第1話 新世界
それは嵐の夜。窓に激しい雨と風が打ち付け、時折雷が鳴る。
ここは特定の人物しか立ち入ることの出来ない、特別な部屋。2人が会話をしている。
「シルバー......シルバー......」
「はい、シルバーです」
ベッドに横たわる、非力な老人。この男は、かつて世界の裏の支配者とまで言われた、ゴールド商会最高経営者ゴールド。しかし今は、そのような栄光は見る影もない。
その隣で衰弱した最高経営者に寄り添うのは、ゴールドの後継と目される若き男シルバー。ゴールドの息子であり、幼い頃から英才教育を受けてきた彼以上に優秀な人間というものもいない。
「私はもうすぐ死ぬだろう。だがその前に、言っておかなければならないことがある」
「僕でいいのなら、なんでも聞きましょう」
「......商会を、お前に任せる。誰でもない、お前に、だ。この意味が、分かるか」
「......はい。その言葉、確かに」
「これが絆の力だァァァァァァァ!!」
「グ、グオォォォォォ!! バカな! 人間如きが、魔王であるこの私を倒すなど!」
両手で握る剣を輝かせ、魔人達の王、魔王を倒す勇者。苦難と試練を仲間達との絆によって乗り越え、彼は世界に平和をもたらす......。と、いう劇である。
「いいなぁ! 絆だなぁ!」
現在絶賛公演中の劇が閉幕する。勇者の活躍を描いたこの劇は非常に人気を誇っている。流行を知らないのもなんだと思ったので、こうしてゴールド商会のシルバーも見に来ているのだ。そんな彼の隣で、絆だなんだとはしゃいでいるのは、自らをテスカトリポカと名乗るよく分からないちっぽけな存在だった。
テスカトリポカは無数の腕を持ち、平均的な男性体型であるシルバーの肩に乗るぐらい小さい人の形をした、生き物とも言えないものである。そして全身が黒と金で現されている。性格は調子のいいお喋りで、シルバーとは気が合わない。
「絆? どうだか。まずこれは作り話が混じってるし、現実でも勇者の仲間のブリュンヒルドは死んでる。当の勇者は行方をくらませてるし、残ったグンナルも......」
飽くまで、今行われた劇は現実の出来事をモデルにした創作である。しかしシルバーは、リアルとフィクションを分けることなく考えてしまったがために、あまり楽しむことが出来なかったようだ。それは無粋なことである、というのは、教養のある彼は理解している。だがこの時は、疲れていたせいか、それともテスカトリポカが手放しで称賛なんかするせいか、ついムキになって返してしまう。つまらないことにどうしてこんなことをしてしまったのか。
「確かにそうだけど、でも、でも、それでも」
「いや、いいよ。もう帰ろう」
テスカトリポカが反論しようとする。確かに物語としての出来は良かった。伏線にキャラクターの描写、終盤への盛り上がりなんかはとくにだ。まぁただ、テスカトリポカが言いたいのはそこではないのだろう。彼としては、この物語の根底にある、人と人との繋がりや絆といったものに評価を送りたいはず。しかしそれを聞くことはなく、シルバーは帰路へ向かった。
ゴールド商会。ここがシルバーの帰る場所だ。帝都に本拠地を置く、世界規模の組織。この世界の経済は実質、ゴールド商会のものだと言って構わないだろう。そして、そのトップがシルバーである。しかし彼はまだ若い。先代であり、ゴールド商会を巨大に成長させたゴールド。シルバーと肩を並べ、同じ後継者の位置にいたゴッパー。どちらも、そう遠くない過去にシルバーの前から消えた。
シルバーが最高責任者となった日に、突然彼の前に現れたのがテスカトリポカである。
「お帰りなさいませ。会議室にお客様がお待ちでございます」
「またか......」
シルバーは休む暇などなく、次の仕事を従業員から伝えられる。あの日からずっと、ずっとこの調子だ。仕事ばかりで、息も詰まりそうになる。そう思って息抜きに行った劇も結局つまらなかった。
商談にはテスカトリポカも同席する。しかし、この不思議な存在はシルバーにしか見えず、他の者には全く見えていないらしい。それがまた鬱陶しい。
商談とは言っても、融資の依頼だ。ここ最近は戦争が終わったからか景気が良く、新たに事業を始めてみようとする者が後をたたない。成り上がりや一発逆転でも狙っているのだろう。シルバーの元にやってくるのは、金持ちというよりは中間層や貧困層ばかりである。それらが成功するかどうかは分からないにしても、仕事である以上、断るのは外聞が悪い。
「そしてここをこのようにしてですね......」
「ふんふん」
「こういった部分で他社との差別化をですね......」
「ほぉー」
「......」
ペラペラと自らが考えた事業計画を語る商談相手。それに相手に聞こえもしないのに頭を縦に振って頷くテスカトリポカ。どちらもシルバーにとっては、この上ないほどに不快なものであった。
「以上が事業計画案です。つきましては、資本金の融資を」
最近のトレンドは『革新的』や『挑戦』といった言葉で、それらを背丈の合わない中産階級が意気揚々と、壊れたおもちゃのように何度も吐いてくる。大抵そうしたものは、変なコンサルタントや偏った知識によって形成され、しかし現実によって呆気なく粉砕される。
「出そう! 出そう! 今すぐ出そう!」
「......あぁ、うん。いいよ、ほら。必要な金額を書いて、てきとうな所に出しておいてくれ」
シルバーは面倒くさそうに、小切手を相手に投げるように渡す。受け取った商談の相手は、跳ねるように喜んで帰った。ただつまらない話を聞いて、それなりの金を渡すだけの簡単な仕事。やりがいなどはとくに感じない。
「なぁなぁ! やっぱりシルバーも今の事業計画に感動したから、融資したんだろ!? そうだろ!? やっぱいいよなぁ! 夢! そしてそこから育まれる絆! 価値っていうのは、このためにあるんだよ!」
「あ? そんなわけないだろ。あんなのすぐ潰れるよ。融資したのは、それが1番早く話が終わると思ったからだ。それだけ。もうあんな無価値な話は思い出させないでくれ」
「シルバー......。あ、でも! でも次はきっといいもんが来るよ! 絶対!」
「どうせ次も大したものなんかないよ。またてきとうに金を渡して終わりさ」
「そう、金! 金のことで聞きたいんだ。どうだい、僕が造ったお金の使い道は」
「......さぁ」
意味ありげな間をおいて、シルバーはテスカトリポカの質問をはぐらかした。テスカトリポカはシルバーの答えを期待していたようだが、それなら別の人物にでも質問した方が期待した答えは返ってくるだろう。
「なんだよー。もしかして満足じゃないのか? それなら一体何が不満なんだ? 聞かせてくれよ〜。せっかく造ったのにさ〜!」
「まだどうとも言ってないだろうが。勝手に決めるな」
「だったらはっきりしてくれよぉ」
この世界に出回っている通貨、ゴールド。それらは全てゴールド商会が発行しており、世界経済を意のままに操っている。その通貨を生み出しているのは、テスカトリポカの力によるものだった。経済と、それに支えられている全てはテスカトリポカなしに成立することはなく、その運命すらもテスカトリポカに握られている。しかしそのことに本人はあまり自覚的ではない。
軽い気持ちで、良かれと思って接してくるテスカトリポカをシルバーは相手にしない。




