第67話 青春
「一体何故ここに!?」
フリュムは今さっきここへ来たばかりで状況が掴めていない。しかし、ヒロナの姿や遠くの城の光景から察することは出来た。
「まさか、国を捨て去ってしまうおつもりですか?」
その言葉に、ヒロナは何も答えられず、ただ黙っているしかなかった。自分は颯に連れ出されるのだと言い訳を与えられた後では、人を説得させられるだけの理由を見つけることは出来ない。
「なりません。この国の再興のためには、あなたが必要なのです! お戻りください!」
フリュムは必死にヒロナに対し説得を試みる。しかしヒロナは黙ったままで、状況に変化は望めそうにはない。今日が戴冠式であることは彼も把握しており、むしろそのために帰ってきたのであり、急がなければならないと焦り始める。フリュムはそうした焦りからか、自らの鞄に入れていた、水色の小さな玉を取り出した。
「応えてくれないのであれば、仕方ありません。少々乱暴になってしまうことをお許しください」
そう言って彼は、その水色の玉を地面に落とす。するとその瞬間、水色の玉から霜が発生し、あっという間に巨大化する。それは巨大な人の形、巨人へと姿を変え、3人の前に立ちはだかった。霜の巨人。そう言うべき怪物のようなものが一瞬にして現れたことによって、この場の空気は張り詰めたものへと変わる。
「巨人が力を振るう前に、お考え直しください! 城にお戻りになると!」
フリュムが最後の警告を伝える。巨人は拳を強く握り、今にも3人に攻撃しそうだ。
ヒロナは下に降ろしていた目線を上げ、フリュムを見た。そして口を開く。
「この国は、再興されるのではありません。新しく生まれ変わるのです」
「ならなおさら」
「いいえ! 生まれ変わった国に、私の居場所などありません」
「そんなことなどありません!」
「あるのです。あるのですよ。・・・・・・私がこの国に来て感じたものは、私が知っているものではなかった。この国は既に変わりつつあります。そのことを悲しくも思いました。しかし、この国に必要なことでもあったのです。そして私は、それを望むことも、受け入れることも出来ませんでした。私がいては、ヨトンヘイムは変わることなど出来はしません。ですからフリュム、これで良いのです」
ヒロナはレーヴァテインを握る。剣からは炎が溢れ出し、剣を包み込んでいった。あの戦場にいた時と同じだ。彼女がレーヴァテインの本来の力を引き出している。唯一違うのは、ヒロナがそれに飲み込まれることなく、目の前に立っていること。レーヴァテインを律することが出来ているということだ。
そして彼女は炎に満ちた剣を振るい、氷の巨人を一瞬にして溶かした。やがて剣の炎は消え、レーヴァテインは元の姿へと戻る。
打つ手を失ったフリュムは、その場に呆然と立ち尽くすばかりであった。そんな彼を横目に、3人はその場を走り去った。国を去ったのである。
やがて3人は、ヨトンヘイムのある山の麓まで下りた。ここまで走り続けたこともあって、3人共息を切らしてしまっていた。
「・・・・・・やっちゃったわね」
「やっちゃいましたね」
お互いの顔を見て笑う。なにか、成し遂げてしまったような感覚だ。
「まぁ、でも、ヒロナが付いてきてくれてよかったよ」
「なに言ってんのよ。あんたがヒロナ誘拐したんだからね」
「あ、そういう扱いになるの?」
「そりゃそうでしょ。城でのやり方は、誰がどう見てもそうだったわよ」
「そうか、そうだよな」
「あんなに強引にされたの初めてだったんですよ? 昨日の夜もそうですけど、責任、ちゃんととってくださいね」
ヒロナが頬を赤らめる。
「あ、あんた達!」
「ふふ、ですから今後ともよろしくお願いしますね!」
そう言って彼女は、今までで1番の笑顔を見せた。その笑顔の前に、颯は何も言うことが出来なかった。
「はぁ、やることやってんのね」
「そ、それよりもさ、これからどうしようか」
「そうですね。お金もありませんし」
「お金ならあるわよ」
「え、でもべンガーさんから貰ったお金はここに来るまでに全部使っちゃったじゃん」
シュリィの祖父であるべンガーから貰った金額はかなりの額ではあったが、神皇国や帝国など様々な国を行き来し、その都度必要なものを買っていたため、既に底をつきていた。仕事もせず、収入を得られなかったことも大きい。
「うん。それなら尽きた。だからね、城から・・・・・・ほら」
シュリィはポケットやバッグから次々とキラキラした物を取り出す。それらはネックレスや宝石といった類のもので、1つでも売ればかなりの金額になりそうだ。
「えっと、それは・・・・・・」
「綺麗でしょ? 大変だったのよ。本当はもっと取ってきたかったんだけど、これぐらいしか持ってこれなくて。でも、これを売れば当分困ることはないわ!」
「いえ、そういうことではなく、それを一体どこで・・・・・・?」
「拾った」
「え?」
「拾った」
「いや、盗みましたよね? 見覚えありますもん。国で保管してた品ですよね。国のですよね」
「違うわ。拾ったから私のよ」
ここにある輝く宝石やネックレスは、どう見てもヨトンヘイムの城から持ち出してきたものである。盗みを働かなければ、ここにあるはずがない。しかしシュリィはそのことを頑なに否定してきた。
ヒロナとしては、金に困っているとはいえ、認めるわけにはいかない。ただでさえ国に迷惑をかけて出てきて罪悪感があるにも関わらず、それに加えて仲間が盗みまでしていたとあっては、ヒロナにとってはもうどうすればいいのか分からないといった状態である。
「・・・・・・あの、戻りません? 今なら許してもらえますから、それ返してきましょう」
「いやよ、私のだもん」
「もう遅いよ」
「颯さんまで! これを認めるっていうんですか!?」
「そういうわけじゃないけどさぁ」
「大丈夫ですよ。私が女王になって、2人も国で暮せばいいんです。だから返してください」
ヒロナがシュリィに手を伸ばす。彼女自身、罪の意識で自分が何を言っているのか分からなくなっているのかもしれない。しかしそれでもシュリィの面の皮の厚さが変わることはなく、大事そうに宝石の類を抱える。
宝石やネックレスを取り返そうとするヒロナの手を、シュリィが避ける。返さない、との思いを言葉にすることなく伝えた。そのことが気に障ったのか、ヒロナはもう一度シュリィに手を伸ばす。しかしまたもや避けられる。
「ちょっ、シュリィ!」
ついにシュリィはその場から走り出す。ヒロナもそれを追うために走る。
「待ちなさい! シュリィ!」
「私のだもん! ヒロナがなんと言おうと私のだもん!」
「そんなわけないでしょう!」
「あるもん!」
そのまま勢いよく山を下りていく。このままでは置いていかれてしまいそうになった颯も2人の後を追って走り出す。
「颯さんもあの子に言ってやってください」
「言ったところで戻れないしなぁ」
「つべこべ言わない!」
「はい」
吹っ切れたのか、なんなのか、ヒロナは今までにはなかった態度で2人に接するようになっていた。色々なしがらみから外れて、しかしまた問題も抱えて、後戻りは出来ないから前に進む。
いつの間にか、雪の積もる麓さえ抜けて、青々とした草原へと出た。もといた山は既に遠いが、その分どこかへ近くなった。
春を告げる風が吹く。仲間と共に、彼女は笑った。




