第49話 思惑
「分かった。一緒に行くよ」
そう答えた。その言葉の通り、3人は今、魔人達が集う場所にいる。帝都のすぐ側にうまいこと気配を隠し身を寄せ合う彼らは、人間に深い憎悪を持っているため、新しく来た3人に対して、決して穏やかではない視線を向けてきた。
「気にしないで。気が立ってるだけだから」
ヘラにそうは言われるものの、あまり落ち着かない。肩幅を小さくしながら中を通る。
「こっちよ」
連れてこられたのは、何台かある馬車のうちのひとつだった。この上に乗ればいいらしい。出発までしばらく時間があるみたいなので、その間に気になっていたことを聞く。
「ねぇ、ファヴニールは?」
この魔人達の寄り合いに来てから、ファヴニールの姿が見えない。彼に言われたからこそ付いてきたということもあったのに、当の本人がいないようではその甲斐が半分になってしまったようなものである。
「あそこよ。でもあの人はもう皆のリーダーだから、あなた達だけに付き合ってる暇はないわ。色々忙しいのよ」
ヘラが指を指した方に確かにファヴニールはいた。しかし周囲には多くの魔人がおり、その一人ひとりを相手にしているようだ。どんなことを話しているのかは分からないが、ファヴニールと話す魔人達の表情から、彼がこの集団の中でとても信頼されていることはこれ以上ないほどよく分かってしまった。
走り出した馬車の中、ヘラは3人にこれからの計画について話す。颯達に一体どうしてほしいのか、そうしたことが伝えられた。
「これから私達は神皇国に向かうわ。でも神皇国は入国するのに色々条件の多い国なのよ。とくに魔人は絶対に入れない。そこであんた達に行ってきてほしいのよ」
「その条件ってのがあるんだったら、俺達も通れるか分からなくない?」
「大丈夫よ。ここに来る途中に奪ってきたパスポートさえあれば、いくらだって通れるわ」
そう言ってヘラから神皇国のパスポートが渡される。おそらくどこか書き換えられているであろうこれら3つのパスポートが神皇国に入国する際に必要となる。これをどのように入手したのか、3人は疑問には思ったがある程度の推測はついたので、この場では聞かなかった。
「でもバレたらどうするの?」
「バレることはないとは思うけど。まぁ、万が一の場合は、いつでも出れるように準備してるから、何とかしてここに戻ってくることね」
同じ頃。帝国議会では、来たる戦争に向けての審議が行われていた。議場には選出された議員が討論を繰り広げており、それを皇帝が自らの席から見下ろしている。隣にはこの帝国の宮廷魔導師があまり興味のない様子で共に傍聴していた。
議題は戦争法についての可否である。とは言っても、すでに裏方において取り決められた法案を正式に可決するだけの、予定調和的なものだ。筋道に則り、宰相が壇上に上がる。彼は今回可決される法案の内容を原稿の通りに読み上げ、確認をした。その後、戦争の大義名分を語る。
「我々は現在まで、神皇国による神皇国を中心とした世界秩序の下で生きてきた。しかしそれはもう通用しないと言っていいだろう! 先の大戦で彼の国は何度も失態を晒し、人類社会を守護するという役目を放棄したのである! 勇者がいなければ、大戦で敗北していたのは我々の方だったかもしれない。戦争を必要以上に引き延ばし、出さずともすんだであろう犠牲を出したのは、神皇国の怠慢に他ならない! そして事もあろうに神皇国は未だに自分達が正義だと嘯いている! 何故、私達の役に立たない、むしろ我々を追い詰めるような正義がのさばっているのか!? これ以上、神皇国による支配を我々は許してはいけないのである! そのために私達は新たな普遍的な正義を奴らに示さなければならない! これこそが、この戦争の意義そのものである!!」
帝国の首相による演説。議会は湧き立ち、その後の討論が進む。戦争に合わせた国になるための法案が次々と提出されていく。軍の出動を可能にするもの。国家の経済を統制するもの。戦争状態になった時の非常事態宣言の発令。戦時予算の増加。軍人と貴族によって構成されている帝国上院議会においては、ほぼ全てが全会一致で可決した。
議員達の頭上から議会を見ていた皇帝は、閉会した後に隣にいる魔導師に話しかける。
「改めて感謝するぞ。グンナル。お前が帝国の魔導師となってくれていなければ、ここまでのことは出来なかっただろう。この貢献に対しては、お前の望みのものがあれば何でもくれてやる。如何様にも言ってくれ」
グンナルと呼ばれた魔導師は、皇帝の言葉に何も返すことなく席を立ち、その場を去った。
彼の名はグンナル。帝国の魔法使いの最上位に位置する魔導師であり、帝国に多くの影響をもたらした。かつて魔王を倒した勇者の仲間であり、指折りの実力者である。
廊下を歩く音を響かせながら、彼は1人、考え事をしていた。
魔王を打ち倒してから、しばらくの年月が流れた。世界は守られ、次の時代へ移り変わろうとしている。だというのに、相変わらず勇者と呼ばれたかつての仲間の行方は掴めない。死んだ、という人もいるが、グンナルはそのことを信じてはいない。彼は今もどこかで生きており、再び自分の前に現れてくれるに違いない。
しかし、そのためにはどうすれば良いのだろうか。どうすれば勇者と呼ばれた彼は来てくれるのだろうか。何故、かつては居てくれたのだろうか。
1つの考えに辿り着く。彼は魔王を倒すために戦っていた。平和を掲げ、人々の理想となった。たとえどのような苦難に当たっても、そのことを諦めはしない。それならば、もう一度、彼が活躍出来るような舞台を整えてはどうだろうか。
どうやら、生き残った魔人達が新たな魔王を建てたようだ。都合がいい。彼らがどういった目的で動いているのかが分かりやすいというところも、実にいい。
それに加え、帝国内の不満もある。不満を抱えているのは帝国だけではない。神皇国以外の他の国々もそうだ。根底にあるのは、戦争後の不況である。どの国も膨大な資金と人材を使い過ぎてしまった。人口は大幅に減少し、金は消えた。それだけのことをして手に入ったのは、枯れ果てた魔人の国だけ。さらにこれを各国で分割した。何も手に入らなかったも同然である。
誰が悪いのか、という話になるまで、あまり時間はかからなかった。魔王との戦争で目立ちながら大した活躍のなかった神皇国に不満の目が集中するのは、もはや当然のことだった。そうした不満を取り込み、急成長を遂げたのが帝国である。帝国は、戦争で無事だった国や地域を手当り次第に侵略していった。あらゆる国を植民地にし強くなった帝国がさらに他の国に侵略を仕掛ける。被害は決して少なくはなかったが、帝国が手にしたものの方が大きかった。
そのようなことを繰り返していて、未だに秩序を守る騎士の面を下げている神皇国が黙っているはずはない。神皇国は帝国の今までの所業を槍玉に挙げ、非難を始めた。その程度でやめる帝国でもない。戦争など、初めから分かりきっていたことだ。
このためにグンナルは全ての準備を整えてきた。ドラグニアを襲ったドラゴン、かつての師がいる街アバンドンレバーに放ったキメラと機械仕掛けのゴーレム、そして魔剣。どれも思い出深いものだ。
来たる戦争が待ち望んだ彼との再会になる。沈みゆく世界とは裏腹に魔術師の足どりは軽くなっていった。




