第43話 賢者の孫
役立たずという評価を自らに下したシュリィの顔は、曇っている。目の前で自分には到底及ばない魔法を見せつけられ、彼女は悩み苦しんでいた。
「私はね、おじいちゃんに憧れて魔法使いになったの。本人には言えないけど。でも結果はこれ」
シュリィが語るべンガーは輝きに溢れていた。「賢者」の称号に恥じない活躍の数々。超大国である神皇国の宮廷魔導師マーリン。そしてかつての勇者の仲間にして現在の帝国の宮廷魔導師グンナル。この2人を弟子として育て上げたこと。さらに他の弟子達も全員が功績を残し、魔術士として活躍していることをシュリィは語った。彼女の口からべンガーを貶めるような発言は出てこない。その目から見える憧れの人物の姿を颯に言い続けたが、話の最後にはそうした輝きはなかった。
「そして私も弟子、じゃなくて孫。・・・・・・あの賢者の、孫。賢者の唯一の失敗がこの私」
そう言って黙る。彼女を苦しめるのは、どこまでも膨らむ憧れとそれに追いつけない自分の無力さである。おそらく彼女にも描いていた理想像というものは存在し、また、それに向けての努力も十分にしたのだろう。しかし、現実は彼女の夢と願いを叶えることはなかった。
賢者と比べられることは嫌いではなかった。自分が比べられるほどのものになれたという証拠だからだ。「賢者の孫」と呼ばれることも嫌いではなかった。憧れに近い位置にいれる感覚、功績の一部、それらは彼女の心を必ず満たす。しかし全ては彼女の実力が伴っていればの話である。実際はそうではない。不出来で才能も見込みもないようでは、ただ蔑まれ、笑われ、挙句の果てに関心も抱かれなくなる。憧れだったはずのその名前に泥を塗っている、その事実だけが嫌いだった。
「知って、どう思った?」
何と答えれば良いのだろうか。颯には分からない。おそらく、何を言ったところで彼女は機嫌を悪くする。彼女を褒めれば「そんなことない」と怒り、べンガーを褒めれば「やっぱりそうなんだ」と言ってさらに落ち込んでいく。話に頷くことも、頷かないことも彼女が気に入るはずがない。もしかすると、ただ怒りたいだけなのかもしれないし、落ち込みたいだけなのかもしれない。
「まぁ、うん、えっと」
次の瞬間、シュリィから顔面に目掛けて拳が飛んでくる。急なことで何も出来ず、颯は顔の真ん中に受けた。
「痛ッッッ!」
「はぐらかしてないで、とっとと正直に答えなさいよ」
「十分活躍出来てるし、いいじゃん。俺もヒロナも凄い助けられてるよ」
「冒険者やってる時点で落ちぶれてんのよ。そんぐらいあんたも分かるでしょ」
颯はシュリィをべンガーと繋げて考えていたりはしていない。そもそも、べンガーが賢者と呼ばれていることさえ知らなかった颯からすれば、シュリィに対してレッテルを貼るような見方をする方が無理であった。
「てか、何でヒロナじゃなくて俺のところに来たのさ。ヒロナなら色々親身になって聞いてくれんじゃねぇの」
「ヒロナは無理よ。言えないわ」
「何で」
「だってあの子、何か隠してるでしょ」
「え、そうなの?」
シュリィは頭を抱えながら、深いため息をついた。その顔は今夜だけで散々に見た顔だ。
「まずね、あの年の女の子が冒険者なんかやってる事自体がおかしいのよ」
颯はそれを聞いて、間髪入れずに「シュリィは?」と聞いた。彼女はそのことに「だから私は事情があったじゃない」と答えた。シュリィの話は続く。
「冒険者っていうのは、職にあぶれた奴らの避難所みたいなもんなのよ。それに、よ? あの子と私達が会ったのって結構な田舎だったじゃない。あんなところにいたのもなーんか引っかかるのよねー」
「疑ってるの?」
「別にそんなんじゃないわよ。ただ、分からないことが多いなって。ヒロナのことは優しい子ぐらいには思ってるわ。ありきたりなことしか言わないけど、変なことされるよりは全然いいし。でも私に隠し事するようなら、こっちだって隠し事くらいするけどね」
ヒロナについて、シュリィは好きでもなければ嫌いでもない。旅を共にしてきた仲間として大切に思っていはいるものの、決してそれ以上ではない。なので、ヒロナがしていること、してきたことは、それ相応にシュリィもヒロナに行っている。
それを聞いて、面倒だな、と思いつつも颯は聞いた。
「ヒロナが駄目な理由は分かったけどさ、なら俺はいいの?」
「あー、あんたはいいのよ」
「なんで?」
「だってあんた、馬鹿でしょ? 何も知らないし、隠し事もしてない。そもそも、するようなことがあんたにはないしね。それでいて、まぁまぁ真面目だし。色々と都合がいいのよ」
「そか」
シュリィが言ってきたことは罵倒に近い。そのものだとすら思う。しかし、颯は言い返さなかった。怒りも何も沸かず、ただただ聞くだけだった。
また、おそらく彼女は乱暴な言葉や罵倒というものを相手を選んで使っている。その基準となるものは一つだけではなく、多くあるのだろう。そして、そのほとんどを感覚に依存した基準によって、自分が上から物を言うことが出来る相手にのみ、こうして話をしている。さらに言えば、これまでこの基準によって彼女が貶めることの出来る相手というのは、彼女の周囲には少なかった、もしくはいなかったはずである。彼女にとって颯は、転がり込んできた、もしくはようやく見つけることの出来た、都合の良いはけ口であった。
ただこうしたシュリィの性格について、今の颯はそこまで読み取ることは出来ていない。
「少しぐらい怒ったら? あんたのことだから自分が悪く言われてることにも気付いてないんでしょ」
わざわざ怒らない相手を選んで言っているのにも関わらず、シュリィは怒るどころか、全く動じていない颯に困惑にも似た苛立ちを見せる。
「こういうこと言うのは、あんたにだけだと思うけど、もう少し自分に興味持ったら?」
「うーん。それってどういうこと?」
べンガーにも同じようなことを言われた。「自分が何者なのか」という問いを解くためには、「自分への興味」は欠かすことの出来ないものだろう。
「興味って、自分にとって大切なものの中から探してみたりすればいいんじゃないの。それが例え自分の中にはない、他人のものだったりとか、他人そのものでも、自分を形作ることぐらいあるわよ。・・・・・・あんたも前に私達に怒ってたこととかあったじゃない。ここに来た時もなんか騒いでたし。そのことで思ってることとかないの?」
思っていること。颯は自身の中にある大切なものについて考えていた。しかし、思い出せない。何かあったはずではあるが、そうしたことが全くもって何なのかが分からない。そして、このように自分の記憶がなくなりつつあるということを実感、分かっていても、そのことについて何も思わなくなってしまっていた。シュリィは颯が怒っていた時のことを持ち出してきたが、そのような感情の起伏や動きなども既に全くもって感覚にない。
颯は自身の身に異変が起こっていることを確かに感じていたが、それを追求する気が限りなく低くなっていた。普通であるならば、人間の中には不安になったり気になったりすることや、忘れられないこと、印象深く残っていることなど様々な感情や状態が魂や心の中に渦巻いている。今の颯にそういったものは一切なく、まるで颯の全てが均一化されているようであった。
結局、颯はその場で返事を返せなかった。返事をする前にシュリィが部屋へと戻ってしまったからである。部屋を出る前に彼女は颯に言った。
「そういえば、あんた。おじいちゃんに私達が冒険者やってるってこと、言ってないでしょうね? 余計なこととか、絶対に言わないでよ」
そう言って部屋を出ていったシュリィを見送った後、颯は再び眠りについた。




