第77話 終焉
颯は目を覚ました。体は上を向き、開いた目には空の景色が入り込んでくる。空は紅い。いや、燃えている。颯が体を起こし、周りを見渡すと、目に映る景色の全てが燃えていた。世界は炎を纏った巨人どもで溢れ、彼らが存在するものひとつひとつを壊していく。ゆっくりと、しかし確実に、世界は終わりへと向かっていた。
その中に1人、妖麗な魔女がいた。魔女は金髪でサイドテール。手には木で出来た杖を持っており、その長さは彼女の足から胸の高さまでのもので、下は丸く潰され、上部は大きく描かれた円の中に赤い水晶が組み込まれている。その杖を魔女は握っていた。
「シュリィ・・・・・・?」
颯は仲間の名を口にする。その姿がよく似ていたからだ。
「いや、にしては背が高いな」
しかしよく見れば、シュリィと炎の中の魔女では決定的に背の高さが異なっていた。シュリィよりも一回りほど背が高い。他人の空似であろう。そんなことを考えていると、魔女の方が颯の存在に気がついた。
「あら? まだ生き残りなんていたのね。私以外はもう、誰1人もいないと思っていたけど。でも残念ね。必死に生きても、意味なんかないのに。それとあなた、後ろ、危ないわよ」
魔女に言われ、後ろを振り向く。そこには見たことのない、機械の竜がいた。竜は颯の頭の上を通り過ぎ、炎の巨人へと立ち向かっていく。
その機械の竜は、全身を何層からもなる白銀の装甲で包み、流線形のひとつ目をしていた。
「あれはね、偽竜っていうのよ」
「偽竜? 偽物の、竜?」
「そう、偽物。本来なら竜は、世界を構成する何かになるの。大地だったり、海だったり、空だったり。でもあの子達は、世界の何者でもないの。世界に存在はしているけれど、何者でもない者達。だから、偽竜」
偽竜は炎の巨人と戦う。何者でもない彼らだが、滅びゆく世界を守らんと戦い続ける。最初の1体が来た方から、他の何体もの偽竜がやってきて、そのいずれもが巨人へと向かっていった。
「無駄なのに、おかしなものね」
魔女は微笑みを浮かべる。それは慈愛とも、嘲笑いともとれるような不思議な笑みで、目の前の偽竜に向けられたものだ。
「無駄って、そもそも一体何が起きてるっていうのさ」
「なに、そんなことも知らないわけ?」
魔女はその呆れた顔を颯に向ける。戦いと、世界が壊れゆく音が響く中、ただただ無知である者に向ける顔としては、これ以上のものはない。
「まぁ、いいわ。私も暇してたし、教えてあげなくもないわよ」
2人は、近くにあった座るにはちょうどいい高さの瓦礫に腰掛ける。
「まずね、この世界はもうすぐ終わるの」
「え?」
唐突な言葉に、颯は再び戸惑う。しかしどこを見ても、戦う巨人と竜、そして崩れ行くあらゆるものしかありはしない。これは考えた結果の末に辿り着く答えではなく、目の前のただ存在しているだけの現実を受け入れただけの言葉なのである。
「そう、か」
「あら、随分と素直ね。もっと否定してくるかと思ったけど」
「そんなことしても、何も変わらないからね。だったら、納得するしかないのかなって」
「ふぅん」
見れば分かる。これ以上の真実などありはしない。
どうやら魔女は、颯がもっと焦ったり泣き叫んだりする様を想像していたようだが、実際はそうでなかった。この事実を魔女も受け入れる。
「最初、私が魔法を唱えた時は、こんなことになるとは思わなかったんだけどね」
そう言うと、魔女はどこか懐かしそうな顔をした。何かを思い出しているのだろうか。しかし颯はそれを共有出来はしない。彼女の頭の中だけに思い描かれる幻想のようなものである。
「あの炎の巨人は、私の得意な魔法なの。いいでしょ」
「あぁ。僕には出来っこないよ」
「でもそれがね、いつしかこんな風になっていったのよ。なんでかしらね」
「・・・・・・僕が思うにだけど、多分、いつとか、なんでとかじゃなくて、最初からそうだったんじゃないかな。君が魔法を唱えるまでもなく、世界は最初から終わるものだったんだよ」
「勝手にうざい持論とか、そういうの聞いてないから」
「あぁ、そう・・・・・・」
「そ。だからそこで何もかもが壊れていく様を見ているといいわ」
黙っていろ、ということだ。彼女にとっては今更理由とかそういうのは必要ないのだ。あってもなくても、何も変わることなんてない。ここでは何にも価値などありはせず、ただ終焉へと向かっていくのみ。巨人達は世界を貼り紙を剥がすようにして世界を壊していくが、きっとそれが世界の真の姿でもあるのだろう。だからそれが露わになっていくのをただ見ている。何を考えるでもなく、そうなっていくのだ。
「何もかも燃えたわ。人も物も山も海も何もかもね。今、私達が座ってるこれも、元が何だったかは分からないけど、この世界を形作ってたのよ」
「君、自分で言ったこと覚えてる? うざい持論とか聞いてないっていうの」
「なに? さっきの気にしてるの? みみっちい男ね。そういう意味のないことばっか言ってないで、黙って頷いてればいいのに」
随分と身勝手な物言いだ。だがそれも、世界が終わっていく過程の中では罪になることもない。すべては虚しく消えていくのである。咎めることに何の意味があるのだろう。
「あぁ、そうだね。僕が馬鹿だったよ」
「分かればいいのよ」
この会話すら終焉の中に溶けていくのだ。そしてそこには、何も残りはしない。
やがて世界が静寂になっていく。2人が話している間に、炎の巨人と偽竜の戦いが終わりを迎えたのだ。全ての偽竜が地に倒れ、起き上がることなく巨人に破壊され尽くした。しかし偽竜に対して勝利を収めた巨人も、自らを燃やす世界の全てを燃やし尽くしてしまったことによって、形を保てなくなる。火を起こすには、材料が必要なのだ。無から生まれることなどない。当たり前で、初歩中の初歩であるが、巨人はそれすら忘れたかのように世界の全てを燃やした。そして、最後の巨人も消滅していく。跡形もなく、まるで初めからそこには何もなかったかのように、全て消えた。
そんな、無となった世界で、颯は魔女の方を向く。しかしそこに魔女はいなかった。彼女も、この終わりと共に消えたのだろうか。別れの言葉もないままではあったが、颯はそれを不思議に思うこともなかった。そういうものなのだと、受け入れることが出来た。
気づけば、自分を苦しめていた疑問も消えていた。この何もない世界では、そのようなものを持っていても意味を成さない。
そしてその中で最後に残ったものがある。何者でもないと言われた偽竜の、偽竜だったものの残骸だ。確かに世界に存在していたが、名もなき存在であった者達。この何もない世界で、終焉にすら取り残されて倒れ伏していた。
颯も同じだ。もう世界と呼んでいいのかすら分からないこの場所で、こうして残された者同士が佇んでいた。颯は、残骸となって残された偽竜に近付く。巨人と戦っていた時にはよく見えなかった細部まで見ることが出来る。
「へぇ、こうなってたんだ」
今更何を知ったところで意味なんてないが、彼を動かすのは意味ではない。
竜とは世界そのものである。偽物といえども、偽竜もまた世界である。偽竜こそ世界といえるかもしれない。つまり、残骸とはいえ、偽竜を詳しく理解するということは、世界を知ることでもあるのだ。
そして颯は偽竜に触れる。すると、颯は偽竜に取り込まれるようにして、その場から消えた。




