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シスター、たくさんの告白をあなたに。

作者: 喜多千住

 最初の告白は、とても他愛のないものだった。

 彼は中学生。彼女は新米シスター。告白の小部屋。カーテンの向こう側から聞こえてきたのは、か細いおびえた声。

「ボク、カンニングをしてしまいました・・・」

 それから一年に一度、彼の告白は定例行事となった。決まった日、彼の誕生日に。「これが一年ごとのけじめなんですよ」、と彼はにこやかに笑っていた。

 それがピタリと途絶えてから、長い年月が経ち。この日、彼は突然現れたのだった。

 最初に出会ってから、十二回目の告白。

「ボクは愚かな男でした」

 十二年の歳月は、少年を立派な大人にしたけれど、優しい落ち着いた物言いは、昔も今も変わってはいない。

「ボクは心から大切な人を裏切ってしまいました。傷つけてしまいました」

 カーテンで表情は見えなくとも、悲痛な想いは言葉で伝わる。

「あの時は、これが最善な方法だと考えていました。彼女に何も伝えずに、姿を完全に消すことが。彼女を決して巻き込みたくはなかった。迷惑をかけたくなかったのです」

「吉見さんから、聞きました」

 シスターは口を開いた。彼は、この日最初に聞いたシスターの声に、ハッと顔を上げた。シスターは続けた。

「あなたを巻き込んでしまったことを、吉見さんは心から悔いていましたよ」

「そうですか・・・」

 彼は静かに言う。吉見は、今なお行方が分からない。ややあってから、彼が。

「借金の返済は未だ終わっていません。でも、ここを離れてから、精一杯働きました。借金を半分まで減らすことができました」

 誠実さがにじむ声だった。

(そう!アナタは何も悪くはない!)

 シスターはきゅっと小さな手を握りしめる。

 吉見さんの保証人を引き受けた彼は、失踪した親友に変わって借金を背負ったのだった。

 長い沈黙が流れた後、シスターが口を開いた。

「八回目の告白を覚えていますか?」

 感情を抑えた声だった。

「一年に一度の恒例の告白。あの時は、いつもと違っていました。それに、私が答えたこと」

「よく覚えています」

 彼は、はっきりと答える。

「ボクは、あの時の大切な約束を破りました」

 堰を切ったように続けた。

「ボクは迷惑をかけたくなくて、去ることを選びました。でも、本当は、自分のためだったのです。自分が可愛かったから!弱い自分を守りたかったから!借金を抱えて狼狽する、無様な自分を決して見せたくなかった。正気を保って、笑っていられる自信がなかった。ボクは臆病です。ボクは逃げ出したんです。全てから。勇気のない、不甲斐ないボクは、一緒に戦うことができなかった。彼女の手をとり、共に困難に立ち向かうことができなかった!」

 シスターは穏やかに言う。

「あの時・・・。私はとても嬉しかったです・・・」

 心の中で、今も暖かく響いている、彼の告白。

(一緒にいましょう。楽しい時も苦しい時も、いつも一緒にいましょう)

「私はあなたと一緒に、苦しみも共にしたかったのに・・・」

 ホロリと涙が頬をつたった。

「ボクは彼女を、・・・あなたのことを・・・、ずっと想っていました。どんなに苦しい時でも、心がくじけそうになった時でも、あなたの笑顔を思い返して、一歩一歩前に進みました。いつの日か、あなたと再会できる日だけを夢見て。こんな情けない自分ではなく、堂々と胸を張って、あなたを迎えにいこうと。でも、気付いたんです。あなたに何の便りもよこさずに、あなたを一人にさせたまま、ボクは自分のことだけを考えている。あなたを遠くで想い続けるなんて、手前勝手なキレイゴトだ。立派になってから会いにいく・・・。それは、単なるエゴだ!ボクはいつもいつも自分のことだけで、あなたの心から目をそらし続けた。あなたはいつも、ボクに力をくれたのに。ずっと見守り続けてくれたあなたを!ボクはアナタとの約束を果たしていません。あの時からの長い長い時間、あなたにボクがしてしまったことを償うことはできません。でも、どうか再び、告白させてください。ボクは未だ弱い人間です。借金も未だ抱えたままです。あなたに苦労をさせてしまいます。あなたにツライ思いをさせてしまいます。でも、ボクはあなたと一緒にいたいのです。あなたと共に、歩んでいきたい。あなたを見ていたい。あなたの苦しみや喜びを共に分かち合いたいのです。どうか、あなたの側にいさせてください」

 シスターはゆっくりとカーテンを開ける。涙に濡れた満面の笑顔。

「お帰りなさい、弘幸さん」

 

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