第6話 残響
シルバーはそのまま、自分の部屋へと籠もる。1人の部屋で頭の中を駆け巡ったのは、亡きゴールドやゴッパーとの思い出であった。
偉大なるゴールド。その実、彼には本当の家族、心の通じ合えた者がいなかった。ゴールドの後を継ぐ子供たちは皆、どこかから拾ってきた義理の子供たち。そしてテスカトリポカはゴールドのことを知っていた。おそらくテスカトリポカは、シルバーのもとへ姿を現すまでは、ゴールドの側にいたのだろう。そのことに、当時は全くと言っていいほど気付かなかった。
ゴールドの言葉が頭の中で響く。それは遠く懐かしい過去の記憶。まだシルバーが、働けもしないような年の頃だ。
ゴールドに連れて行かれた先にあったのは、倒れかけた企業。既に価値など残っているはずもなく、ただ淘汰されていくだけのものだったところを、ゴールドは自らの莫大な資産を使って救済した。そのことをシルバーはゴールドに問いかけた。何の意味があって助けたのか。
「意味などない。シルバー、私達が手を差し伸べるべき相手というのは、価値によって決めるべきではない。見境なく、その全てを、私達は助けるべきなのだ。社会を支え導く。それこそが私達と商会の役目。それこそが、絆なのだよ」
「もし本当にそれが絆だとしたら、僕は絆というものが好きではありません。お父さん、あなたは利用されただけです。価値のないことに資産を使うだなんて、詐欺に遭っていることとなんら変わりませんよ」
「世界の頂点に立って分かったことがあるのだ。この世に、真に価値があるものなんてない。今までもこれからも使われる全ての財産は、そうした価値のないものにしか使うことが出来ない。そして、絆は好き嫌いで語れるものではない。シルバー、この世は一体何によって成り立っていると思う? 関係だよ。あらゆるものの、あらゆる関係によってこの世界は構築されているんだ。それを理解した時、お前も分かるはずだ」
その言葉から時が経ち、シルバーはあの時のゴールドと同じ立場になった。
「あなたの言う通りだった......。分かってしまったんだ」
シルバーの表情に光はない。
商会は、この世界のあらゆる経済を支配している比類なき組織である。商会の頂点に立つということは、世界の頂点に立つことを意味する。シルバーは商会のトップとして、これ以上ないほど多くのものを見た。人は社会と繋がっているし、誰であろうとどこかで他人と関わりを持っている。逆に言えば、それらから逃れることは出来ない。
耐えられる苦痛。それがシルバーにとっての社会だ。決して耐えられない痛みではない。しかし、だからこそこれ以上なく辛いのだ。それはジワジワと人の心を蝕んでいく。そしていつか、人はそれから逃れるようにして去っていく。
これを苦しみだと思わない人間もいる。かつて、彼の近くにもそんな人間がいた。シルバーもそうなりたかった。だがなれなかった。多分、今後もなれないだろう。そういったものは、生まれつき持った天性のものだと言わざるをえない。ゴッパーという奴がそうだった。
再びシルバーの頭の中で、記憶が駆け巡る。シルバーと同じくゴールドの義理の息子。小太りの、お世辞にも整っているとは言えない顔つき。ではあったものの、仕事だとか経営者としての器は光るものがあった。シルバーに負けず劣らずの、商会の跡取りとして相応しい人物ではあった。今はもういないが。
2人はお互いに切磋琢磨、と言えるほどではないが、争っていなかったわけでもない。候補であった以上、お互いにお互いのことを気にはしていた。馴れ合いをしていたつもりは全くなかったが、話を交わしたことがある。
お互いに商会の後継と目されていた頃、少しだけ立ち話をしたことを覚えている。
「やぁやぁシルバー! 珍しいんじゃないか? 君とこんな場所で会うなんて」
ゴッパーは調子よく、隣に見知らぬ女を侍らせながら堂々と歩いていた。
「別に珍しくもないだろ。商会の廊下を歩いていることぐらい」
「確かにそうだけどぉ、『君』と廊下で会うっていうのが珍しいんだよぉ!」
「まぁ、それなら同意だ」
実に調子よく、実に堂々と、そして相変わらずの女癖の悪さをひけらかしながらゴッパーはそこにいた。どうしてそうも胸を張って生きていけるのかが、シルバーには分からなかった。逆に、ゴッパーには、どうしてシルバーがそこまで自分ほど明るくないのかが分からなかった。
「しかし、まぁ、ゴッパー。君も相変わらずだな。女と、装飾と、少しだけなら理解は出来るが、君のそれは行き過ぎている。程々にした方がいいんじゃないのか」
「グッフッフ。シルバー。お前は何も分かってない。金はいくらだってあるんだぞ? 俺にも、そしてお前にも。あるなら使うしかないだろ。使って使って使いまくってやらないと、お金が可哀想じゃあないか。君も、僕のように使うべきだよ。良い店なら、いくらだって紹介してあげるよぉ?」
その時は断った。自分とはあまりにも違う生き方をしているように思えて、心の中で侮蔑をしていた。だが今になってみると、あのような生き方はやろうと思って出来るものではないのだと実感させられる。
くだらないことに悩んでいる、シルバーはそう思った。
「君の心は複雑、そして脆いみたいだね」
颯が目の前に現れた。ルカとリアの家の時と同じように、音も気配も、前触れもなくやってきた。
「なんだ。笑いたいのか?」
「いや、別にそんなつもりじゃないよ。ただ僕がそう思ったことを言っただけさ。でも君がそうであることは事実だ。事実だからこそ、テスカトリポカを受け入れられないんだろう? アレは人という生き物が、人と接するということを何よりも尊び、美化までしている。人と話したり、人と何かをやってのけたり、そうしたことをどこまでも大事にしているし、信じている。人が他者との繋がりなくして生きていけないという、それ自体は間違っていない。でも全員がそれを大事にしているわけではない。シルバー。君なんかがそうだ。君は相手に関わらず、その内容に関わらず、ただただ人との付き合いを苦痛に感じている」
「......誰にも悟られているつもりはなかったんだが、隠しきれていなかったか」
「君の演技は見事だったよ。誰も君が人付き合いが苦手だなんて思ってないだろう。僕が人の心を覗くことが出来なかったら、死ぬまで理解されなかったんじゃないか? そういうわけだから、テスカトリポカは君がそうであることを知らないだろう。知ったとしても、受け入れられないんじゃないかな」
「さっきから何が言いたい。要件が曖昧なままなのは嫌いなんだ」
「すまない。僕が君に伝えたいのは、もし君が自分の幸福を追い求めたいと思うのなら......おっと、ここまでみたいだ」
そう言って颯はシルバーの目の前から風にさらわれる煙のように立ち去っていった。
「おーい! 沈み込んでどうしたってんだよ!」
部屋の中で颯と話していたシルバーのもとに、外からテスカトリポカが無遠慮に突っ込んでくる。扉は閉まっているはずなので、コイツは壁を通り抜けてやってきたのだ。龍ならそれぐらいのことは難なく出来てしまうみたいだ。
人の心の中に土足で入りやがる、この不思議な存在は自分から遠ざけなければならない。シルバーは、それまで溜まっていた不満や苦しみが溢れ出たように、ポケットの中に捨てずに取っておいた石を手に取った。




