第73話 黄昏の魔女
レンスがシュリィの落とした紅玉を拾い、彼女の手に渡したその時。紅玉が強く光り、突如としてその場に炎が出た。炎はあっという間に勢いを増し、やがて炎を纏った巨大な人の形、巨人の上半身へと姿を変える。炎の巨人の上半身のみが会場に現れ、周囲に燃え広がっていく。参加していた者達は突然のことで、その場から逃げるのに精一杯だった。
巨人から発せられる炎は、会場すらも壊し、外からでも巨人の姿が見えるようになってしまった。
会場にいたほとんどの人が逃げた後、1人になったシュリィはようやく意識を取り戻し、初めて事態に気付く。この状況は彼女の無意識の魔法が引き起こしはしたが、彼女自身にはその自覚が全くと言っていいほどない。
「熱っ、アッツッ!」
周りが炎に囲まれた状況の中、彼女は猛烈に焦り、持ってきていた最低限の荷物だけを抱えて会場の外へ駆け出す。そしてこれは同時に好機でもあった。既に会場には誰一人としていない。皆逃げている。シュリィただ1人なのだ。この窮屈で不快な場所から脱出する千載一遇のチャンスだ。そのことに気付いた時には、既に体は動いていた。
シュリィは炎に染まった会場を走り去り、そのまま街へ駆けていった。
燃える建物から出て、どこかへと行ってしまうシュリィを、アーガンとブルーノは遠くから見ていた。ブルーノが走り去るシュリィに声をかけようとするも、アーガンがそれを止める。
「止めなくてもいいんですか? このままじゃあの子、二度と私達の前に帰ってこないかもしれませんのよ?」
「あぁ、いいんだ。あの子の、好きにさせよう」
アーガンは、去りゆくシュリィの背中を見ながら呟く。
彼は思い出していた。偉大な賢者の息子として生まれながらも、その才能を引き継ぐことも活かすことも出来なかった若い日々を。何度も夢を追いかけ、その度に挫折した。数え切れないほどの失敗と挫折をした後、ついに自分には才能がなかったのだと諦めがついた。それでもなんとか尊敬する父のためになろうと、この魔導連邦で貴族になったのだ。元平民である彼にとって貴族という身分を得ることは、魔法の分野で結果を残すよりも容易いことであった。
魔法は才能が全てだといってもいい。確かに努力で何とかなる部分も、あるにはある。しかし、それで辿り着くことが出来る高みはたかが知れている。魔法使いの厳しい競争の中では、そもそもの才能が物を言う。才能を持って生まれて初めて、努力する権利が与えられるのだ。そしてその中で、自らの能力を磨きに磨いた者だけが一部の勝者になることが出来る。
アーガンは貴族になって良かったと思っている。魔法使いの世間での待遇や研究に力をかけようと訴えかけることが出来るのは、権力を持つ貴族だからこそだ。それに、シュリィにも高等教育を受けさせることが出来た。これは貧民だったり平民が簡単に出来ることではない。自分は駄目でも、同じ賢者の血を継ぐ娘なら才能を持っているかもしれない、と思って幼い頃から教育には力を入れた。
「やっぱり駄目だな、僕は。シュリィが望んでいたのは、きっとそういうことじゃなかったんだ」
幼い頃に、自分の理想と違うからと才能がないと決めつけた自分への戒めの言葉。シュリィには才能があった。今ここで焼け落ちる建物を見れば分かる。これは使い方はともかくとして、並大抵の魔法使いが出来ることではない。秀でた才能のなせる、実に優れた魔術。挫折したとはいえ、それぐらいのことはすぐに分かる。
あまりに自分の夢に躍起になりすぎて、自分の娘のことをちゃんと見ることが出来ていなかった。シュリィの才能を潰してしまったのは自分だったのだと、今になって気付く。
既に鳥は飛び立ってしまった。今更、籠の中に戻ることもないだろう。それでも、本人が望むのならそれでいいと、ようやく思うことが出来るようになった。
「本当に、いいのですか?」
「家ならどうとだってなる。行かせてやろう。それがあの子が1番したいことなんだよ」
彼女の背中は遠ざかる。2人は、それが見えなくなるまで見送り続けた。
シュリィが魔法で会場をぶっ壊したのは昼時だった。ちょうど同じくして、颯とヒロナは宿から出る。遠くからデカイ音がしたので、そちらへ向かうと、ある有名な建物が爆発して燃えているらしい。
「うわぁ、すごいね」
「思ってたよりも大きいですね。近くにいる人達が無事だといいんですが」
「・・・・・・シュリィ、あそこにいたりしないかな」
「え、なんでですか」
「いや、なんとなく。あとシュリィならやりそうだなって」
「あれをシュリィさんが起こしたと?」
「疑ってるわけじゃないよ? あそこにいたら心配だな、とかシュリィならワンチャン出来そうだなって」
「疑ってるじゃないですか! もう、シュリィさんがあんな問題を起こすようなことをするわけ・・・・・・」
ヒロナの言葉が次第に尻すぼみになっていく。思い当たることがあるかのように、目をそらす。
「やっぱりヒロナもそう思ってんじゃん!」
「な! お、思ってませんよ!? ただ私はシュリィさんの魔法の腕を信頼して、あれぐらいだったら余裕そうだな、とか考えてたんです!」
「疑ってるじゃないか!」
あまり言い合っていても仕方がない。2人は一旦落ち着き、再度遠くの方で燃えている建物を見た。しかしそうして見ていた時、向こうの方から見慣れた少女が走ってきた。
「ふたりとも、ここにいたのね!」
シュリィだ。彼女が何故、燃えている建物の方からやってきたのか、颯とヒロナの頭には一瞬、魔が差したように思い浮かんでしまった想像があったが、きっと違うだろうと思いながら、軽く聞いた。
「ねぇ、あの燃えている建物は?」
「あぁ、あれ。よく覚えてないんだけど、私が魔法でいつの間にかやっちゃったみたいね」
「やっちゃったって、罪の意識が薄すぎませんか!? こう、もっと焦ったりとかしたって・・・・・・」
「しょうがないでしょ。覚えてないもんに意識も何もないわよ。それにヒロナだって国を裏切って、そこの冴えない男に靡いたって大罪があるじゃない」
「なっ! わ、私は、私はですね、そういうようなことではなくってですねぇ!」
兎にも角にも、颯とヒロナの嫌な予感はあたり、建物を燃やした犯人はここにいる。改めて3人が揃ったのは喜ぶべきことではあるが、この街からも早々に立ち去らなければマズいかもしれない。
「シュリィさ、もしかして警察とか来たりしないよね?」
「それは分からないわ。魔法で建物とか壊すの犯罪だし、誰かが私の魔法が原因ってことを知ってて通報したら、私はお尋ね者ね」
「な、なんてこと・・・・・・!」
ヒロナが焦り始める。実は仲間が犯罪者だったなど、簡単に受け入れられることではない。シュリィに危機感というものが全くないのが不思議でならないが、とにかくこの街にこのまま居続けることは出来なさそうだ。
「早く行きましょ! 捕まるわよ! とっととこんな場所とはおさらばするんだから!」
そう言ってシュリィは街の外へ向かって走り出した。逃げるように、けれどもその瞳には無限の可能性を伴いながら、次に導かれる場所へ向かう。颯とヒロナも、置いていかれないように、その後に付いていくように走り出す。
こうして3人は、マカジット、ひいてはウィザーニアから立ち去ったのだった。




