第44話 出発
朝。前から言っていた通り、今日は出発の日である。3人は朝から自分達の荷物をまとめ、いつでも出られるようにしていた。
「汽車は昼前に1本だけやってくる。乗り遅れないようにしなさい」
「分かってる」
シュリィが返事をした。朝食を取りながら確認をする。べンガーの家があるここは田舎なので鉄道の数は極端に少ない。もしも今日を逃してしまうと数日は来ないことになる。時間には余裕を持って事を進めていた。
「そういえば、マリアンヌはどうする?」
「あの子なら、書斎に籠もったまま出てきていないぞ。本を漁りながら読み続けておるぞ」
「見てないと思ってたら、そんなことを」
「余程気に入ったのかの」
「で、どうするってのは?」
「あ、いや。俺たちと一緒に行くのかどうかってのをね」
「おや、あの子はシュリィ達の友達じゃないのか?」
「うーん」
なんて説明すればいいのか分からない。ここにいる誰も彼女の正体について知らないからだ。そもそも説明のしようがない。仮に3人の冒険者としての旅に同行することになっても負担が1人分増えるだけである。マリアンヌには申し訳無いが、共に旅をしていく余裕はない。しかし、そうなるとマリアンヌは一体これからどうすればいいのかという問題が一向に解決しないままである。彼女はこのことについてどのように考えているだろうか。
そうこう悩んでいるとシュリィがべンガーに向けて喋りだした。
「颯が、夜な夜なこの家に連れ込んだのよ」
「は?」
「それは・・・・・・随分と積極的なことを・・・・・・」
べンガーは少しばかり驚いて言葉に詰まっている。颯は、シュリィは一体何を口走っているのかと呆気にとられた。しかし、そんな颯にシュリィは口裏を合わせろと暗に迫ってくる。どこからやってきたのか誰も知らないマリアンヌを、ふらっとやってきた見知らぬ女性ということにし、颯がそれを連れ込んだということにしてしまえば、マリアンヌの正体に言及することなく一先ずは納得させることが出来る。さらにマリアンヌは住む家がないだとか、あてもないだとかとでっち上げてしまえば3人の手には負えないということを自然な形でべンガーに認識させることも可能だ。しかしそれは颯が一身に責任を負えば、の話だ。
「はい・・・・・・。そうです。自分が・・・・・・自分が連れ込んだんです」
「はー、そうじゃったかぁ」
颯の隣に座るシュリィから「やっと認めたわね」との小声が聞こえる。認めたくはなかったが、出発を待つ今、これ以上時間をかけることは出来ない。こうするしか他にこの場を進める方法はなかっただろう。
何か大事なものを失ってしまった気がするので、シュリィにはこの後で問い詰めようと颯は思いを心の奥に閉じ込めた。
「それで、あのー、マリアンヌはですね、家がなくて。帰る家がですよ」
「ほぉほぉ」
「自分達も何とかしたいんですんけど、無理なんですよ。えっと」
「魔導学院の学生だから」
シュリィが言葉に詰まった颯を助けるように口を挟む。
「そう、学生だから。だからちょっと、どうにもならなくて」
「ふむ。親御さんに相談することは出来んのか?」
「えーっとぉ」
「私達もこうなるとは思わなかったので、連絡するためのものを今回持ってきてなくて」
今度はヒロナが颯に助け舟を出した。何とか言い訳を並べていくが、このままべンガーを納得させることが出来るだろうか。
「うーむ。そうか。まぁ、まずはシュリィ達は汽車に遅れないようにしなさい。彼女のことは私が何とかしておこう」
「ありがとうございます!」
「そろそろ時間だろう。忘れ物のないようにしなさい」
べンガーに促され、3人は荷物を持ち扉を開けた。
「シュリィ、これを持っていきなさい。3人の切符と、あとお小遣いじゃ。大事に使えよ」
「わ、分かってる」
「あとこれは質問なんだが、今は楽しいかい?」
「え、まぁ、うん」
急な質問に何の気もなく答える。素でそう答えた。べンガーはそれに満足し、そのまま見送った。
遠ざかる自分の孫と、それを囲む新しく出来た仲間を見て、より遠くなってしまった気がした。しかしそのことに安堵している自分がいることにも気付く。しばらく見送り続けた後、家の扉を閉めた。それとほぼ同時に別の部屋の扉が開く。書斎の扉だ。中からはマリアンヌが出てきた。3人を見送った後で、べンガーにとってとてもタイミングがよかったため少々驚いてしまった。
「わざわざ籠もって読んだ感想はどうじゃ? 気に入る本でもあったら良いが」
「どれも面白いものでしたよ」
「おぉ、そうか。・・・・・・ところで、君についてなんじゃが、今後はどうするつもりなんじゃ? 帰る家もないと聞いたが、もしそうならこの家の空いている部屋を貸そうか? 老人が1人で住むには少々不便でな。もちろん、君さえ良ければだが」
「では、もう少しここに居させてもらおうと思います。大変ご迷惑かもしれませんが、よろしくお願いします」
「そんな畏まらなくてもよいぞ」
マリアンヌは一度頭を下げた後、もう一度書斎の中へと入っていった。今さっきべンガーの前に顔を出したのは、彼女についての問題を早々に解決して、べンガーを悩ませないためだったのかもしれない。
「気を使わせてしまったかな」
思えばシュリィもそうだ。あの子は学校をやめ冒険者になったことを隠し、この4日間ここにいた。あれはこちらを心配させないためだったのかもしれない。そうであれば悪い事をさせてしまった。
「まぁ、シュリィなら大丈夫か」
独り言を寂しく吐く。
べンガーの家を出発し駅へと向かう颯達は、遅れないように若干急いでいた。
「ねぇ、最後のあれさぁ、本当にあれしかなかったの?」
「なに、最後のあれって」
「あれだよ。俺が夜な夜な連れ込んだってやつ。どう見たって俺の印象が悪くなるじゃん」
「あれが一番手っ取り早かったのよ。別にいいでしょ」
「よくないよ! 今後どんな顔してべンガーさんに会えばいいって言うのさ!」
「あんた会う予定あんの?」
「・・・・・・」
「ほらね。だからいいのよ」
「あ、もう汽車が来てますよ」
3人はこの街の駅に着いた。小さくこじんまりとした停車場に汽車が窮屈そうに止まっている。シュリィはべンガーから渡された切符を確認した。
「おじいちゃんから貰ったやつだけど、よく見てなかったのよね」
「行き先とかちゃんと書いてある?」
「あ、これ」
「何、どうしたの?」
「一番高いやつだ」
「なにそれ。どういうこと」
シュリィがべンガーから渡された3人分の切符。それらは特別なもので、一定の期間ならば区間を問わずに自由に乗降車することが可能なものだった。そもそも汽車自体が普及したばかりであり、一度乗車するだけでも相当の金額がかかる。そのため運行会社は採算を取るために様々な種類の切符を用意しているのだが、今回渡されたものはその中でも群を抜いて高価なものだった。
「よくこれをくれましたね」
「ま、おじいちゃん私に甘いし」
そうして3人は汽車に乗り込んだ。
同じ汽車の別の扉から、何やら軍服に身を包んだ集団が降りてきた。見慣れない荷物も運びながらの姿は不自然な感じだったが、3人がとくに気にすることはなかった。汽車も、まるでその集団のために止まっているかのようだ。
しばらくして、その集団が行っていた作業が終わり、汽車もようやく進みだした。




