第62話 暴かれる心
「ねぇ、私達、これからどうなると思う?」
ベッドに深く沈み込んだシュリィが颯に問いを投げる。ヒロナと分かれ、客室に通された2人には、今までとは違う空気が漂っていた。
「あー、この後ってこと?」
「ヒロナが女王になったら、私達きっとパーティーじゃなくなるのよ。だって私、あんたと2人でやってける気とかしないし」
おそらくヒロナは、旅の目的を果たそうとしている。夢を叶えるのだ。そして、その方法で足がかりだった冒険者という身分、3人のパーティーも同時に終わろうとしている。颯とシュリィにとっても、旅の終わり、冒険の帰結、そういったものが目の前に突然と現れた。終わりというものは始まった以上、必ず訪れるものである。しかしそれが、こうも近かったとは、思ってもみなかった。そのことに颯とシュリィの2人は、どう向き合えばいいのか迷っていた。
「俺もヒロナ無しでシュリィとやってける気がしないよ。でも仕方ないんじゃない。寂しさとか色々あるけどさ、女王になることを止められそうにはないよ」
「じゃあ女王にならなきゃいいのよ」
「無理でしょ。どうやんのさ」
「あんた男なら連れ去ったりしなさいよ」
「はぁ? 何言ってんだよ」
「じゃああんたこのままヒロナが取られてもいいってわけ!?」
シュリィはベッドから勢いよく立ち上がり、颯の前に詰め寄る。叫びというより怒声に近い彼女の言葉は、怒りや焦り、そういった激しい感情が混沌と混ざりながら発せられたものだった。
「取られるって、ヒロナは元々ここの王女なんだ。なるべくしてなったようなもんだろ」
「・・・・・・大事じゃないんだ、ヒロナが」
「は?」
「大事じゃないから、そんな落ち着いていられるのよ! 何も感じてないんだわ!」
「急にどうしたんだよ。そんな声を張り上げなくったっていいだろ? 少しぐらい落ち着けって。そもそもヒロナが女王になりたいって、望んでるんだぞ?」
「駄目よ、そんな弱いだけの考え方じゃ・・・・・・思い通りになんか、ならないわよ」
シュリィの言葉に重みが宿る。魂の奥底からひり出したような声で、ついに、ヒロナのことではなく、自身の願望を放った。彼女には、ヒロナのためを思って、という気が微塵もありはしない。自身の好きな、大切な、身近な人物は、彼女にとって所有物に近いのだろう。気遣う対象ではなく、常に自分の思い通りにならなければならないもの。それが、シュリィがヒロナにこの旅の中で積み重ね、向けてきた感情なのだ。だから彼女は我儘だった。我を通すことを優先させた。颯の「仕方がない」という言葉は、ヒロナを尊重する傍らで、シュリィの素直で正直な気持ちを踏みにじっていた。
そのことに颯はハッキリとではないが、気付く。このまま話を続けても、解決するのは先になるだろう。張り詰めた空気が充満するこの場を鎮めるためには、無理矢理にでも一旦終わらせるしかない。
「・・・・・・ちょっと、散歩でもしてくるよ」
颯はシュリィにそれだけ告げて部屋を出た。今はこれで良いのだと信じるしかない。少し時間が立てば、シュリィの気持ちも落ち着くだろう。話の続きはその後で構わない。
同じ頃、宮殿の会議室では、ヒロナとこの国の貴族達がさっそく議論を始めている。彼らは、颯達が見た、神皇国と帝国の戦争の結果を聞き、ヨトンヘイムの今後について考えを交わしていた。
議題は、神皇国か帝国、一体どちらと手を結ぶべきかというものである。ヨトンヘイムという国は、歴史上一度も他国との関わりを持つことはなかった。それでやってこれたのである。土地は狭く、神との約束の地ということ以外、何の価値もありはしない。山の頂上にあるために、非常に攻めにくく守りやすい場所でもある。平和はこれから未来永劫続くと誰もが信じていた。しかし、彼らの考えを根底から覆す出来事が起こる。帝国の侵攻である。不意を突かれ奇襲を受けたヨトンヘイムは、王女であるヒロナを国外へ逃亡させなければならないほどに、あっという間に蹂躪されたのだ。戦力が足りていなかったわけではなく、対応力が追いつかなかっただけではあるが、無視することが出来ない被害が出てしまった以上、何かしらの策を打たなければならない。そのひとつに外国との国交という話が持ち上がった。ヨトンヘイムは覇権を目指すことの出来る国ではない。そうである以上、この国に出来ることは勝ち馬に乗ることが出来るかどうかで運命が決まる。
世界は今、大雑把に言って3つの勢力に分かれている。覇権国である神皇国、それに対する挑戦国である帝国。そしてもうひとつ、魔導連邦である。最後の魔導連邦は神皇国と帝国に比べ、国力としては一段下がるといったところだ。しかしそうであっても世界に数多ある国家の中で3番目に強いといって差し支えない国である。魔導連邦は中立を保っているため、今のところ神皇国と帝国との戦争には加わっていない。多くの人々やヨトンヘイムの国政に関わる人間が注目しているのは、神皇国と帝国のどちらが今後の世界を引っ張っていくのか、ということだ。
「帝国と手を結ぶなど有り得ん。この国にいる誰一人も未だにあの時の屈辱を忘れていないのだから、一体誰が納得なんてするのかね」
「しかし今回入ってきた戦いの報告、帝国は今後も強さを増していくでしょうな。対し神皇国が頼れるのは聖騎士ぐらい。もしかすると、神皇国は沈みゆく船なのかもしれない」
「どちらも難しいですなぁ。では第三の選択として魔導連邦は如何ですかな?」
「あそこもあそこで難しいところだ。烏合の衆が集まってお互いに睨みをきかせているそうじゃないか。既に我々の席などありはしないだろう」
貴族達は案を出し、そしてそれを否定していく。議論は行き詰まりを見せており、これを打開することが難しいことも貴族達は理解していた。そんな中、それまで話を聞いているだけであったヒロナが口を開く。
「そもそも、何故皆さんは外国に頼ることばかり考えているのですか! 私達は今までずっとこの国だけでやってきたではありませんか。弱気になってどうするのですか!? 盟約を果たしていないのにも関わらず変わってしまったら、ヨトンヘイムにかつて治めていた祖先の方々に合わせる顔もありません! 私は、どの国と手を結ぶことも反対です」
自分達以外の全ての国を俗世と呼び、孤立主義的な体制であり続けたヨトンヘイムだが、この国の体制を変えることは、一体どれほどまでなら神との盟約に反しないのか。太古より受け継がれてきたそれは、一人ひとりの考えが異なる曖昧なものだった。ヨトンヘイムの女王となるヒロナは、一切変えてはならないという考えであった。しかしそういった考えではない、もしくは今後のことを考えた場合に今持っている解釈をある程度変えなければならない、というようなことを思っている貴族達は、ヒロナの予想に反し多くいた。というよりもほとんど、もしくは全員であった。
自らの故郷であるヨトンヘイムをしばらくの間、留守にしていたヒロナとこの国に留まり続けていた貴族達の間には深い溝が生まれていた。それがこの国の現状である。女王となるヒロナに反対する者はいなかった。しかし、ヒロナの意見に頷く者もまたいなかった。そのことにヒロナは自らと故郷の置かれた立場を理解する。
「そう、ですか・・・・・・」
静まり返った場に、彼女はこれ以上の発言をしなかった。




