してほしい」
学園長先生が庇ってくれます。無理してたくさん作る必要はないようです。
「当然ですわ。今の所〈転移水晶〉を作れるのはハンナさんだけなのです。無理を言えば今囲っている貴族の元へ行ってしまうかもしれませんもの。学園としてはハンナさんに出て行かれると困るのですからハンナさんのやりたいことを尊重しますわよ」
アルストリアさんの言葉に頭がクラッとしました。
なぜ私は貴族様たちに囲まれて引き抜きにあっているの! 助けてゼフィルス君!
その願いが届いたのかは分かりませんが、学園長先生がこう告げました。
「それにハンナ嬢はあの【勇者】ゼフィルス君の幼馴染での、とても仲の良い様子じゃ。これがどういう意味か、お主たちならわかるじゃろう」
「――ぬう」
なんとゼフィルス君の名前を出した途端貴族様が黙ったのです。
え? 何これすごい! これってゼフィルス君効果なのでしょうか!?
「さすがはゼフィルス君。彼を敵に回すかもしれないならさすがの貴族様でも引き下がるしかないわよね」
ミーア先輩が感心したように頷きました。
どうやらゼフィルス君に助けられたようです。
「ハンナ嬢、君たちもすまなかったの。もう行って構わんよ」
「は、はい! ありがとうございます!」
「なに、迷惑を掛けたのはこっちじゃ。後でこの者たちからお詫びのしるしを贈るとしよう。それより今は学園祭を楽しんでおくれ」
「は、はい! 学園長先生、それじゃ、行ってきます!」
「気をつけるのじゃぞ」
学園長先生はとてもフランクに手を振ってくれました。振り返しながらその場を去ります。
でも学園長先生、貴族様たちの要望をそんな簡単に断っちゃって良いのでしょうか?
なぜか貴族様は喜んでいる様子でしたが。
「学園長先生も食えない御方ですわ。しっかり貴族にも花を持たせてハンナさんに贈り物をする許可を出すなんて」
アルストリアさんが貴族様や学園長先生が見えなくなった辺りで説明してくれました。
どうも、この贈り物というのがアピールの許可みたいなものなのだそうです。
私が気に入ればその送り主の貴族様と個人的に縁が出来るかもしれません。
それは貴族様の腕の見せ所で、私が気に入らなくてもそれは自己責任と学園長先生は暗に示したらしいです。
今後、もの凄く力の入った贈り物が届くでしょうとアルストリアさんが言いました。
えっと? それって受け取ってしまって良いのでしょうか?
あ、良いみたいです。これは謝罪の品という扱いなので返答も要らないそうです。
「ここで遠慮すると謝罪を拒否したと捉えられちゃうから絶対品は受け取るのよ」
ミーア先輩の言葉に頷きます。
そういうことなら、遠慮無く貰っておきましょう。
後日、上級レシピを含む大量の豪華な贈り物が私宛に届きました。
とりあえずセレスタンさんに相談しました。




