#014 戦闘課がいないボス戦。迫る大口の突進。
私たちが怪我人の救助に立会い戻ってくると、皆さんが心配そうに集まってきたのでミーア先輩が代表して説明しました。
ほんと大事にならなくて良かったです。
ですが、マッスル救助に連れて行かれたシーンを話すと顔を青くした人が何人かいました。どうやらマッスル救助さんを知っているみたいです。
本当に有名な方だったのですね。
それはともかく、その後は普通に採集へと戻りそれなりの成果を上げました。
やっぱりダンジョンの奥には採集ポイントが多く残っていたようです。
「たくさん取れましたよ! 見てください素材がバッグに入りきらないんです。ハンナさん、もしよろしければハンナさんのバッグにこの溢れた素材を収納して貰えませんか? もちろん対価は払いますから!」
モナ君がはしゃいだように提案してきました。
モナ君や他の〈採集課〉のメンバーが持っているのは〈空間収納鞄(容量:小)〉でした。学園からの支給品の〈容量:少量〉よりは入りますが、それでもすぐにいっぱいになってしまいます。
「いいですよそれくらいなら」
〈採集無双〉のメンバーは全員〈空間収納鞄〉がパンパンで、もう入らないとのことなので、私のバッグを使う事を了承しました。
持ち帰れない物って捨てなくちゃいけませんから。勿体ないのです。
ちなみに私のは〈空間収納鞄(容量:大)〉なのでみんなが持っている物より、とてもたくさん入ります。
とはいえ、これはギルドの共有財産なのですけどね、大体の場合私が預かって使わせてもらっています。
「じゃあ、報酬をこれくらい上乗せということで」
「それでいいと思いますわ。ハンナさんもいかがかしら?」
「はい、私もそれでいいと思います」
間にアルストリアさんに入ってくれたおかげで、交渉はスムーズに終わりました。
「さて、これからですが、ずいぶん遅くなっていますわ。そろそろ帰らなくてはなりません」
「むー、残念ね」
アルストリアさんの言うとおり、すでに時刻は18時半、帰らなくてはいけません。
ミーア先輩が不満そうにしていますが、もう皆さんのバッグもパンパンですし、私も頃合いかと思います。
「じゃあさ、ついでにボス、チャレンジしていく?」
「ふえ、ボスでしゅか!? はう、また噛んじゃいました……」
シレイアさんが噛むのはいつもの事ですが、噛みそうになる気持ちは分かります。
ミーア先輩が提案したのはこの和んだ雰囲気を緊張させるのに十分なインパクトがありました。
「そうよ。せっかく〈救護委員会〉が下で待機してくれているんだからチャンスよ。チャレンジするだけでも良い経験になるはずだわ」
「おっしゃることは分かるのですが……」
アルストリアさんが珍しく一歩引きます。
「ハンナちゃんはどー? そんなに〈攻略者の証〉を付けているんだから楽勝でしょ?」
ミーア先輩が私のバッグを見て言います。
正確にはバッグに付けられた〈攻略者の証〉を見ています。
この〈攻略者の証〉はダンジョンをクリアするといつの間にか手に握っている物で、これが無いと中位や上位のダンジョンには入れません。
ちなみに私は初級ダンジョンにある九つの〈攻略者の証〉、全部持っています。
また、この中では私とミーア先輩以外、誰も〈攻略者の証〉を持っていません。
「確かにここくらいのボスなら楽勝だと思いますけど……」
「ら、楽勝なんでしゅね……。さすがはハンナ様です……」
うん、攻撃アイテムの連発で楽勝じゃないかな、と思います。
ここ初級下位ですし。
シレイアさんが何か仰け反っていましたけど、どうしたのでしょう?
「ほらね、ハンナちゃんいるんだから大丈夫だよ」
「――いえ、でも私、誰かを守る立ち回りとかできませんし!」
なんだか凄く頼りにされそうだったので慌てて訂正を入れました。
私だっていつもゼフィルス君やシエラさんに守られて攻撃しているだけですから、〈戦闘課〉さんみたいな高度な立ち回りを期待されても困ってしまいます。
「そこは大丈夫。たとえ戦闘不能になってもボス部屋からペッてされるだけだし、負けたっていいんだから」
「う、うーん」
私の所属するギルド〈エデン〉では戦闘不能になった事のある人はいません。皆無です。
なので、こういう戦闘不能になってもいいという感覚はよく分かりません。
ゼフィルス君は負けないための作戦をいつも入念に調べてくれますし。
ですが、これも経験です!
やるだけやってみてもいいかもしれません。
そう判断します。
「じゃあ、私は行ってもいいですよ」
「さすがはハンナちゃんね! 他の人はどうする? こんなチャンスは滅多に無いわよ?」
「ハンナさんが参加するのでしたらわたくしだって参加いたしますわ」
「わ、私も、参加したい、でしゅ! はわ! また……」
私が了承するとアルストリアさんとシレイアさんまで手を挙げました。
大丈夫でしょうか? ちょっと心配。
ですが、これで〈錬金術課〉は全員参加になりました。
「私もよろしいですか? ハンナさんの腕前、是非この目で焼け付けたいです」
「私も参加させてもらってもいいかな?」
そうすると今度立候補したのは【アイテム士】のサティナさんと【コリマー】のアンベルさんでした。
サティナさんは私から買ったアイテムがありますし、アンベルさんの斧は攻撃でも強いです。とても心強いです。
「オーケー! でもちょっと人数オーバーしちゃったわね、私、ハンナちゃん、アルストリアちゃん、シレイアちゃん、サティナちゃん、アンベルちゃん、六人だし」
ボスの挑戦には人数制限があります。
一度に五人までです。六人で入りたければ〈『ゲスト』の腕輪〉が必要です。
しかも『ゲスト』さんは戦闘に参加できません。戦闘に参加したとたん〈『ゲスト』の腕輪〉が壊れペッてボス部屋の外へと排出されるそうです。
「ではミーア先輩は今回見学していただけませんか? ここは初級下位ですし先輩の力を使わず戦ってみたいのです。それに今回はお試しですし」
「あ、なるほど~」
そう提案したのはアルストリアさんでした。確かにお試しという趣旨であれば一年生だけでやったほうがいいかもしれません。私は納得の声を上げました。
「お? そっか、その方がいいね。攻略者の証を持っている上級生がでしゃばっちゃ下級生の成長の妨げになることもある、了解したよ。私は今回見学に回らせてもらうね」
「はわわ、大丈夫でしょうか!?」
「もう、シレイアちゃん大丈夫だよ、なんたってハンナちゃんがいるんだから」
「そ、そうでした。さすがはハンナ様……」
「ミーア先輩、そんなに期待されても困りますよ!? シレイアさんも、私はそんなさすがとかじゃないですからね?」
ということでミーア先輩は見学に回ることになりました。
こうしてボスチャレンジパーティが結成されたのです。
早速ボスのいる最下層、10層へと皆で向かいました。
10層は通常モンスターのポップしない救済場所で、唯一ボス部屋と呼ばれるエリアのみモンスターが発生します。
また、ここ初級下位では救済場所からボス部屋を見ることができるようになっているため、学生さんが多くいました。救済場所にいる学生の数は思ったより多いです。
ここでボス部屋に入れるのは五人まで、ボスを倒したらドロップや宝箱が貰えます。また、初攻略者には〈攻略者の証〉がもらえます。私はもう持っている物ですが、これがないと中位や上位のダンジョンに入ることが出来ません。重要な物です。
それと、最奥のボスを倒せば転移陣が起動し、地上に戻ることができます。
今回の私たちの狙いはそれら全てです
「じゃあ五人とも、いってらっしゃい!」
ボス部屋の前に誰も並んでいない事もあり、私たちはミーア先輩に見送られてそのままボス部屋に突入しました。
ここのボス〈アリゲータートカゲ〉は、あまり記憶に残っていません。ゼフィルス君と二人で来た記憶はあるのですが、ゼフィルス君が尻尾を斬り落として楽々倒していたのは覚えています。
確か、大口を開けて突進してくるボスのはずです。それで口が大きすぎて前が見えなくなるので、避けるのは容易いってゼフィルス君が言っていました。
「ギュアァァ!!」
「ひう、来たのでしゅ!?」
ボス部屋を五人で潜り、門が閉まると同時に〈アリゲータートカゲ〉が牙をむいてきました。
「私がやってみますわ! えい、ですわ! 起動、〈ファウム〉!」
アルストリアさんが何かアイテムを投げました。
どうやら爆弾アイテムみたいです。
しかし、アルストリアさんから投擲された爆弾は、明後日の方向へと飛んでいき、〈アリゲータートカゲ〉になんら影響ない場所で爆発しました。
「はう。そ、そんな見ないでくださいまし」
アルストリアさんが真っ赤になって両手で顔をお隠しになった。
ちょっと、可愛い。
「ギャァァァ!!」
しかし、和んでもいられません。大口を開けた〈アリゲータートカゲ〉が突っ込んで来たからです。突進でした。
スピードは……、遅い。さすが初級下位のボスです。
「来ました! 避けます!」
「わわ、怖、怖!」
サティナさんとアンベルさんが右の方へ駆けていきました。
そうですね、ここに居ては危ないです。逃げるが吉です。
なのに、シレイアさんがビクッとしたまま動かなくなってしまいました。
「シレイアさん、逃げますよ」
「う、足が、足が動かないのでしゅ!」
どうも緊張と恐怖で体が硬直しちゃったみたいです。
これは初めてボス戦をした学生によくある事みたいですが、大体はそのままやられてしまう運命みたいです。
そうなると〈攻略者の証〉は貰えません。
なら、ここで迎え撃つしか無いですね。
「私がやります」
「ハンナさん!?」
私が指輪を〈アリゲータートカゲ〉に向けるとアルストリアさんが悲鳴に近い声を上げました。
「〈爆指輪〉――発射!」
発動キーを唱えると指輪から小さい火の玉のようなものが発射され、大口開けて迫る〈アリゲータートカゲ〉の口に直撃し、そのまま呑み込まれてしまいました。
「あれ?」
予想外、〈爆指輪〉の爆弾を、呑み込んでしまいました。
しかし、進行は止まりました。
〈アリゲータートカゲ〉が何やら立ち止まって口をむしゃむしゃしています。
ほ、本当に食べられてしまったようです。
と思った次の瞬間でした。
――ドーンッ!!
「ふえ!?」
爆発音と共に〈アリゲータートカゲ〉が一瞬だけ膨らんだかと思ったら光に消えました。
「…………あれ?」
ついでに、見覚えのあるドロップの山と宝箱、そして奥の転移陣が輝き出します。
「…………ん~、あれ?」
よく分かりませんでしたが、どうやら〈アリゲータートカゲ〉を倒してしまったようです。




