第59話 新世界へ向けて
「えぇ、分かりました。そのようにしましょう」
「おぉ! ありがとうございます! これで皆も喜ぶでしょう!」
フリュムという男が、ヒロナの言葉を聞いて喜ぶ。ヒロナは、自らの国に女王として即位するために戻ることをここで誓う。その顔は颯達からは見えなかった。
「ヒロナ様がお戻りになれば、祖国は必ずや栄光を取り戻すでしょう。帰還に必要な道具の用意はすでに出来ております。お供の方々がおられることは予想しておりませんでしたが、予備もいくつかございます。そちらをお使いください」
そう言ってフリュムはヒロナに、いくつかの道具が入った袋を渡す。中には金銭と護身用の装備、そして防寒対策のための物と野営の道具が入っており、かなり重くなっている。この中の一体いくつを使うのかは分からないが、まぁ備えあれば憂いなしとでも考えたのだろう。実際、何も持っていない3人にとっては、かなりありがたいものだった。
「私は先に国に戻り、皆にこのことを伝えてまいります。共に行けぬことをお許しください。では、どうかご無事で」
こうしてフリュムはこの場から立ち去った。急ぎ足だった彼の背中は、あっという間に見えなくなってしまった。残った3人は後から、ヒロナの故郷へと向かうことになる。しかしその前に、ヒロナに聞きたいことが颯とシュリィにはあった。
「ねぇ、さっきの話、どういうこと?」
「そのことについては、ちゃんと説明をします。でも先に、まずはここを発たねばなりません」
颯とシュリィにとっては急な話だった。そして急に、新たに旅立つことになったのである。近い内にここから離れることは分かっていたことだが、それがこんなにもすぐに来るとは2人は予想もしていなかった。仕方がないと思いつつ、ファヴニールとヘラに、ここから出ていくことを伝えた。
「短い間だったけど、もう行っちゃうの?」
「はい。お世話になってしまい、すみませんでした」
「いいのよ。むしろ感謝したいぐらいだわ。あなた達のおかげで、仲間達を解放することが出来たわけだしね」
「何かあったら、またいつでも頼ってください。力になりますから」
ヘラとファヴニールに温かい言葉を向けられる。魔人という異なる人種に囲まれていたことも、そう悪くなかったと思えた。
「うん。ありがとう。また会おうね」
「えぇ、また」
荷物をまとめて出ていく3人に、ファヴニールは最後まで手を振っていた。結局、他の魔人達と仲良くなることもなく、ただファヴニールとヘラの恩情に縋っていただけだった。
魔人達の拠点から出てすぐ、戦場だった場所が見える。颯はその場に足を止め、自分がそこにいたことを思い返す。
「そういえばアイツ、カグヤを連れてなかったな」
思い出したように呟く。シグルは、神皇国ではカグヤと一緒にいた。しかし、あの時、颯達の前に現れたシグルはカグヤを連れていなかった。どこかに置いてきたのだろうか。あの子を1人にしてきたのだろうか。だとしたら、そんなことが許されるはずもなく、今すぐにでも迎えにいかなければならない。
しかし、今はヒロナのこともある。どうやら急いでいるようだし、ここで立ち往生するわけにもいかない。道徳的にも、自分の心にも許せることではないけれど、今はヒロナの目的に付き合うしかない。ただ、思うのは、勇者ならカグヤのために何かをしてから、あの場に来たんだろうなということだ。取捨選択をしなければならない自分とは違うことは、なんとなく分かる。
「ねぇ、そんなとこに突っ立ってどうしたの?」
「いや、何でもないよ」
後ろから、シュリィに声をかけられる。考えていたことは2人には言わず、颯は2人の元へ駆け足で戻った。そうして3人は戦場を後にして、出発した。
少し歩いたところで、ヒロナが話を切り出す。
「それで、先程のこと、でしたね」
先程のことというのは、ヒロナのもとへと訪れたフリュムという男についてと、その男と話していた会話のことだ。ヒロナは重い口を上げて、2人に告げる。
「私の、本当の名前は、ユミル=ヨトゥン=ヒロナ。ヨトンヘイムという国の王女です」
ちょうど同じ頃の神皇国内。宮廷魔導師であるマーリンは、戦争についての情報を聞き、宮殿の中を歩きながら1人で考えていた。彼女は自らが張り巡らせていた情報網から、帝国に関する機密を得ていた。そして、現在の帝国では、帝国の宮廷魔導師であるグンナルが失踪したということで大変な騒ぎになっているらしい。
マーリンとグンナルは、かつて賢者べンガーのもとで共に魔法を学んでいた。しかし、魔法の才能はグンナルの方が上だった。彼女はかつてグンナルに経験させられた屈辱を晴らすために、魔法という土俵で彼を超えること、勝利することを目標としてきていた。それだというのに、グンナルは忽然と姿を消した。マーリンには分からなかった。なぜグンナルはいなくなってしまったのか。逃げたのか、それとも何か別の事情があるのか。
頭を抱えながら廊下を歩いていると、会話が聞こえてきた。話しているのはどうやら騎士王モルドレッドと教皇のようだ。彼らは宮殿内にある中央階段の広い踊り場で会話をしていた。
教皇獅子座のレグルス。彼が現在、神皇国が国教とし保護しているペルセウス教団のトップである。
彼らも戦争について話をし合っていた。
「今回の戦争、どうやら魔人達が参戦してきたそうではないですか。それも帝国の奴隸としてではなく、魔王軍を名乗って。我々は前々から、魔人は早急に駆逐すべきと言ってきたはずです。奴らはこの世界に蔓延る蛆虫のような存在。残しておいていいことなど一つもいいことなんかありませんよ。なのにも関わらず、騎士王は帝国にばかり構っていたそうではないですか。」
教皇の率いるペルセウス教団は、魔人を不浄の存在だとしている。魔人は、かつての戦争で敗北した際に、ほとんどの者が奴隸とされたが、戦争以前から差別的な扱いは受けていた。異なる者同士が混同する際に、不満が現れるのは当然のことである。そしてそれの受け皿として活躍したのがペルセウス教団であった。今に繋がる社会構造や大衆感情というのは、とっくの昔から完成していたのである。そしてそれが覆ることはない。
「それに、滅神大剣のことも、報告に上がっております。あれはやはり危険な力ですな。魔人に与するものではないですが、こちら側に合わせてくれるわけでもありません。こちらについても、どうにかするべきでは?」
また、教皇は滅神大剣についての話題も出した。レーヴァテインとも呼ばれるその剣を、教団は強く恐れている。レーヴァテインを持つ国ヨトンヘイムは、魔王との戦いに参加しなかった。中立を貫いていたのである。しかしそれは、ヨトンヘイムという国が平和的な国である保証にはならない。
疑念を抱く教皇にモルドレッドは答える。
「魔人も滅神大剣も、聖剣があれば十分でしょう。実際に今までだってそうしてきた。それとも教皇は疑っておいでなのですか?」
「まさか。しかし、やがて脅威となるものを見過ごして後悔したくはないというだけです。どうかお気をつけて」
教皇は、騎士王にまるで忠告でもするかのように言った後、その場から去っていった。去り際に、近くで話を聞いていたマーリンとすれ違い、お互いに軽く一礼する。その後、マーリンはモルドレッドの元へ近づいた。
「大変ね、あなたも」
「なんだ、聞いてたのか。ただ上にいるだけの奴らは、実状ってものを知らなくていけない」
「フフッ、あなたが言えたことじゃないわ。ところで、帝国はどうなっているかしら」
「大慌てだそうだ。色々と任していたことが多いまま失踪されたわけだからな。中には出来なくなってしまったこともあるらしい。敵ながら同情するよ」
「そう。でも良かったわね。私がいて、それにどこにも行かないのだから」
「あぁ、そうだな」
笑みをこぼしながらも、どこか晴れない顔の神皇国の魔導師。騎士王はそれを、ただ隣で笑わずに見ていた。




