第51話 流れ着き、再び起つために
「ありがとう」
「え?」
「カグヤのこと、助けてくれたんだろ?」
「あぁ、それか。君達に何があったのかは知らないが、俺はただ拾っただけだよ」
颯とシグルは、道の真ん中で遊ぶカグヤ達を見ている。
助けることが出来なかったと悔やんだ颯を慰めるように少女は目の前に再び現れ、さらには見知らぬ誰かとの縁を繋いでくれた。結果的には良かったのかもしれない、と過去の自分を正当化する。これからはもうそのことについて悩まなくていいのだ。どこか自分を繋ぎ止めていたものが離れた気がした。
あの幼い彼女からは、やはりどこか特別なものを感じる。カグヤを拾ったシグルは流れゆく雲の下で思う。拾った、というより流れ着いた、なのかもしれない。どこからともなく流れてきて、それでまたどこかへと行ってしまうのだろう。自分といるのはその間でしかない。彼女と関わる全ては、その大きな流れに巻き込まれたり、一つにされたりする。だから今の自分がやるべきことを探し始めたのも、大きな流れの一つだ。
流れは、この世界で他にない役割を果たしている。あらゆるものをあらゆる場所に送り、下に沈んでいるものを掬い上げ、上にいるものを沈めたりする。一定ではないし、絶対ではないが誰も逆らえるものではない。この世界の心たる天気も全て流れゆくものである。晴れは良い天気に、雨は悪い天気に思える。別にそれで構わない。しかし雨は潤いをもたらしてくれるし、晴れを良い天気だと思わせてくれる。多分、カグヤと呼ばれるその少女は誰よりもそれを宿している。
だからそれに沿っていけば、彼はもう下に沈んではいないのだろう。
「それでもやっぱり、感謝はしたいよ」
「大げさだな。そんな大したことじゃないよ」
「大したことじゃなきゃ、感謝しちゃいけないなんてないと思うけど?」
「あー、まぁ、そうだな」
どこか照れくさそうな顔をシグルはした。受け取ったとみていいのだろうか。
しかしそのしばらく後に、彼の顔から笑みは消えた。目線の先には一軒の家があった。庭付きの牧歌的な、安らぎを感じる家だった。家族で住むのに、ちょうど良いと思う。その家から、1人の中年の女性が姿を見せた。その人は庭に生えた草木に水をやっている。晴れた日だから、草木にとってもありがたいだろう。そして女性は、庭に生えた花を二輪ほど摘んで、玄関の扉に飾り付けた。シグルはただそれを呆然と眺めていた。眺めて、こちらに聞いてきた。
「なぁ、どう思う」
「え?」
「あの家は、魔人との戦争で旦那と息子を失ったらしい」
「聞いたの?」
「いや、飾られたあの二輪の花、あれは戦死した者を悼むためのものだ。この世界の風習だよ」
「へぇ・・・・・・。ん?」
シグルの言葉を聞いていた颯は、不自然に思う。この世界、とはまるで別の世界があって、それを知っているかのような言い方。少し気になってしまった。しかしそれを質問することを阻むように、まるで知っているかのようにシグルは話す。
「俺とお前は似ている。そう、感じる」
「似てる? 自分とあなたが?」
「あぁ。何が似ているのかは分からない。ただ、性格や強さとか、そういったものじゃなく、もっと本質的で根源的なところが似ているように感じるんだ。だから聞きたいんだ。君がこの世界をどう思うか」
質問の意図は何なのだろうか。どういった答えを求めているのだろうか。何を答えればいいのだろうか。満足や納得のいく答えを出すことが出来るだろうか。
颯の見たシグルの目は、深い目をしていた。奥行きがあるというか、なんというか。なんて言ったらいいか分からないが、多分見ているのは近くでもなく遠くでもない。だから深い。意味的なことではなく、感覚的な意味での深い。沈んでいると言うべきだろうか。
「自分はまだこの世界のことを知らないから、どうとも思えないかな」
「そうか。まぁ、そういうこともある」
「色んな場所で、色んな人と出会った。使命や夢を抱いている人もいれば、今日を何とかして生き延びようとしている人もいる。誰もいない場所でひっそりと暮らしている人だっていた。多分まだ、自分の知らない生き方をしている人がいるんだ。そうやって考えてると、よく分からなくなるんだよ。何でこんなにも多くの生き方があるんだろうって」
多様すぎる生き方は、人と社会に戸惑いをもたらすだけではないだろうか。どの生き方も非難されるものではない。秩序を崩さない限りは、むしろ受け入れられるべきものだ。しかし、その多様さのせいで人々は道を見失い、社会は舵を取れなくなっている。果たしてそれは誰もが望んだ正しさだったのだろうか。
「皆もきっと自信がなくて困ってるんだ。だから勇者に助けてほしいんだよ」
「皆、既に自分の道を歩きだしている。勇者が来たところで、歩みを止めるだけだ」
「人のことをどこまでも信じてるんだね」
「自分に自信がないだけだ」
きっとその言葉に偽りはない。何があったのかは颯には分からないが、隣にいるシグルには覇気が感じられない。魂の奥底から力尽きてしまっているようだった。
何も出来ない颯は、ただ彼と同じ風に吹かれるだけだ。
「今の世界は、勇者が作り上げたようなものだ。誰も倒せなかった魔王を倒してしまったせいで・・・・・・。もし、勇者が魔王を倒していなかったら、魔人は奴隸にならず、人は人同士で争わなかったはずだ。貧しさに苦しんだり、憎しみに囚われたりなんてことは、ないわけじゃないだろうが、少しはマシだったんじゃないか」
「後悔してるの?」
「後悔か。そうかもしれない」
彼は今、何を思い、考えているのだろう。人の心というものは、分かろうとして分かるものではない。理解出来たとしても、それは心の浅瀬の部分でしかなく、深淵に至るものではないんだろう。
颯がなんとなく、共感出来ることはある。あぁ、これはこういうことを言っているんだなとか、そういう意味だろうな、というなんとなくでしかないが。全く違う2人にも関わらず、なんとなくでも理解出来てしまうのは、それこそシグルが颯に対して言った「似ている」からだと思える。
「でも、戦争は終わったよ。そのことを喜んでる人は凄く多かった」
「だが、今に納得してる奴は少ない。あの時に魔王を倒して手に入れたのは、新たな争いの火種に過ぎないんだよ」
シグルからは罪悪感を感じることが出来る。そして罪を1人で背負っているかのようだ。
「なら、その争いも終わらせればいいんだよ」
心のどこかで思っていたようなことを言われたかのようなシグル。しかし、その言葉を待っていたのかもしれない。颯には分からないことだが、シグルは今まで過去に怯えていた。失敗とそこにいたる所までの全てを罪だと思い、苦悩し続けていたが、ここに来て少しだけ自分の使命と呼べるものと向き合ってみる気になったようだ。
「強いんだな。また、なんて」
「え? いやいや普通だよ」
「普通だから強いんだよ」
「そう、かな。・・・・・・あ、そうだ。聞きたいことがあるんだけど、その、やっぱりシグルは勇者なんじゃないの?」
「俺は」
「シグルー!」
2人が話しているところに、カグヤが飛び込んできた。彼女はシグルの右足に抱きつき、ヒロナとシュリィと一緒に遊んでもらったと嬉々として話す。「良かったな」とだけ返し、頭を撫でた。
「じゃあ、俺達はそろそろ」
「あぁ、うん」
シグルはカグヤの手を取り、再び元いた道に戻る。
「またね!」
カグヤの無邪気な声が3人に届く。そしてそのまま別れた。




