第78話 そして続く世界
もう何度目の目覚めだろうか。延々と繰り返し、夢と現実の境界が曖昧になってきた頃、颯は気付く。世界というのは常に始まりと終わりを繰り返し、また、その間にある。その中に生きる自分という存在は決して偉大でも何でもなく、一瞬だけ光っては消える、儚い閃光のようなものである。
全ては始まりを迎えるが、しかしいずれ終わるのである。どのような価値を持とうと、どのような輝きを持とうと、どのような幸せや苦しさを持とうと、全ては終わっていく。世界とは実に空虚なものであり、そのような世界に内包される自分という存在もまた空虚なのである。
そして、そこに生きる自分とはつまり、世界そのものなのだ。世界の全ては世界そのものなのだ。自分と他者、自分と世界とを隔てる境界などなく、すべては合一された世界にある。
では今、目の前にいる、この白銀の少女と黒金の男とは一体何者なのだろうか。今なら明確に迷いなく分かる。この2人は自分なのだ。自分そのものであり、全く変わることのない同一の存在。それこそが目の前にいる2人なのである。
颯は全てを理解した。自分を悩ませていたもの、苦しめていた一切のものから解放される。自らの正体、この世の真理、それらが彼の魂の中に受容されていく。彼を苦しめるものはもう、何もないのだ。
「はっきりと、見えたよ」
「そうか。それは良かった」
「けれど、君が真に世界を捉えてしまったのなら、僕達の役目も終わったみたいだ」
もう2人と会うことも、ここに来ることもないのだろう。颯と2人のいるこの場所は、颯の幻想の中であって、真実を知った颯に幻想は必要ない。
必要でなければいけないという理屈もありはしないが、幻想というのは要請に応じて見せられるものなのだから、これから先、颯が求めることもないのだろう。それに、2人は颯そのものなのである。会う会わないではなく、常に共にあるということ。悲しみも寂しさもありはしなかった。
「今までの僕は、あらゆることに囚われていたんだ。それらが執着になって、僕自身を苦しめていた」
「でも、今はそうじゃない」
「うん。確信をもって言えるよ」
颯は、今までにないほど晴れやかな顔をしている。これから先も、苦悩に迷うことなくいれる。
「では」
それだけ言うと、2人は幻想と共に消えた。颯の視界は光に包まれ、やがて目を覚ますだろう。現実へと戻る一瞬の間に、彼は再び回想する。
世界の始まりと、世界の終わり。その2つの世界を旅し、真理を得た。そして現実へと帰る。
颯は目覚めた。草原の中に1本だけ生えた大樹。彼はその大樹の下で寝ていた。心地よい風が吹き、雲は青空を漂っている。暑くもなく、寒くもなく、乾いてもおらず、湿ってもいない。大樹の枝葉の間から差し込む太陽の光が、影の中で美しく差し込んでいる。彼は落ち着いた、波のない静かな心で体を起こす。
「ここは・・・・・・」
彼はこの場所に見覚えがあった。自分が初めて目覚めた時に来た場所であり、また自分の幻想の中にもあった場所である。全てはなんてことのない同一のものだったのだ。
雄大な山脈に囲まれ、その山脈の中の最も高い場所に、ヨトンヘイムがある。
「そうだ、ヒロナとシュリィを探さないと」
今まで自分が何をしていたのか思い出す。ここは夜に泊まっていた小屋から離れた場所で、近くにヒロナとシュリィの姿は見えない。きっと、まだあの小屋にいるか、それともそこからそう遠くない場所にいるだろう。2人を探しに、颯は大樹が覆う影の外へと歩き出した。
眩しい光が颯を照らす。道無き草原の中をひたすら歩く。小屋があったと思われる場所を目指し、やがて道に出た。そこに、探していた人を見つける。
「ヒロナ」
颯がそう名前を呼ぶと、向こうもこちらに気付く。そして彼女はこちらに向かって走り、颯を抱きしめた。
「よかった! 朝起きたら、どこにもいなかったものですから、一体どこへ行ってしまったのかと・・・・・・」
「ごめん。少し、夢を見すぎてた。困らせちゃったみたいだね」
「本当です! 心配したんですからね! 理由もなしに突然いなくなったりなんかして・・・・・・。今度からはちゃんとどこへ行くかを言ってからにしてくださいね!」
「大丈夫だよ。もう二度とこんなことにはならないから」
そう言葉を放つ颯の顔を見て、ヒロナは思ったことを口にする。
「颯さん、何か変わりました?」
「え、そうかな?」
「えぇ。なんというか、どこか晴れやかな感じがします。何かあったんですか?」
「いや、まぁ、少しね」
颯はヒロナに屈託のない笑みを見せる。それに驚くヒロナ。颯がこのような笑顔をすることが、今までからは考えられないようなことだった。
「あの、本当に何か、もしかして変なものを食べたとか」
「そういうのじゃないって!もー、ヒロナは俺のこと疑うのかよー!」
「別に疑ってるわけじゃないですよ。ただちょっとだけ今までとなんか違うなーって。あ、私は良いと思いますよ。憑物が落ちたというかなんというか、私が好きな顔です」
「ふぅん。そぉ」
ヒロナの言う、好きな顔というのは、自分自身に迷いのない、苦しみを感じさせることのない顔のことだ。恋愛的なタイプだとかはここでは含みこそしないものの、人として正しく向き合うことが出来るという意味での、好きという言葉だった。
「そういえば、シュリィは? 一緒じゃないの?」
「シュリィさんも、颯さんのことを探しているはずです。多分、遠くまで行ってるということはないと思うのですが」
颯とヒロナは辺りを見渡しながら歩き、シュリィを探した。しばらく周囲を歩き回ったところで、ヒロナがシュリィの姿を発見する。そして少し、ヒロナの目が険しいものになる。それはシュリィがいた場所の近くと、手に持っている物を見てしまったからだ。2人はシュリィに近付く。しかしシュリィはこちらから声をかけるまでは全くこちらに気付くことはなかった。
「シュリィ」
「ん? ヒロナ? あっ」
彼女がいたのはコダという町の近く。そして手にはおそらく町で買い込んだであろう菓子類の数々があった。
「あっ、じゃありませんよ。その手にあるお菓子はなんですか。私がいなくなった颯さんを一生懸命探している間、あなたは町で買い食いでもしてたんですか!?」
「いや、そういうのじゃなくて、もしかしたら颯は一足先に町に来てるんじゃないかなって、探しにきたのよ。本当よ? それに見つかって良かったじゃない、ね。私も嬉しいわ」
「じゃあ、その手に持ってるものはなんです」
「拾った」
「嘘付かないでください! どこに新品の菓子が落ちてるっていうんですか!」
「ほんとよ! 本当に偶然にもたまたまそこに落ちてたのよ! だから拾って町の清掃活動にまで協力したってことよ! 私偉い!」
「シュリィ、それでどこで買ったの?」
「え、ギルドの売店だけど」
「へぇ。今度買お」
「うん。良いと思う」
「思いませんよ?」
再び、手持ちの金を無駄に消費したことが明かされた。ヒロナは怒りを通りこして呆れて言葉も出ないような状態になっていた。
「立ち話もなんだし、寛げる場所にでも行きましょ。2人共疲れたでしょ?」
「誰のせいだと・・・・・・」
「まぁ、いいじゃん。何事もなくて安心したよ」
3人の旅は終わった。しかしそれは何を意味するわけでもなく、世界と日常は淡々と続いていく。今の颯には、それを受け入れることが出来る。
一先ずキリの良いところまで終わることが出来ました。もう少し続ける予定です。執筆中ですので、しばらくお待ちいただければと思います。また、感想などを貰えると大変嬉しいです。




