第72話 復活する才
「そういえばあなた、グンナルについて何か知ってることってない?」
「グンナルさん、ですか・・・・・・?」
シュリィがマーリンから質問を受ける。それは賢者べンガーのかつてのもう1人の弟子、グンナルについてだった。彼は魔王を討ち果たした勇者の仲間であり、その後も帝国の宮廷魔導師になったりと、魔法に長けた天才と呼ばれた男である。
「なんだっていいのよ。見かけただけでも、噂でもね」
マーリンはやけにグンナルについて聞いてくる。そういえば前にもこんなことがあったな、とシュリィは思い出していた。2人が賢者のもとにいた時も、そうでない時も。何かとマーリンはグンナルについて聞いてくるのだ。何かあるのは間違いないのだが、あまり詮索してしまうと恐ろしいことが起こりそうなので、シュリィは深入りしてはこなかった。今回もそうである。
それに実際、グンナルについての情報は何も知らない。帝国で活躍はしているそうだが、具体的にどんなことをしているのかについては全く知らなかった。噂の1つも出ては来ないのだ。怪しくない、と言ってしまえば嘘ではあるが、疑うほどの材料すらないのである。それにグンナルについて何か分かったとしても、シュリィには十中八九関係のないことだろう。そういった理由から、シュリィはグンナルについては幼い頃の記憶以外、何も知らなかった。
「いえ、なにも・・・・・・」
「そう」
マーリンの顔が少し暗くなったような気がする。落ち込んでいるのだろうか。そこからしばらく、マーリンは沈黙した。
「あの、もしかしてこのために来たんですか?」
脈絡もなく突然グンナルについて聞いてくるのは、はっきり言って怪しい。今日のパーティーの趣旨とも異なるし、シュリィが知っているはずもないことだ。ただの時間潰しにしては、マーリンの顔は本気のようだったし、彼女にとってはこのことが今日ここに来た目的だったのかもしれない。
「そんなわけないじゃない!」
即座に否定される。顔を真っ赤にして。
「ちょっと聞いてみただけで、なんの意味もないわよ」
「そ、そうですか」
「そういえばあなた、暇なの?」
「え、まぁ、はい」
このパーティーはアーガンが主催しているものだ。主催者の娘が暇というのもおかしいかもしれないが、帰ってきたばかりで何も予定を入れていない。
「そう、なら良かったわ。私も男共に言い寄られるのとか煩わしいし、せっかくなら一緒にいましょう」
マーリンは美人である。誰がどう見てもそう言うはずだ。しかしその分、異性絡みの面倒事は増える。そういったことから身を守るためには、相手に隙を見せないことである。少なくとも、今回のような富裕層や著名人相手の会に来るような良識を持っているであろう方々には1人でないだとか、誰かと話しているだとかといったアピールを何気なくすることは、多少の自衛にはなりうる。シュリィとマーリンは、この煩わしい会場の中でお互いに利害を一致させ、このパーティーの間だけは一緒にいることにした。
「これ、今のうちに渡しておくわね」
そう言って、マーリンはシュリィに1冊のノートを手渡した。古く、そして汚れている。シュリィがそのノートを見ると、裏に自分の名前が書いてあった。
「持ってたのを思い出してね。あなたのものだし、返しておくわ」
「あ、ありがとうございます」
渡されたのと同時に、シュリィはそのノートのことを思い出す。幼い頃に夢中になって書いていた稚拙な研究ノート。情熱の原点のようなものだ。パラパラとめくり、思いをはせているうちに、そのノートにいつの間にか見入ってしまっていた。会場の中心でそんなことをしているのもあれなので、会場の端へと向かい、そこでマーリンと2人、突っ立っていながら、シュリィはノートを読み込む。
いつの間にか、苦痛でしかなかったパーティーは終わりを迎えていた。アーガンからは明日には縁談があると言われたが、彼女の耳には全く入ってはこなかった。家に帰り、改めてノートを見返す。
確かに自分に字で書かれているものの、内容は全くもって自分で書いたとは思えないものだった。ある紅玉についての記述。ビー玉ほどの大きさで、古代の王国にあるらしい。何故このノートにそんなことが記述されているのかは分からない。ノートには続きが記されている。
その紅玉を用いることで、使うことの出来る魔法があるらしい。「スルト」とそこには書かれている。紅玉から炎の巨人が現れ、圧倒的な力と共に周囲を焼き払う。世界を滅ぼす一端を担う禁忌の魔術。それがノートに記されている「スルト」と呼ばれる魔法の正体である。
「もしかして」
シュリィはあることに気付き、服のポケットの中に入っていたものを取り出した。紅玉である。ヨトンヘイムから盗んできたものの中に、偶然にもノートに記されている紅玉があったのだ。
発動させるための複雑な工程も同時に記されていた。しかし彼女はそこに誤りを見つけた。部屋にあった紙とペンを手に取り、気の向くままに走らせる。それは一晩中続いた。
寝る間も惜しんで、幼い頃に歩んだであろう道を復習する。気付けば部屋に朝日が差し込んでいる。部屋にあった紙には隙間なく魔法式で埋め尽くしてしまったがために、書けなくなってしまっていた。しかしそれでも、彼女の中では魔法を解き明かし終えたとは思えず、頭の中でひたすら考え続ける。
家の中は、シュリィとレンスの正式な初めての縁談ということもあり、早朝から慌ただしくなっていた。シュリィも部屋から連れ出され、縁談のための着替えと化粧を受ける。
「昨日はあんなに嫌がっていたというのに、今日は随分とおとなしいな」
「きっとシュリィも分かってくれたのよ」
アーガンは大人しいシュリィを気にするものの、妻のブルーノの言葉を信じて今の状況を好意的に受け取った。
準備も整い、昨日とは違う会場へ向かう。シュリィは無意識にも、自分の荷物を用意した。
会場に付き、両親は相手側、レンス達に挨拶をする。しかしシュリィは全くもって返事もなにもしなかった。気まずいのはアーガン達である。
「すいません。少し、照れてるようです。あはは・・・・・・」
何とか誤魔化すものの、相手がいつ機嫌を悪くしても不思議ではない。それぐらいシュリィの愛想がない、というよりも1人で考えることに没頭しすぎていて、周囲の声に全く反応を示さないのである。
「おとなしいだけかと思っていたんだがな」
アーガンは頭を抱える。やけにおとなしいとは確かに思っていた。しかし大人しすぎたのである。こうなっては、逆効果もいいとこで、駄々をこねているよりも場合によっては悪印象かもしれない。
スリード家は貴族である。貴族は貴族に見合った振る舞いをするべきなのだ。今のシュリィは全くもってそれに当てはまらない。よりにもよって今日という日に、である。アーガンにはシュリィのその振る舞いは、反抗のようにも見えた。彼女自身にそのような自覚など全くといっていいほどないと思うが、アーガンの目にはどうしてもそう映る。
どうしたものか、とアーガンは頭を悩ませた。
「ん? 何か落ちたよ」
縁談の相手であるレンスが、シュリィのポケットから何か、紅い玉が落ちるのを見た。周りは誰もそれに気付きはしなかったので、レンスが自らの手で拾う。そして、シュリィの手に渡す。その瞬間だった。




