第74話 夢の中の夢
ウィザーニアを飛び出すように出発した3人。お互いに別々になっていた時のことを話す。
「あーぁ。せっかく良い宿に泊まれたと思ったのに、一泊だけってのはもったいないよなぁ」
「お金の使いすぎですよ! これ以上の浪費は、絶対に認めませんからね!」
「なに、あんた達、私があんなに苦労してるって時に、楽しんでたってわけ!?」
「仕方ないだろ。シュリィと違ってやることないんだからさー」
「んー! 私も遊びたかったぁ!」
「別に遊んでたわけでは・・・・・・」
他愛のない、愚痴のような会話が続く。静か、というわけではないけれど、とても落ち着く時間だ。
「あれ、ここらへんの景色、なんか見たことあるなぁ」
「そうですね。あそこに見える街がドラグニアですから、ちょうど1周してきたことになりますね」
「へぇ。ウィザーニアとドラグニアって近かったんだ。あ、なるほど、だからあの時シュリィ、あんなに嫌がってたのか!」
「・・・・・・よく覚えてるわね、そんなこと」
今となっては懐かしい、ドラグニアを出た時のこと。シュリィは街の外の分かれ道で、妙に強く嫌がっていたことがあった。当時は何故だか分からなかったが、今では聞くまでもなく分かる。
「でもドラグニアって人も多いしさ、せっかく逃げてきたのに見つかっちゃわない?」
ドラグニアという街は相変わらず人が多い。交易が盛んなのだから当然である。各地から人がやってきて、どこに自分達の知り合いがいるかも分からない。それにもしかしたら、既にマカジットでシュリィの起こした騒ぎも伝わっているかもしれない。今の3人にとって、ドラグニアという街は都合が悪かった。
「ならドラグニアではなく、コダに行きませんか?」
「そうね、それならいいかもしれないわね」
ドラグニアから、そう遠くない場所にある町コダ。ここからなら歩いてもあまり時間もかからないし、人も多くはないだろう。3人にとっては、だいぶ都合が良いかもしれない。
「そういえば、初めてあったのもコダだったね」
歩きながら、颯が呟く。
「そうですね。あれから色々ありましたけど、私達、結局戻ってきちゃいましたね」
既に夕方で、日も傾いている。何かを惜しむようにゆっくりと歩いていたせいか、思っていたよりも時間がかかってしまった。
沈黙と共にしばらく歩き続け、道の途中にポツンと立つ小屋を見つけた。随分とボロボロではあるが、雨風や寒さを凌ぐことは出来そうだ。それに、もし修理でも出来れば、住むのにも十分な家になるかもしれない。
「今日はもうここに泊まる?」
「そうね。夜道を歩くのもあれだし、そうした方がいいかもね」
町までは、まだ距離がある。一泊程度ならここでしても問題ないだろう。3人は小屋の中に入り、それぞれが横になれるスペースを空けるための最低限の整理をした。
やがて夜になり、辺りは闇に包まれた。焚き火で起こした火を囲み、3人は寄り添う。お互いが持っている保存食を分け合いながら、静かな夜を過ごす。
「それ美味しそうね。颯、ちょっと寄越しなさい」
「やだよ。ちょっととか言いながらガッツリ持ってくじゃん」
「少食の私がそんなことするわけないでしょ。いいから早く分けなさいよ」
「私のあげますから2人共落ちついてください」
「そう言いながらヒロナが1番食べてるけどね」
「ここにあるほとんど開けたしね」
「ほ、保存が効いてるうちに食べてしまわないともったいないじゃないですか」
話している間に、持っていた保存食のほとんどを食べきってしまっていた。明るくなれば移動すればいいので、さほど問題ではない。
することもなくなった3人は、だんだんと眠くなってきた。幸いにも、ここらには魔物などはほとんどいないため、警戒する必要もない。
「なぁ、これから、どうする?」
「どうするって、コダに行くのよ」
「そうじゃなくって」
聞きたいのは、直近の具体的なことではなく、もっと遠くのこと。未来のこと。やがて自分達はどうなるのか、ということを問うているのだ。今はまるで全ての課題を解決してしまったかのような、成し遂げてしまったかのような気がする。それは裏を返せば、未来に何もない、目標のない空虚な道を歩むかのような先が待っているということだ。
「まぁ、あれよ。ぼちぼち稼げばいいのよ」
「そうですよ。何にも追われず、ゆっくりと日々を過ごせばいいんです。私達はそれが許されるんです」
しかし颯はそうは思えなかった。ヒロナもシュリィも、自分のやるべきことをやったからそう言えるのだ。過去と決着をつけ、自らの未来を手に入れることが出来たから自信に満ちていられる。
では自分は? 自分はどうだ? 答えを出すことが出来なかった。もし、そうでないとなってしまった時が恐ろしかったからだ。自らの空虚さを受け入れることが出来ない。それが不安で仕方がない。それは徐々に肥大化し、やがて心を埋め尽くした。そうした不安を抱えたまま、颯は眠りについた。
目を覚ます。そこは何度か訪れた、見覚えのある場所。ここがどこなのかはすぐに分かった。夢の中だ。颯の目の前には、白銀の少女と黒金の男が向かい合うように立っている。
戦場にいた時に突如として颯の目の前に現れた黒金の男。忘れもしない。しかし、何故その男が白銀の少女とともにここにいるのか。
「気になるか」
男が口を開く。颯の思考を読み取ったかのような発言だ。
「単純なことだ。私はこいつと同一なのさ」
「そして、僕は君でもあり、君はこの男でもある」
少女が颯を見て話す。
「全ては同一の、全なる存在なんだよ」
「私はお前の全てを理解している。そしてまた同じように、お前も私達の全てを理解している。時が来たのだ」
「この、なんでもない時にか?」
「なんでもないときにこそ、来るものさ」
「我々は始まり、そして終わりへと向かいだしている。今はその狭間だ」
颯はそのことを抽象的に理解した。しかし、もしくはだからこそ、受け入れることが出来ない。このまま終わってしまうことに対する、強い拒絶があった。いずれ必ず終わりというものはやってくる。何故それを受け入れられないのだろうか。
「教えてやる。いや、気づかせてやると言った方が近いか」
「ヒロナとシュリィには、それぞれ旅の目的があった。ヒロナは故郷に戻り祖国を復興させる。シュリィは家から離れて自分の力で魔法使いとして実力を持つ。結果はどうであれ、彼女達は自分の未練を断ち切って、自己の存在を確定付けた。自分を持てたんだ」
「それがお前にはない。だからお前もそれを欲しがっている」
颯は気づく。自分が空虚であることに。これこそが不安の正体だったのだ。深い絶望を感じる。何者でもない空虚な存在は、救いようのない哀れな存在である。それは今まで何もしてこなかったことと同義であり、これからも空虚であり続けることに他ならない。意味を持たない雑魚が何故ここにいるのか、自分で自分を認めてやれなかったのだ。
「まだ、猶予はある。君が君という存在を改めて知ることが出来れば、今感じている不安も払うことが出来るはずだ」
「それは、一体・・・・・・?」
「全ての始まりと終わりを見に行け。そうすれば、分かるはずだ」
「さぁ、目を瞑ってもう一度眠るんだ。次に会う時は、君が・・・・・・」
やがて視界は暗くなる。夢の中で、夢が始まる。




