第2話 起業、躍進
いつものように、颯達は家で呑気に時間を過ごしていた。やることもなく、充実とは無縁の日々を送る3人。暇で暇でしょうがなくなったところに、シュリィがボソッと言う。
「最近、面白いことないわね」
「じゃあ、面白いものでも見に行く?」
「なんかあるんですか?」
「あなた、いっつも大事なことを最初に言わないわよね」
「だって聞かれてないことに答える必要はないだろ」
颯は、この世界に迷い込んだ龍の存在を察知していた。龍というのは、概念を司る存在であり、この世界に本来存在しなかったものだ。放置しておくと、世界の調和が乱れる。龍に対処することが出来るのは、等しい存在である竜や龍、もしくはその上位の存在のみである。颯は龍よりも上位の存在であるため、どうにかしてしまおうと考えていた。
「で、その面白いものってなんなの」
「お金に関することなんだよね」
「お金が必要なんですか? でも私達は別に困ってるわけでは......」
「いや、必要ってわけじゃないんだけど、向こうがね」
「向こう?」
この世界に迷い込んだテスカトリポカと呼ばれる龍。なんとかしなければならないが、それにはまず接触する必要がある。颯がこの場で瞬時に、テスカトリポカの存在を消滅させることだって可能だ。しかしそれはあまりにも不自然極まりない。なるべく自然に、違和感なく事を終えたい。そのためにはどうにかして近付かなければならない。
颯の目的としては、外来の龍であるテスカトリポカをこの世界に取り込み、土着の竜として組み込むことだ。
「シュリィさ、会社とかやってみない? 儲かるよ」
「やる!」
二つ返事で了承したシュリィ。会社のことなど何も知らないどころか、働いたことすらない彼女に任せるのは安心とは言えないが、企業利益追求の意欲だけならこれ以上の適任はいないだろう。
今回、何故颯は会社を設立させることにしたのか。それはテスカトリポカがゴールド商会に取り憑いている龍であるということも挙げられるが、それ以上にテスカトリポカという龍が、繋がりを司る龍だからである。
そのために会社や組織を立ち上げ、人や社会との関わりを作っていく。それが巨大になればなるほど、テスカトリポカの目に止まるようになるだろう。
「業種は、そうだなぁ......。インフラの整備、都市開発、物流なんかを取り扱う企業がいいのかなぁ」
「そんなの気にしてないで、儲かることをどんどんやりましょ!」
「ま、とにかくやってみるかぁ」
「あの、やってみるのはいいんですけど、たった3人でどうするんですか?」
「人手も足りないのか。それなら、それも造っちゃおうか」
颯は、自らの目の前に手を差し出し、空気を撫でるように手を動かす。すると目の前に、複数の人が現れた。彼らは直立不動でその場から動かない。まるで等身大の人形だ。
「え、何これは」
「マリアンヌって覚えてる? あれと同じ」
べンガーの家において、知らぬ間に颯のベッドの中にいた女性である。あの時は一体何が起こったのか分からなかったが、今の颯は知っている。あれは能力によって造り出された、人である。生きていて、魂もある。性格や個性なんかは造り出す際に決めることが出来るが、マリアンヌはただ造っただけなので、自分らしい自分というものがない。やろうと思えば確固たる自分を持つ存在を造り出すことも可能である。
「ここにいるのは、マリアンヌほどではないけど必要以上に自分を持たない子たちだから。よく働いてくれると思うよ」
「うっわぁ......。人を作るとか、魔法だったら禁忌の領域よ。よく平然な顔して出来るわね」
「それは魔法使いの話だろ? とにかく、早いとこ始めよっか」
そう言って颯は玄関の扉を開き、遠くの場所と繋げる。そこは帝国の中心地、帝都。それもゴールド商会の目の前である。
「ここの、隣かなぁ」
颯はゴールド商会の隣にある建物を指でなぞり、自分達の会社が入るスペースが出来るように改装した。
「ちょ、ちょっと! ここって!」
「いいとこだろ?」
「こんなところに会社を作って、ちゃんと経営出来るんですか?」
「その質問に答えるのは俺じゃなくて、シュリィだよ」
「え? 私? やってみないって、そういうこと!?」
「好きなだけ儲けていいよ。取り分もシュリィが好きなだけ持ってていいし、どう?」
「やる」
「そんな簡単に引き受けていいんですか......」
「会社はシュリィが好きにするとして......」
「ヒロナは秘書ね」
「え、私もですか!?」
驚くヒロナ。まさか自分も加わっているとは思いもよらなかったのだろう。
「じゃあ、後はよろしく。あ、そうだ。ゴールド商会のシルバーて奴が来たら、俺が会うから」
「ん? シルバー? まぁいいわ。好きにしていいのよね」
「会社の経営をね。ちゃんと発展させてよ」
「分かってるわよ! 見てなさい! 目に物見せてやるんだから!」
「颯さんはどうするんですか?」
「俺は他にやることあるからさ」
それだけ言って颯はヒロナとシュリィ、そして連れてきた従業員達の前から姿を消した。
「取り敢えず、建物の中に入りましょうか」
「そうね! さすが秘書だわ! 細かい所にもよく気付くのね!」
「......えぇ、まぁ」
社長となったシュリィに一抹の不安を感じるヒロナ。しかし颯がシュリィに任せてしまった以上仕方ない。それに、自分が取って代わったところで良くなる確証はない。第一、まだ始まってもいないのだから。
そんなこんなでシュリィの会社はスタートした。
「何をしようかしら! まずは簡単に稼げるものとかないかしら!」
「あったら皆さん、それをやってらっしゃいます......。会社の名前を決めるところから始めたら如何ですか」
「名前? う~ん」
名は体を表す。名前というのは人々の記憶や印象に深く残り、存在の本質さえ変えてしまう時もある。よく考えて名前を付けなければ、後で後悔するかもしれない。
「決めた。会社の名前は、『黄昏』よ」
「本当にそれでいいんですか?」
「他に何かあるの?」
「いえ、確認です。ではそれで会社を登録しますね」
書類の手続きなどの雑務を淡々とこなしていくヒロナ。こういった作業は得意なのだろうか。
「うわー。秘書っぽい」
「秘書っぽいって......秘書ですが......」
「まぁそれはそれとして、よーし! 今日から稼いで! 稼いで! 稼ぎまくるわよー!」
決意を顕にするシュリィ。そしてそれは嘘ではなかった。従業員達と颯の用意した資本を元手に、あらゆる業界に手を出す株式会社『黄昏』。躍進に躍進を続け、大きく成長、組織を発展させていく。しばらく経った頃には、元いた従業員達だけでは足りなくなり、新たに社員を一括で雇用。資金も何倍にも膨れ上がり、巨万の富を築く。
「ダハハハハハハハハ!」
社長室からはいつも笑い声が聞こえてくる。彼女にとって、これほどまでに面白かったことが今までの人生であっただろうか。
「シュリィ社長! オレンジ商事から業務提携の提案が!」
「シュリィ社長! ラゴラス地方での新規鉄道事業が!」
「シュリィ社長! 魔法権に関する裁判結果が!」
「提案は蹴って! 事業は計画通り進めて! 裁判結果は!?」
「経営手腕、凄いですね......」
自分のもとに舞い込んで来る仕事を全てあっという間に片付けていく。敏腕社長の腕が、光る。




