第54話 魔王ファヴニール
ヘラに言われた偵察と奴隸となっている魔人の解放のために、颯とヒロナは戦場の中を移動している。手には渡された紙切れが1枚あるだけで、それ以外にはヒロナの大剣ぐらいしかない。
「これさぁ、戦ってるなか突っ込むの危険だよね?」
「えぇ、そうですね。凄く危険だと思いますよ」
「だよなぁ。端に寄りながら行くか」
「遠くから見た方が全体が見渡せますし、それが良いですよ」
「うん。そうしよう」
なんとなく、ただなんとなく進む。とくに強い信念があるわけでもなく、義務感があるわけでもない。言われたからやっているだけで、自発的にやっていることではない。なので選択肢があれば、安全な方を選ぶ。聖騎士率いる神皇国軍と帝国軍の戦いからは、程よく離れた場所を2人は歩いている。ただ、彼らは気づかないうちに帝国軍の陣地に近づいていた。
気づいた頃には、簡易的に設置された施設がすぐ側にあり、労働に使役されている魔人の姿も見える所まで来てしまっていた。
「あそこにいるね。やらなきゃ駄目かな」
「まぁ、やってみてもいいんじゃないですか。彼らにとっても悪い話ではないはずです。きっと分かってくれますよ」
「見せればいいんだよね? この紙を」
「えぇ、そのはずです」
魔王軍の文様が描かれている颯が囚われている魔人に声をかけねばならないが、どうにも躊躇しているようだった。何度もヒロナに確認と称して聞き返している。臆病になっているのか、勇気が出ないのか、或いはその両方か。どれにしても時間を無駄に浪費していることに変わりはない。
「どうやって声かけよう。その前に気付いてもらえるかな。怪しまれたりしないかな」
「気付いてもらうだけなら、簡単だと思いますよ」
そう言ってヒロナは、近くにいる魔人に向けて、それとなく石を投げた。魔人に当たらないように、けれども気付いてもらえるように投げた。辺りに人はいないため、物音がすれば不自然だと思われる。しかしさほど大きな音でもないため、近くにいる者しか気付くことはない。ヒロナの狙い通り、すぐ近くの魔人だけが気付き、こちらを見た。
颯は気付いた魔人に紙を見せる。その魔人が分かるように、少しずつ近付いていく。
「そのマークは、魔王軍のものだ。何故、人であるお前らが持っているんだ。それにお前達は、帝国兵でもないだろう?」
「確かに僕たちは魔人じゃないけど、今は訳あって魔人達と一緒に行動してるんだよ。それで、その魔人達が、奴隸になっている仲間を助けようとしてるんだよ」
「じゃあ、お前達もそれに協力してるってことか?」
「まぁ、そうなるね。信じてくれる?」
「何もかもを信じられるわけではないが、ここを出られるなら嘘でも良い。ここは最悪だからな」
よく見ると、その魔人は羊の顔をしている。声も低く、体つきもいいので男だろう。今までどのようなことをされてきたのかは分からないが、気丈に見えて、藁にでもすがろうとしていた。颯達の言うことを信じているのではなく、ただこの場所から離れたい一心で話にのるとのことだ。
「ただ、監視の目もある。それさえどうにか出来りゃ、今すぐにでも抜け出せるんだがな」
お互い、小さい声で会話をしているので気付かれてはいないが、そう遠くない所に監視がいる。何かしらの魔法で奴隸が逃げないようにされていてもおかしくはない。それらが問題としてあり、解決できなければ目の前の魔人を解放することは出来ない。
どうすれば、と考えていた時だった。上空を巨大な影が通過する。見上げると、巨大な黒い竜が翼を広げ飛んでいた。
「何だあれ!?」
「ファヴニールだ!」
「は?」
「仲間だよ」
大きな翼を広げ、燃え盛る戦場の空を飛行する漆黒の竜と化したファヴニール。あの姿を見るのはドラグニア以来だが、あの時とは違い自我を失っていないことが颯には明確に分かる。ファヴニールと同じく空を飛ぶドラゴンの大群を、自らの体から放射状に出す黒い霧によって死なせていく。その霧に触れた者は、どんな生物であろうとも命を奪われる。
次々と絶命し、地面へと落下するドラゴンの大群の中を悠然とファヴニールは飛ぶ。やがて彼は、戦場の中心へと降り立ち、咆哮を上げる。戦場にいた誰もが、災禍の中央に降臨した漆黒の竜に目を奪われていた。
「今なら、逃げ出せるんじゃない?」
「あ、あぁ。そうだな」
颯とヒロナは、ファヴニールに注目が集まっている隙を見て、魔人を解放した。大まかな場所と方角を教え、魔人を仲間のもとへと逃した。遠くなっていく羊顔の魔人の背中を見つめ、颯はヒロナに呟く。
「ねぇ、これならもっといけそうじゃない? もっと奥にいる人とかもさ、全然逃がせそうじゃん」
「危険では?」
「大丈夫だよ! ファヴニールが戦ってくれてる今がチャンスだよ!」
派手に暴れまわるファヴニールに感化されてか、颯は完全に調子に乗っていた。一旦は引き止めたヒロナの意見を無視して、2人は戦場の中心に向かって進んだ。途中に転がっている死体には目を向けず、見ないフリをして走っていった。
その頃、帝都にて。魔導師グンナルは、全ての準備を整えた。誰もいない自室の中で、転移魔法を発動する。彼は一瞬で、戦場へと移動した。周囲で炎が燃え盛る中、砂利を踏みながら数歩だけ歩く。何かに納得したような顔をした後、超高度な魔法陣を目の前に展開させる。その魔法陣は、辺りに燃える炎や地面の石など、僅かでも魔力を帯びるものから魔力を吸い取っていく。誰も感じ取ることは出来ないが、この戦場には、他では類を見ないほどに魔力が充満している。それらをとてつもない勢いで魔法陣は吸収しているのだ。
しかし、誰もそのことには気付いていない。グンナルの姿を見てすらいない。何故なら、周囲の者は全員、死んでしまったからである。
戦場を走る颯とヒロナ。手当たり次第に奴隸となっていた魔人達を解放していく。その代わり、既に引き返せないほど争いの中心に近づいてしまっていた。
また見つけた魔人に手をかける。奴隸の身分から解放すると言い、魔王軍の文様が描かれた紙も見せる。もう慣れた手つきだ。とっとと次に行こうとしたその瞬間、2人に声をかける者がいた。
「待て! お前達、何をしている。こんな所で子供が2人、軍服も着ていないということは我々の方でも帝国の者でもないようだが・・・・・・。先程、魔人共に何か呟いては、どこかへと送り出しているかのような。答ろ、何をしていた」
そう言ったのは、神皇国の聖騎士。鎧を身に纏い、手に聖剣を持ち、場合によってはすぐさま2人を斬ることの出来る体勢にいる。
見つかってしまった。1秒時間を重ねるごとにその実感が湧く。周囲で燃えている炎のせいか、それとも焦りからか、体中から汗が噴き出す。体が硬直し、何も答えられずにいる。そんな者を許容するほど、目の前の聖騎士は甘くなかった。
「答えられないか。信じたくはないが、もしや魔人を助けているわけではないだろうな? もしそうなら、それは我々、聖騎士の敵だ。すぐにでも討たなければならない。さぁ、答えろ」
ジリジリと近寄ってくる。1歩、また1歩と地面を踏み鳴らしながらの姿は、颯達にとっては恐怖でしかなかった。たった少しの時間がどこまでも長く感じる。
ヒロナはゆっくりと大剣に手を伸ばしている。怯えているだけの颯と違う。それを見た颯は、近付いてくる聖騎士に向かって、答えを告げる。




