第47話 嫌いじゃない、嫌い
男がギルドから出ていった後、颯とシュリィの2人は男の座っていた席に座った。一息ついて、会話を切り出す。
「明るかったね、さっきの人」
「そうね」
「依頼、ないんだって」
「そうね」
先程からシュリィの返事が曖昧だ。どうしたのかと颯が横を見ると、シュリィは席に座り、右腕を椅子の背もたれにかけながら、左手に持っている紙をじっと見ていた。
「何読んでるの?」
「掲示板に貼ってあったやつ」
「あぁ、あの募集してるやつね。なんか面白いことでも書いてあった?」
ここに来て読んだ貼り紙。目を通しただけで、あまり深くは読み込んではいなかったのだが、シュリィはそれを見てじっくりと考えているようだった。
「ん、申し込む場所がここじゃないのよ。帝都まで行かないといけないみたいね」
「なに、もしかして、それに応募するの?」
「別にしないわよ。ちょっと気になっただけ」
「ふーん」
「それより」
シュリィが話題を変える。何について話すというのだろうか。目的もなくこんなところまでやってきたので、正直退屈している。
「ヒロナ、私の言った通りだったでしょ」
「言った通りって?」
「隠し事してるっていう」
「あぁ、それか」
ヒロナがしている隠し事とは、家族のことだろう。あの部屋には彼女の兄しかおらず、親の姿が見えなかった。それに、まだヒロナからは何も聞いてはいない。変な詮索などしたところで何も意味をなさないとは思うが、シュリィは話したそうだった。
「それかって、あんたねぇ。あの子があんなに声を荒げちゃって、私びっくりしたのよ」
「俺だってびっくりしたよ。お兄さんがいるなんてことも知らなかったわけだし、急に色々知りすぎて、感想らしい感想が出ないよ」
「そうね。私も感想なんて、びっくりしたとか、それぐらいしか出てこないわよ。だから! こうしてあんたに向かって話しかけてんのよ。この、びっくりした、っていうこの感想を少しずつ、こう、切り分けていこうっていう、そういうことよ!」
「なるほど。でもさ、あれだろ? 汽車の中で嫌がってたのにさ、結局ここに来たわけじゃん。あそこで、拒否することも出来たと思うんだけど、ヒロナは付いてこいって言ったわけでしょ。何かしらあるんだよ、きっと。ヒロナの中に。計画か、予定か何かが。それに乗ってればいつか分かるよ、多分。だから、色々考えるのは、もういいでしょ」
シュリィはヒロナの秘密について、一刻も早く知りたいというよりかは、間違えたくないという様子に思える。見せられた状況で色々なことを考えられるからこそ、それらについて考え、ヒロナについて分かろうとしている。そう思える。
一方で颯は、いずれヒロナからされるであろう秘密についての告白を待つべきだと考えている。颯はヒロナを疑っているわけではない。彼もまた、間違えないようにしようとしている。また、万が一に秘密について教えられることがなかったとしても、良いと思っている。別にその秘密はきっと、自分が知らなくても良いものかもしれない。そういったことも含めて、ヒロナの計画に乗るべきなのだと主張した。
そんな颯の意見を聞いたシュリィは、左頬を膨らませた後、口を窄めて息を吐いた。気に入らなかったようだ。
「ぷぅ。何よ、あんた。そんなこと言っちゃってぇ」
「なんだよ。だってそうだろ? ここで考えったってしょうがないじゃん」
「むー! 確かに」
「まぁ、納得してくれたんだったら、良かったです」
「そうね。あんたにしては、まぁまぁ良いことを言ったかもしれないわね。うん」
「ありがとうございます」
シュリィが納得してくれたようで、颯は安心した。これで当たっているのかも分からない推察ばかりの話に付き合う必要がなくなった。それでも2人は、ヒロナのことについて気にせざるを得なかったが、この場で語ることはなく、しばらくゆっくりと過ごした後、ヒロナの部屋に戻った。
「た、だ、い、まー・・・・・・」
恐る恐る部屋の扉を開ける。中にはヒロナだけがいた。
「あ、おかえりなさい」
「えっと、もういいの? お兄さんとは」
「はい。兄とはしっかりと話し合ったので、大丈夫です。それとすみませんでした。2人に迷惑をかけてしまって」
「いや、別に大丈夫だけど・・・・・・。お兄さんは? どこか出掛けたの?」
「兄は多分、もうここには帰ってはきません。ですから、私達だけで使いましょう」
「あー、うん」
ヒロナはいつも通り、落ち着いていた。この部屋で何があったのかは、颯とシュリィには想像もつかない。ヒロナが良いなら良いということで、それ以上は聞かなかった。
夕食時になる。食材が僅かにあったので、幸いにも腹を満たすことは出来そうだが、颯は料理が出来ず、シュリィは面倒臭がった。結果としてヒロナが台所に立つことになった。
1つしかない机に向かい合う。元々あったらしい2枚の皿は片方が割れてしまっていたらしいので、残った1枚の皿に料理は盛られた。料理と言っても、具材が少なかったこともあって大層なものではない。仕方のないことだ。ヒロナが作ったのは、野菜を千切りにして調味料と一緒に混ぜただけの、料理というよりソースやタレと言った方が近いようなものだった。それと乾燥したパン生地を一緒に食べる。生地に水分が染み込んで、それなりに食べられる。
多分、今までの食事で一番質素だったと思う。けれども、その場の雰囲気も含めて嫌なところがひとつもない食事だった。
「ねぇ、この街に用事ってまだ何かある?」
「いえ、ないですけど」
「だったら、明日から帝都に行かない?」
「帝都、ですか?」
シュリィが提案してきた、明日からの予定。既にこの街で出来ることはなく、この貧相な部屋の食料もない。
「帝都って、あの、冒険者の募集のやつやるの?」
「いや別にそれをやるわけじゃないけど、ここにいるよりかは何かあるでしょって、思うんだけど」
「まぁ、それもそうですね」
「でも用意とか、そんなすぐには出来ないんじゃないの?」
「それなら問題ないですよ。ここに持っていく荷物なんかありませんし」
「切符の有効期限もまだ過ぎてないわ」
「そっか」
呆気なく、帝都に行くことが決まった。食事を食べ終わるのと同時に。
外はもう暗くなりかけていた。それなりに片付けをした後、ボロボロの毛布を出す。これで暖かくはなれなさそうだけれど、ないよりはマシだろう。暗くなりすぎないように弱い明かりを点けた。そしてそのまま3人は横になる。
しばらくして、ヒロナがあまり大きくない声で話し始めた。
「あの、2人はどこまで付いてきてくれますか?」
ヒロナは壁を向いて話している。颯もシュリィもまだ眠っていない。
「独り言だと思って聞いてほしいんですけど」
そこからヒロナは止まることなく喋り続けた。
「私、この国が嫌いで、あまり長居とかしたくないんです。歴史が浅くて、周囲に迷惑しかもたらさないような、そういった国は嫌いです。政治の話なんかで申し訳ありません。誇りも何もないような国ですから、戦争とかでしか威厳が示せないのが滑稽でなりません。世話もしないくせに移民ばかり受け入れて、そのくせ保障も何もしない。政策もいきあたりばったりで計画性がまるでない。大きいだけの駄々っ子が一番醜いですからね。・・・・・・すいません、口が悪かったですね。おやすみなさい」




