第3話 接近
シュリィが企業の利益を出しまくり、その評判は大きく広がっていった。やがて、世間との関わりとは距離を取っているシルバーのもとにも、その活躍が入ってくる。
まず目をつけたのはテスカトリポカだった。彼はこの世界で起こる、社会活動の全てを把握している。何か凄い奴がいる、最初の印象はそれだった。
「なぁなぁ。この『黄昏』って会社が気になる! 最近凄いんだ!」
「だったら何だ。そんなのいくらだっているだろ」
「ちーがーうーんだよぉー!」
テスカトリポカとしては、日に日に活躍の場を広げていく『黄昏』に惹かれる。他とは違う魅力なんかも感じて、興味が増すばかりだ。しかしシルバーはそんなことは知らない。興味もない。どうでもいいと思っている。どれだけ他社が大きく成長したところで、結局の所、ゴールド商会に敵うわけではない。
「会おう! この『黄昏』ってのと! どんな奴か知りたいんだ! 話もしたい!」
「知ってどうする。どうもしないんだろ? それに、実際に話をするのは俺じゃないか。そういった面倒事は嫌なんだよ」
「......いいのか? ゴールドとの約束。そんなんじゃ、何も果たせないぞ」
「......君、本当に悪い奴だと思うよ」
その後、ゴールド商会の方から黄昏との会談の場を設ける通達を送った。気乗りしないが、テスカトリポカが望む以上、仕方がないと飲み込むシルバー。その後すぐに返事が返ってきた。
「ここがゴールド商会でしょうか」
「あなたが『黄昏』の代表、シュリィさん?」
「いえ、自分は両道と言う者です。社長のシュリィは忙しく、手が離せないとのことでしたので自分が」
「そう、ですか。ではこちらへ」
最初の契約通り、ゴールド商会のシルバーのもとへやってきたのは、シュリィではなく颯であった。商会の者は違和感を抱くことなく、颯を中へと招き入れる。しかし商会で唯一、颯の雰囲気の異様さに気付く者がいた。
「コイツ、やばい奴だ! 何で中にいれたんだよ!?」
テスカトリポカである。彼は龍であり、人でない存在だ。だからこそ、同じく人ではない者を見抜くことが出来る。しかしそれは裏を返せば、相手も同じということである。
颯はテスカトリポカを睨んだ。常人では捉えることの出来ないその姿を、しっかりと捉えている。そのことに、シルバーは気付いてはいない。飽くまでもこの場で行われているのは、人でない者と人でない者との争いでしかないのである。
「ようこそお越しくださいました。ゴールド商会最高責任者のシルバーです。部屋を用意しております。どうぞ、こちらへ」
「ありがとうございます」
「おい、シルバー! なんで気付かないんだよ!? こんな奴早くここから追い出してくれよ!」
「邪魔をするんじゃない。うるさいぞ」
「いえいえ、お気になさらず。元気で良いじゃないですか」
「あぁ、申し訳ありません」
自然にシルバーは颯に対して頭を下げる。テスカトリポカが騒いだことを彼に代わって謝ったのだ。しかしその後すぐに、それは不自然であることに気付く。
本来テスカトリポカは人には見えないはず。それなのに、この目の前の客人は何故......。
「あの、付かぬ事をお伺いしますが、もしかして」
「えぇ、そちらのご友人、はっきりとこの目に映っていますよ。テスカトリポカ、そう呼んでいらっしゃるんですね」
「俺以外に、コイツが見えて......」
「シルバーさんは、このテスカトリポカが何かご存知でしょうか」
颯は質問の答えを知っている。全知全能である彼が、他者に質問など何の利益も生みはしない。しかし問う。それは質問した側のためではなく、質問された側のため。
シルバーは自らのもとにやってきた、その異質な存在に心を揺さぶられている。隠し事は通用せず、そもそも何かを偽ろうという気さえ起きはしなかった。
「コイツは、煩わしくて、鬱陶しい......そんな、そんな奴です」
「随分とお詳しいようで」
「当然だろ! 俺とシルバーの間には確かな絆があるんだからな!」
何を言われているのか、テスカトリポカはしっかりとは理解していないのだろう。しかし、彼にとってはシルバーが自分のことを語ってくれている、それだけで嬉しいようだ。さらに颯から、シルバーがテスカトリポカのことについて詳しいと言われたことも、真に受けてしまっている。それすらも喜びになるのなら、本人にとっては良いのかもしれない。
「お前、何を言われてるか分かってないだろ」
「? でも俺もシルバーのこと、詳しいぜ! コイツはな、皆が社の中で暮らすことが出来るように頑張ってるんだ! そのために、ここで仕事してるんだよ! 分かったか!」
裏表のない、純粋な言葉。だがそれも、届かない者には届くはずはない。
相手のことを知っている。それは絆のひとつだろう。関わりのない相手のことを知ることなど出来るはずがないのだから。絆や繋がりを司るテスカトリポカは、それが例えどんな形をしていようと尊ぶ。それが本能なのだ。
「なるほど。そういう関係なのか......」
「いや、コイツが勝手に言ってるだけだ。真に受けないでくれ。自分はただ単に、やらなきゃいけないことやってるだけで、それ以上の理由は持ち合わせてない」
シルバーとテスカトリポカの間にある、埋まらない意識の差。ない方が良いのに、埋めるつもりはない。
「まぁ、おふたりの関係はさておいて、この場を設けた目的の方を」
「そんなものはいい! お前が来ると分かっていたら、こんな時間なんか作らなかった!」
最近、物凄く調子のいい会社が気になる。そう言って会ってみたいと言い出したのはテスカトリポカだ。しかし彼は颯がやってくるのは想定外だったようで、敵対的な感情を剥きだしにする。
「あの、何でコイツに嫌われてるんです? 自分が言うのもなんですが、コイツは他人を嫌うような奴じゃない。むしろコイツがこんな風に言ってるのを見ることすら初めてなのですが......」
「分からないのか、シルバー!? コイツ、とんでもなく悪い奴だぜ!? むしろ何でお前はそんなに普通にしてられるんだよ!?」
「説明すると長くなるのですが、まぁお互いに、立場や考えに隔たりのようなものがあるわけです。私は別にそこら辺はとくに気にしてはいないんですが、そちらのテスカトリポカはどうにも受け入れてくれないようでしてね」
「コイツの知り合いなんですか?」
「えぇ、まぁ。直接会うのは初めてですが」
「俺は知らないぞ!」
どちらの言っていることが真実なのか、シルバーには分からない。だが、隣でうるさく喚く小さい存在の言葉よりも、今日初めて会った男の言葉に耳を傾けてしまっているのは紛れもない事実だ。自分が知りたかったこと、求めていたものをくれるような気がしてならない。そしてそれはすぐに、実体として彼の前に差し出される。
「彼の方がどう思っているのかは分かりませんが、私はテスカトリポカと仲良くなりたいのです。しかしテスカトリポカはあなたからくっついて離れない。そしてあなたは、テスカトリポカが鬱陶しいと思っている。そこで、です。こんな物を用意してみたんですよ」
そう言って颯がシルバーに見せたのは、何の変哲もない2つのただの石だ。
「分からない、という顔をしていますね。この石は、あなたとテスカトリポカを引き裂く石です。1つをあなたが、そしてもう1つをテスカトリポカが持つ。すると、あなた達はこれを持っている限り永遠に近付くことがなくなる」
しばらくシルバーが黙り込んだ後、颯が言葉を加える。
「安心してください。私達の会話はテスカトリポカには聞こえていませんよ」




