第46話 この国に宿る影と光
汽車はエスカペイルへと到着した。颯達は、席を立ち汽車から降りる。
「着いたわね」
「ほ、本当にここで降りるんですね」
「え、嫌だった?」
「嫌と言っても無理矢理決めたじゃないですか・・・・・・」
ヒロナはシュリィに少し冷ややかな目を向ける。しかしその後、しばらく黙りながら、ヒロナは何やら覚悟を決めたような表情をした。
「分かりました。そしたら私に付いてきてください」
「ここに知り合いでもいるの?」
颯が聞く。
「まぁ、そうですね。そんな感じですかね。取り敢えず、行けば分かりますよ」
3人は駅から出て、エスカペイルの街を歩く。街は今まで訪れたどこよりも人の数が多く、また、発展もしていた。道路は全て舗装されており、どの建物も強固な造りになっている。
前を歩くヒロナとはぐれないようにしっかりと付いていく。一度離れたら人の波にさらわれてしまいそうだった。
颯とシュリィは初めて訪れる街を見渡しながら歩く。どれも見たことがないもので、刺激と興奮をくすぐるものなのだが、ヒロナはそんなことに構うことなく進む。やがて、ある狭い通り道の前でヒロナは足を止めた。
「2人共、ちゃんと付いてきてますか?」
「もしかしてこの中行くの?」
「そうですよ」
「えー」
はっきり言って、そこは汚い裏路地だった。3階建てほどの建物が密集して並んでおり、ここに陽の光は当たらない。今までの、この街の綺羅びやかなところとは真逆の場所。発展した場所が街の光や輝きと呼べるなら、そこはこの街の闇や影と呼べる場所だった。
廃棄されたゴミがそこら中に散乱しており、それと混じって不清潔な人達が横たわっている。彼らから見れば3人は十分に小綺麗であったので、羨望や物乞いなどの何かそうした賤しい視線で見られ、非常に居心地が悪かった。
「ここです」
ヒロナは、この路地の建物の中の1つを指し、横に設置されている階段を登った。2階の扉を開け、中に入る。
「ここがヒロナの家?」
「・・・・・・お邪魔しまーす」
部屋の中は汚かった。掃除はされている。掃除でどうにかなる汚さではない。軋む床。所々剥がれている壁。雨漏りのする天井。這いずり回る虫。日当たりも悪いということが、この部屋の印象をさらに悪くさせる。
そして部屋には1人の男がいた。ヒロナと同じくらいの背丈の男性だ。年もそう離れているわけではなさそうだった。身体つきも逞しさが感じられる。
「ヒロナ!? ヒロナじゃないか! 今までどこに行ってたんだ!? それにそこの2人は?」
「いいじゃないですか、何だって。それに言ったってどうせ分からないんでしょう」
ヒロナと男性のやりとりを扉の前で聞く2人。何が起こっているのか、状況を理解出来ていなかった。
「えっと、その男の人は・・・・・・?」
「私の兄です。すいません、お見苦しいところをお見せして」
シュリィの質問に、さらっと答えるヒロナ。彼女に兄がいたことにも衝撃を受けるが、それ以上に、先程のやりとりは久しぶりに会う家族との会話と呼べるものではなかった。
「それでその2人は誰なんだ」
「誰だっていいじゃないですか。兄さんには関係ないでしょう! ・・・・・・兄さんこそ、何してるんですか」
よく見ると、ヒロナの兄は荷物をまとめていた。何かの準備をしているように見える。
「招集令状が届いた。帝国軍からだ」
「はぁ!? もしかして行くつもりですか!? そんなことする必要なんてないじゃないですか!」
激しい剣幕でヒロナがまくしたてる。このようなヒロナは見たことがない。颯とシュリィは初めて見るヒロナに驚き、何一つ言葉を発せなかった。ヒロナの兄は、強く出るヒロナに押されてはいるものの、慣れているのか驚いてはいない。
「行かなきゃバレる。素性も何もかも調べられるんだぞ! そんなことになったらお終いだ! ・・・・・・ここは何があっても行くしかないんだよ。幸い、ヒロナの分は来てない。私だけ行けば済む」
「ね、ねぇヒロナ。私達は外にいるね」
兄妹の言い合いの中、シュリィと颯はこの部屋からはしばらく立ち去ることにした。自分達がいては話したいように話せないだろうし、何より他人の家族の喧嘩を聞いているのも辛い。
そうして外に出た2人は、街の中を少し歩くことにした。先程は出来なかった街の観光をする。やはり2人にとってこの街は、目新しいものが多い。意気揚々と歩いていると、道の真ん中に落ちている新聞を見つけた。シュリィがそれを拾って、中身を読む。
「ねぇ、これ」
「ん?」
「戦争のことについてだわ。さっきヒロナのお兄さんも言ってたけど、本当なのね」
「戦争って言ったって、どこがやるんだよ」
「神皇国と、この帝国よ。どっちも大きい国だし、一大事ね。何でおじいちゃん言ってくれなかったのかしら」
「そりゃあ、言いたくなかったんでしょ。戦争が始まるだなんて、俺は人に進んで人に言いたくないな。それに一大事って、そんな感じしないけど」
街は賑わっている。人通りも多く、すれ違う人達の顔に不安そうな表情は一切見えない。戦争というのは、もっと暗いイメージがあったから、国全体がどんよりした雰囲気になると思っていたのだが、この街から感じられる空気は全くの逆だ。景気良く見える。
「神皇国に喧嘩を売るなんて正気の沙汰とは思えないけど、まぁいいか、私達には関係なさそうだし。それよりも、ここのギルド寄ってかない? 暇潰しに依頼でも見ていきましょうよ」
「おう、いいよ」
颯とシュリィは最寄りのギルドに入った。ギルドに入るのは、久しぶりだ。そしてこの街のギルドの建物は、今まで訪れたどのギルドよりも大きい。それがこの街の発展ぶりを示している。しかしそれとは裏腹に、このギルドは今まで訪れたどのギルドよりも人が少ない。もしギルドが正しく機能しているのなら、冒険者や依頼者が多く居ていいはずだ。
「少ないね、なんだか」
「そうね。まぁいいわ。とにかく依頼を見ましょ」
依頼が貼り出されている掲示板を見る。
「・・・・・・ないね、依頼」
「そうね」
掲示板には、依頼は1枚も貼り出されてはいなかった。その代わりに貼り出されているものがある。それには、「志願者募集!」の文字。帝国軍のものだった。
「さっき、私達には関係ないって言ったけど、そうでもないみたいね」
「うん。そうだね」
なんだか気分が曇る。掲示板から目を反らして、辺りを見回した。
「ねぇ、シュリィ。あそこに人がいるよ。話だけでも聞いてみようよ。何か分かるかもしれない」
この閑散としたギルドの中で、ゆっくりとお茶を楽しむ1人の中年男性がいた。颯はその男性に話しかける。
「あの、少し聞きたいことがあるんですけど」
「ん?」
「自分達、この街の外から来たんですけど、ここのギルドには依頼とか貼り出されてないようですが、何かあったんですか? それに冒険者もいないようですし」
「そりゃあ、あれだよ。冒険者やるより、他にいい仕事があるからな。そっちに行くか、軍に志願するかで皆いなくなったんだよ。魔物も出ないから、依頼をする必要もないしな」
「え、じゃあ、もしかしてこのギルドは閉じてるんですか?」
「閉じてはいないが、一般に開放されてるんだよ。現にこうして私はここで休憩しているわけだし」
「そう、ですか」
「外からやってきたって言ってたね。帝国は本当に良い国だよ。仕事はいくらでもあるし、働けばちゃんと稼げるし。それこそ軍に志願したって良いわけだ! 私も以前、他の所からやってきてね、この国の豊かさに驚いたよ。働いて稼いで、稼いだ金でモノを買って・・・・・・。当たり前のことだけど、この時代にそうしたことが出来るって、やっぱ豊かなんだよなぁ」
「でも戦争が始まったら、そうしたことも出来なくなっちゃいません?」
「んー、そんなことにはならないと思うな。こんなに上手くいってるんだし。戦争の相手が神皇国だから、帝国だってタダじゃすまないかもしれない。でも神皇国が前の戦争でちゃんとやらなかったから、今があるわけだろ? そうしたら、やっぱりこの戦争は必要だと思うな。責任をつけさせるっていうかさ。痛手を負ってもやるべきだよ。それに今の帝国は勢いがあるから、このまま神皇国を倒せちゃうかもね」
男は帝国と、この戦争について色々話した。どうやら彼は帝国が勝利すると思っているらしい。そして彼の話によれば、それは帝国で暮らす誰もが思っているらしい。さらに話の最後で彼はこう言った。
「もし、どうにもならなくなったら、また勇者が来てなんとかしてくれるよ。前もそうだったんだから」
男の目に曇りはなかった。その目には、将来への期待と帝国への信頼だけがあった。
「じゃあ、私は仕事だから、もう行くね。君たちも頑張れよ!」




