第60話 この道を進みながら
ヨトンヘイムへ向かう途中、ヒロナは颯とシュリィに自らの身分を明かした。重たい空気がこの場に流れる。いつにも増して真面目な顔のヒロナ。彼女は決意をもって2人に伝えた。颯はそんなヒロナに、どう言葉をかければいいのか迷っていた。間を置いて、シュリィがヒロナに言葉を返す。
「ま、私はそんなんじゃないかなって思ってたけどね」
軽い反応だった。シュリィのその態度にヒロナは驚いたようだ。自分が意を決して伝えたのに、そんな答えが返ってくるとは思っていなかったと言わんばかりに。
「えっ。・・・・・・あの、もうちょっと驚いたりだとか」
「してない」
「嘘だ」
「嘘じゃないわよ! ほらヒロナって、普通にしては服装が整ってるし? 所作もいちいち綺麗だったし? 意識も高いし」
「さ、最後のはともかくとして、そうでしたか・・・・・・。そんなに分かりやすかったかな・・・・・・」
「あ、王女って分かったからって、遠慮とかしないわよ。それで今までのことが変わるわけじゃないし、私だって隠してたおじいちゃんのこととか知られたわけだし、汽車の中でヒロナを泣かせたことにも変わりないし」
「そんなことありましたっけ」
「記憶が捏造されてる・・・・・・」
シュリィは王女であることを明かしたヒロナに臆することなく、態度を変えることなく、接し続けた。彼女の言うように、例えヒロナが何者であろうとも、ヒロナがヒロナであることに変わりはない。
「それに秘密なんてのは、それぐらいデカいのがちょうどいいのよ。きっとね」
「はい。ありがとうございます。そう言ってくれて、嬉しいです」
ヒロナは微笑む。きっと、2人の自分への態度が変わってしまうと思っていたのだろう。今までの気を許せる間柄に壁が出来てしまうと。そうなることを、ヒロナは望んでいなかった。だから今まで明かさなかったのだが、それも今日で終わりだ。変わらないことが嬉しい。ヒロナの心が軽くなった。
「あー! 私も大きい秘密がほしー!」
シュリィが叫ぶ。重い空気が晴れたからか、よく通る叫びだ。聞いてて気持ちが良かった。
「祖父が賢者なんて、結構な秘密じゃないの」
「そんなんじゃなくて、もっと大きいの!」
「へぇ、例えば?」
「例えばね、実は私は世界を滅ぼすことの出来る禁忌の魔術を唯一使える大魔女で、しかもそれを知ってるのはごく一部の人間しかいない、とか!」
「ハハッ、一部は知ってるんだ」
「揚げ足取るな!」
「フフッ、本当だったら素敵ですね」
「あ、分かる? ヒロナ分かっちゃう? まぁ? 分かる人にはやっぱり理解されちゃうものなのねー」
「世界なんか滅ぼしてどうすんだよ」
「えー、やっぱそりゃあもうあれよ、あれしかないでしょ。私とヒロナのふたりっきりの世界を作っちゃったりなんかしちゃうのよ」
「あれ、俺は?」
「えー、ヒロナだけでいいんだけどぉ」
調子のいいことばかりを語るシュリィ。他愛のない会話が続く。それぞれが自分らしく、この雰囲気に浸かっていた。どこかで求めていたような光景に、3人はずっとこうであってほしいと心のどこかで思っている。しかし、こういった会話が出来たのも、もうまもなく終わってしまうかもしれないということを知っているからなのかもしれない。
「そういえばさ、ヨトンヘイムってどこにあるの?」
「あ、それは私も知らなーい」
「まぁ、小さい国ですからね。地図で探すのも一苦労です。ヨトンヘイムは、あの山の上にあります」
そう言ってヒロナは、3人の目の前にそびえ立つ山々の中の、最も標高の高い山を指差した。ヒロナの故郷ヨトンヘイムは、たどり着くことすら困難な山の山頂にある。3人はまず、そこへ行かなければならない。
「え、嘘」
「嘘じゃないです」
「じゃあ、あれ登るの?」
「はい」
「上の方、雪被ってんじゃん」
「そうですね」
「え、本当に行くの?」
「はい。行かなければなりませんから」
「・・・・・・まじか」
「まじです。付いてきてくれますよね?」
「・・・・・・うん」
か細い声で颯とシュリィは答えた。道のりからして、もう既に辛い。今になって付いていくと言ったことを後悔しても遅い。変わらないヒロナの足取りの強さに2人は引っ張られる。一応、フリュムという男から貰った物の中に防寒対策が出来るものが入っているので、それで少しはなんとかなるだろうか。不安になりながらも、2人はヒロナに付いていく。
しばらくして、山の中。
「やっぱ寒い!」
颯とシュリィは極寒の山の中で凍えていた。
「毛布とか色々貰ったけど寒いものは寒ーい!」
「ヒロナは寒くないの?」
「えぇ、涼しいぐらいです」
「まじかよぉ」
ヒロナは何も身に付けずいつもの服装で、この雪まで降っている場所を進んでいく。その姿を見たシュリィが、走ってヒロナの前に立つ。そして抱きついた。
「やっぱり・・・・・・温かい。ちょーあったかい!」
「シュリィだけずるいぞ!」
「ちょ、ちょっと、2人とも! もうすぐ国までの近道があるので、そこまで我慢してください!」
「無理よ!」
「寒いもんな」
「ほんとに、本当にそこですから! すぐそこですから!」
ヒロナが言う近道にはすぐについた。しかし問題もあり、そこには崖しかないということだ。
「本当にここなのー?」
グチグチ言うシュリィと黙って待っている颯。その2人を背に崖に手をあて何かを探すヒロナ。彼女が探していたものが見つかり、途端に崖が左右に開く。目の前の崖に見えていたものは、扉を隠すものだった。これが、ヒロナの言っていた近道らしい。中は洞窟になっており、僅かな明かりが奥まで続いている。これを辿っていけば、ヨトンヘイムに着く。
「あ、中暖かい!」
1番に入ったシュリィが言う。洞窟の中は扉によって閉じられていたせいか、ちょうど良い温度に保たれており、意外にも快適だった。
「ここを通っていきましょう。王族だけが使える秘密の通路なので、安全ですよ」
「秘密なのに俺らに教えちゃっていいの」
「2人は特別です。だから、内緒ですよ!」
入口の扉を閉める。外からの光がなくても壁だらけの周囲は見える。ここまで来れば、後はもうそう遠くはないというヒロナの言葉を信じて、2人はヒロナの後に付いていく。
「そういえば、王女なのにどうしてヒロナは冒険者なんかやってたの?」
歩きながら颯がヒロナに聞く。一国の王女であるならば、冒険者になんかなる必要はない。国にいれば、それでよかったはずだ。
「そうですね、まず、私の国は帝国と戦争をしていたんですよ」
「それで帝国が嫌いって言ってたのね」
「帝国の侵攻は凄まじく、国は滅びかけました。私の両親は死に、私と兄も王室を追われ国を離れざるを得ませんでした。私が冒険者をやっていたのは、冒険者をやるのに身分を明かす必要がなかったからです。・・・・・・その、今まで隠していてごめんなさい」
「さっきも言ったけど、気にしてないわ」
「仕方のないことだしね」
「2人共、ありがとうございます」
ヨトンヘイムが現在置かれている状況とヒロナの存在は密接に結びついたものであった。王女であるヒロナが戻らなければならないのも、危機に陥った国を復活させるためだろう。知るほどに、急がなければならない理由が増えていく。そして、目の前に光が見えてきた。
「出口です! ようやくここまで来ました!」
長い道のりの終え、やっと洞窟から外へ出る。そして広がっていたのは、この世で最も天に近い国、ヨトンヘイムの美しい姿だった。




