第41話 賢者からの問い
「お、だいぶ早かったな。おかえり」
べンガーが4人を迎える。予想よりも早い帰宅に驚いていたが誰にも怪我がなく、ひとまずホッとした様子であった。
「あの、倒した魔物の死体持って帰ってきたので見てもらえませんか?」
「む、本当か。いいとも。見せてくれ」
そうしてべンガーは家の前に置かれた魔物を見る。隅々までよく観察した後、颯に「何か分かりましたか?」と聞かれる。
「いや、どうやらこれはワシも知らん魔物のようだ」
「え、おじいちゃんも!? じゃあ新種ってこと?」
「うーむ、どうだろう」
少し引っかかるような言い方をする。どこか思い当たることがあるようで、しかしここではそれを言わなかった。
とりあえず、目的であった魔物の討伐は達成したため、それぞれ休憩することにした。ヒロナとシュリィは2階に上がる。マリアンヌは突っ立っていたところをべンガーに本を勧められ、そのまま書斎に籠もってしまった。颯も2階に上がって眠ろうと考えていたが、べンガーに手伝ってほしいと言われ、それに付き合うこととなった。
「手伝うことってなんですか?」
「あぁ、すまんがそこの道具を片付けるのを手伝ってほしいんじゃ。シュリィはさっさと2階に上がってしまったからな」
「この程度なら構いませんよ。道具ってこれですか?」
「そうそう、それじゃ」
言われたことを淡々とこなしているうちに、この部屋の空気が何だか落ち着いたものになってくる。この静まり返った物音だけがする部屋で、賢者は颯に向かって昔話を語りだした。
「君達が持って帰ってきた魔物を見ていると思い出すものがあるんじゃ」
「何か分かったんですか?」
「あれはキメラじゃろう」
キメラとは、複数の生物の特徴を兼ね備えた魔物である。颯達が倒した魔物はキメラであったが、全てのキメラが同じような外見や特徴を持っているわけではない。2種類以上の生物の特徴を持っている魔物をまとめてキメラと呼んでいるのだ。
「しかしキメラは自然界には存在せん」
人々はキメラを異形と呼ぶ。それは到底自然の中に許容されるべきではないと考えられているからだ。生物には必ずその内に統一性を有している。狼の毛皮は1枚に繋がっているし、蛇の鱗は体中を覆っている。そうした統一がそれぞれの生物では必ずなされている。しかしキメラは違う。生物として1個体の中ですら統一が果たされていない。どうしても不自然であり、それこそが異形なのである。
「しかし私は過去にキメラというものを見たことがある。そのキメラは魔王軍の幹部だった」
魔王軍。それはかつて勇者と戦い、そして滅ぼされたとされる者達である。魔人達を支配する魔王によって人類はその生存を脅かされ、辛くも勝利した。敗北した魔人達は奴隸として扱われているが、現在でも魔王軍の残党は各地に存在しており、神皇国が対処にあたっている。
幹部とされる者達は全員勇者によって倒された。その幹部の1人にキメラはいたのである。
「じゃあ、その幹部も今回のやつみたいな感じだったんですか?」
「いや、君達が倒したのは獣であって、あの者は人、つまり魔人じゃった。この違いは大きいぞ」
べンガーが言う。世間では勇者と魔王の戦いの後、魔人と魔物を同一視するような動きがあるらしい。しかしそれは違う。
「それともう1つ。君は以前、ドラグニアという街で起こった事件について知っているかね。実はあそこに前触れもなくドラゴンが現れたという話なのだが」
「あ、それなら知ってます。自分達はその時、そこにいたので」
「ん? シュリィもか?」
「はい!」
「・・・・・・そうか」
束の間の沈黙が流れる。そして再び話し始めた。
「魔王軍幹部は4人いてな。黒騎士、ゴーレム、キメラ、ドラゴン。まぁ、彼らにも名前はあるが、今は言わんでおくよ。そしてドラグニアに現れたドラゴンと今回のキメラ。ワシにはどうしても無関係だとは思えなくてな」
無関係とは思えないとした魔王軍幹部と一連の事件。べンガーが挙げた幹部の半分と酷似したものが実際に現れている。もし彼の言っていることが正しいのならば、何らかの理由によって残りの幹部とも酷似したものが姿を見せることになるだろう。
「彼ならどう思うかの」
「彼?」
「勇者じゃよ」
「でも勇者はどこかへ消えたって聞きましたけど」
「彼がそう簡単に死ぬとは思えん。どこかで生きてるじゃろう」
勇者は魔王を倒した後、自らも行方をくらませてしまったらしい。仲間の魔導師すら勇者の行方は知らないという。しかし賢者の、勇者への信頼が見て取れた。この人にそれだけのことを言わせる勇者とは一体どんな人なのだろうか。
「・・・・・・故郷にでも帰ったのかもな」
「勇者の故郷ってどこなんですか?」
「彼は教えてはくれなかった。しかしまぁ、随分と懐かしそうにしていたよ。人なのだから故郷を思うことは当然ではあるが、人並み外れた彼だ。そういうところを見るまでは、もっと超然的だと思っていたのだがね。所詮勇者も人の子というわけだ」
べンガーから勇者の話を聞いて、颯はふと自分の心の内を覗き見る。はたして自分はその勇者のように故郷を懐かしく思っているのか。自信を持って、懐かしい、帰りたいと言える気がしなかった。人並み外れたとさえ言われた勇者ですら、そう思っていたのに颯にはない。自分にはなにもないのだろうか。そう思うと急に湧き上がるように不安が体中に広がった。恐怖に迫られて、今までの自分を思い出そうとする。しかし何も思い出せなかった。自分がどこで生まれたのか、一体どうやってヒロナやシュリィと出会ったのか。べンガーの家に来るまでの道程も思い出せなかった。自分の記憶がいつの間にかなくなりつつあるということを自覚すると同時に、恐怖を抱いていたことすら忘れていってしまっていた。もしかすると自分は人ではなにのかもしれない。確証は何もなかったが、不思議と強くそう思えた。
「む。何か悩んでいそうな顔をしておるの。どうかしたのか」
「いえ、勇者、故郷に帰れてるといいですね」
誤魔化すように言った。
「そうじゃな。君もどこか遠いところから来たんだろう? 大変じゃないか?」
「な、何で分かったんですか」
「うーむ。君が勇者とよく似ているからかの。ここらへんでは見ない顔をしているぞ」
人の顔立ちは、血統に大きく左右される。一体どこの地域の者なのかということは、大抵は顔を見れば分かってしまう。どうやら颯は勇者と似た特徴を持っていたようだ。
「そして君は、悩んでいる。勇者も悩みは抱えていたが、君とは違う悩みだったな。もしかして君は、自分が何に悩んでいるのかすら分からないんじゃないかな? もしそうなら、私が君の悩みを決めよう。・・・・・・自分が何者なのか。君の悩みはこれだ。これについて、悩むといい」
不思議と、べンガーが言ったことに頷くことが出来た。理由は分からない。賢者は君の悩みを決めると言ったが、颯にはむしろ悩みを見破られた気さえした。
「自分が何者なのか」という問いはありきたりではあるものの、それ以外の全ての問いの原点でもある。これを解くことを颯は課せられたし課した。
そして同時に真の賢さというものについても、ひとつ、考えを持つことが出来た。悩みを解決に導くのではなく、何が悩みかを解き明かすこと。これ以上の賢さはない。何故、この老人が賢者と呼ばれているのか。それは人に、問いを与えることが出来るからだ。




