#132 〈上級転職チケット〉を渡す事件発生です!
その日、事件は起こりました。
なんとゼフィルス君がマリー先輩に〈上級転職チケット〉を渡していたのです!
私は現場を見てしまいました。
場所はギルドハウスの2階の倉庫部屋、私の錬金工房も2階になるという予定もあって、改装のチェックをしていたときのことです。
楽しそうなゼフィルス君とマリー先輩の声が聞こえてきたのです。
あれ、と思いつつ話し声が聞こえてくる倉庫部屋に近づくと声は鮮明に聞こえ始めました。少し扉が開いていて、中の様子が見えていたのです。
「ぐぬぬ~、今日の兄さん超いけずや!」
「分かったよマリー先輩、ならこうしよう。こっちの条件を飲んでくれたら3枚ともマリー先輩に渡そうじゃないか」
どうやら交渉中の様子でした。
あれは、確か上級装備のレシピですね。私にも見せてくれた覚えがあります。それでゼフィルス君がマリー先輩に取引を持ちかけたようです。上級のレシピなんて早々手に入りませんからね。マリー先輩のどうしてもほしいという表情と感情がとっても伝わってきました。ゼフィルス君は良い条件が引き出せそうです。
ですが、ゼフィルス君の声がとても楽しそうで、少し悪いことを考えているときのテンション高めの時の声だったので、思わずそのままドアの隙間から中を覗いてしまいました。
するとゼフィルス君がとんでもない行動に出たのです。
「何やて!? ぐ、ぬぬぬ、そ、それでその条件とはなんや?」
「マリー先輩にはこれを、おっと手が滑ったああぁぁ!」
とてもわざとらしくゼフィルス君が1枚のレシピを放り投げました。全然手が滑っていませんでした。
そしてマリー先輩が目にも止まらないスピードでそれを回収し、わなわなと震えていました。
「こ、これはなんや兄さん!? こりゃまさか、レシピ全集!? しかもこれレアボス〈金箱〉産やないか!? どうなってるんやーー!?」
さすがはマリー先輩、とてもいいリアクションです。ゼフィルス君がとても満足そうに頷いているのが見えました。ゼフィルス君はああいうリアクションが好きなんですよね。見習わなくてはいけません。
そしてあれは滅多に手に入らない装備シリーズ全てのレシピが載った、シリーズ全集だったみたいです。それもレアボスの。それはマリー先輩も度肝を抜かれるというものです。
そこからゼフィルス君はさらに攻勢に出ました。
〈空間収納鞄(容量:少量)〉から見たことがある竜の絵が描かれたチケットを取りだしたのです。私はそれを見て息を飲みました。
―――〈上級転職チケット〉。
間違いありません。そしてそれをゼフィルス君はマリー先輩にしっかり見せつつ言ったのです。
「マリー先輩。上級職【マギクロスアデプト】に就いて、〈エデン〉専属になってくれないか?」
私は見ました。確かにこの目で見ました。
ゼフィルス君が〈上級転職チケット〉をマリー先輩に渡しているのを!
これは、マズいです。
アルストリアさんに教えてもらったのですが、〈上級転職チケット〉を個人が個人へ渡す行為というのは、ほとんどプロポーズみたいなものなのだそうです。
私は生産職なのにも関わらず〈上級転職チケット〉を渡されたので、よくその手の質問をされたのです。
最初はその人たちの言葉の意味がよく分からなかったのですが、アルストリアさんに教えてもらって知ったのです。
結局私に渡されたチケットはギルドからで、ギルドをより良くしてほしいという意味だったので特別な男女のあれこれとは別の話でした。聞いたときはとても惜しい気持ちになったりもしなくもなかったのですが、あの時は私と同じタイミングでラナ殿下とシエラさんにも渡していましたからね。勝てる気がしなかったので惜しい気持ちは霧散してしまいましたよ。
話が脱線しました!
話を戻します。
いえ、その前にまずある話をさせてください。
私に渡されたチケットはギルドの物だったと言いました。つまりゼフィルス君個人のものではありません。ですが、実はゼフィルス君は個人で1枚、〈上級転職チケット〉を持っているんです!
ギルドの物でも無い、個人で個人に渡せる〈上級転職チケット〉です。
そしてマリー先輩は、ギルドメンバーではありません。つまりあのチケットはギルドのものでは無いという意味になります。ということは、あれはゼフィルス君個人の持ち物である〈上級転職チケット〉ということに、ゼフィルス君がプロポーズとほぼ同義のチケットをマリー先輩に渡したということに?
そこまで考えて私はすぐにその場を立ち去りました。
そして向かった先は、ラナ殿下とシエラさんの所です。
「ラナ殿下、シエラさん、大変です! ゼフィルス君が、ゼフィルス君が! 個人で持っていた〈上級転職チケット〉をマリー先輩に渡しちゃったんです!」
「なんですって!?!?」
「ちょっと待ってハンナ、それはどういうことなの」
私はすぐにラナ殿下とシエラさんと情報共有を図りました。
ゼフィルス君は昔とあるダンジョンの隠し部屋で〈上級転職チケット〉をゲットして、個人で1枚所持していたことも話しました。秘密にしている場合ではありません。ゼフィルス君がマリー先輩に渡した以上、内緒の時間は終わりですから。そんな事よりも重要な事があります。
個人が持つ〈上級転職チケット〉を異性に渡した。
その事実を知ったラナ殿下がわなわなとし、シエラさんが難しい顔をします。
「ゼフィルスったら、マリー先輩と仲が良いと思っていたけれど、本気なの!?」
「まだゼフィルスが本気だと決まったわけではないわ。――ハンナ、ゼフィルスはマリー先輩が好きなの?」
「それは、分かりません」
「そうよね。むしろ〈上級転職チケット〉を渡す意味を知らないかもしれないし」
「これは直接確かめるしかないわ。突撃よ!」
「そうね。ハッキリさせる必要があるわ」
そしてラナ殿下とシエラさんが立ち上がりました。
とっても頼りになります!
翌日、ゼフィルス君は放課後にラナ殿下とシエラさんに問い詰められ、〈上級転職チケット〉にプロポーズ的な意味があったとは知らなかった事が判明してみんなに平和が戻りました。




