第55話 滅神大剣レーヴァテイン
「傷ついた人達を助けているだけだ! 何も悪いことなんかしてない!」
聖騎士に対して、大声で言った。言ってしまった。こんなことを言えば、向こうがどんな反応をするのかなんてのは、考えずとも分かる。しかし、颯は下手な言い訳よりも正直な意見を放ってしまった。
正直であることは悪いことではないが、それは時と場合による。この場合は、最悪の選択でしかなかった。
「魔人は、私達人間とは違う、相容れない存在だ。魔人に手を貸すというのは、そいつらに殺されていった我が同胞を侮辱するということだ! 若いからといって許される罪ではないぞ」
「全ての魔人が人間を殺してきたわけじゃないだろ!? そんな区別すらつかないのか!? 出来ないから相容れないだなんて言うんだ!」
聖騎士の顔がありえないほど赤くなっている。多分、この炎に囲まれた戦場の熱さだけではない。怒りによって、理性を失うほどに顔を真っ赤にしている。聖騎士は、言い返すことなく、颯とヒロナに向かって剣を抜き、一瞬で間合いを詰めた。手抜きなどではなく、本気で相手を殺そうとして剣を振るう。
何故、相手を刺激するようなことを言ってしまったのか。颯は酷く後悔した。他人の機嫌をとることは、上手ではないが下手でもないと自分では思っている。しかし、この場面においては、何故だかは知らないが、つい言ってしまった。つい、で済むことではないということは分かっている。1人ならともかく、ヒロナまで巻き込んでしまっている。こんな失敗はそうそうない。
怒りをのせた剣が、颯達を斬り裂こうとしたその時、どこからかやってきたもう1本の剣が受け止めた。誰が助けてくれたのかと、見てみればそれは見覚えのある顔だった。
「兄さん・・・・・・?」
呟いたのはヒロナだ。今ここで殺されそうになった2人を助けたのは、ヒロナの兄だった。帝国の軍服に身を包んで、魔剣を手に目の前にやってきた。
魔剣により自らの攻撃を防がれた聖騎士は、後ろへ大きく1歩下がる。思わぬ相手に距離を取ったのだ。
「帝国の兵か。何故庇った?」
「簡単なことだ。軍人が民間人に手を上げるのを、黙って見ていろというのか? お前が斬るべきはそこの2人ではなく、敵国の兵である私だ」
「もちろん、貴様は敵だ。それと魔人に手を貸した者を裁くのは、何ら矛盾することではない」
ヒロナの兄と聖騎士はお互いに向き合い、隙を窺う。この場において、相手の意見や考えが変わるはずはないのだから、言い合うだけ無駄におわる。しかしそれでも続けるのは、ヒロナの兄が2人を逃そうとしているからだ。そうでなければこんなことはしない。今頃、剣を打ち合う音がこの場に響いていたはずである。
そして颯はそれを言われるまでもなく、ここから逃げようとした。別にヒロナの兄の意図を汲んだわけではない。自らの生命の危機に瀕して、このような場からはすぐに立ち去らなければならないと瞬時に思ったからだ。
「逃げようヒロナ!」
颯はヒロナの手をとった。しかしヒロナはその場からは動かなかった。目線の先には兄がいる。彼女は今の状況に戸惑っていた。何故兄がこの場にいるのかとか、何故兄は自分を助けるように割って入ってきたのかとか、上手く飲み込めていなかった。
「どうしたの!? 早く逃げようよ!」
一緒にいたはずの颯の声はヒロナには届かない。彼女は目の前で起こったことを頭の中で整理するのにいっぱいだった。
そうこうしているうちに、聖騎士と彼女の兄は既に戦い始めてしまった。聖剣と魔剣がぶつかる尋常でない戦いだ。共に一歩も引くことなく、激しい攻撃の応酬が繰り返される。
「敵ではあるが貴様、相当腕の立つ剣士だな? 素人の動きではない。何者だ?」
戦いの最中、聖騎士がヒロナの兄に問う。
「答えるつもりはない。それよりも戦いに集中したらどうだ」
「無論、言われるまでもない。ただ強者には敬意を払おうと思っただけだ。そんな紛い物の剣でよくここまで耐えたものだ」
「気が早いな。もう終わったつもりか?」
ヒロナの兄が微笑む。次の瞬間、彼の振るう剣は速度を増し、並大抵の人間では追えないほどのものになる。風を斬り裂き、炎を払う圧倒的な攻撃の連続。それらが全て正確に打ち込まれ、一瞬にして聖騎士は劣勢となってしまった。
「驚いた。ここまでとは!」
声を上げる聖騎士。決して手を抜いていたわけではないが、予想以上の実力に心を奪われる。久しぶりに自らの全力をぶつけることの出来る相手であると知り、興奮に湧き立つ。彼も負けじと徐々に本気になっていく。やがて聖剣は本来のものに近い力を放ち、輝きを纏う。
実力が互角の者同士が、全力でぶつかり合う。その場所だけは両者ともに自らの使命から離れ、持てる力の全てを出す決戦のようだった。しかしそれはあまり長くは続かない。今は戦争中であり、目の前の相手は敵国の兵である。もう1人の聖騎士が遠くから仲間が戦っている光景を見つけ、援護しに入る。同時に2人の聖騎士を相手にすることになったヒロナの兄は、次第に押され始め、遂に胸を貫かれてしまう。手持ちの魔剣にもヒビが入り、それは粉々に砕け散った。中からは魔剣に込められていた液状になった魔素が飛び散って、その一部がヒロナの顔にかかる。
勝敗は決した。帝国の兵だった男が敗れたのだ。つまり彼は死んだ。聖剣に貫かれても死なないなんていう都合のいいことなど訪れることはなかった。
そしてヒロナは目の前で兄の死を目撃した。結局、死ぬまで目を逸らすことは出来なかった。音を立ててその場に崩れさる自らの兄の姿を見て、ヒロナの動悸が速まる。呼吸は乱れ、頭では何も考えられなくなり、自分の身が異常なのだということにも気付けない。
「あ、あぁぁぁぁ」
「どうしたの、ヒロナ」
颯の声はもう全く彼女の耳には届かない。
手に持つ大剣を握る力が強まる。狂い始めた彼女に呼応するかのように、大剣から黒い炎が現れ、彼女を包んでいく。異様な光景だった。その黒い炎は、この戦場に舞い散る煙の中でも分かるほどに黒く、周囲に燃えている炎より熱かった。
一体ヒロナに何が起こっているのか、颯には全く分からない。このような彼女を見たのは初めてだし、ここからどうすればいいのかも分からない。近くにいる聖騎士の2人もこの光景に圧倒され、見ているだけで何も出来なかった。ただ、ボソッとその場である言葉を呟く。
「あれは、まさか滅神大剣・・・・・・」
誰か聞いていたか、と言われればおそらくそんなことはない。誰も、目の前で起こっていることに目を奪われていて、その他のことを気にする余地など全くなかったのだ。
「アアアアアア!!」
その身に炎を纏いながら、ヒロナは手に持っている大剣を振り回す。大剣からは炎が飛び出し、どこまでも伸びていく。その先には、自らの兄を殺した2人の聖騎士がいた。圧倒的なスピードとパワーで襲いかかる。1人は何とか避けるも、もう1人は一撃で吹き飛ばされた。
「なっ!?」
避けた方の聖騎士が驚く。ヒロナの持つ大剣から出現した炎は、ただ対象を燃やすだけでなく、ある程度の質量を持っている。さらに周囲には衝撃が伝わり、いとも容易く吹き飛ばされてしまう。やられた仲間を心配しながらも、残された聖騎士は炎を纏う怪物と成り果てたヒロナに対し反撃を試みる。しかし、ヒロナはもう一度剣を振り回し、敵に目掛け攻撃する。聖騎士はその攻撃を受け止めようとするも、あまりの力に吹き飛ばされてしまう。地面に叩き伏せられ、立ち上がることすら出来ない。
目の前に立ち塞がった敵を倒したヒロナは、未だ大剣を握りながら、近くにいる颯の方へ振り向く。




