第38話 迎え
自分達で綺麗にした部屋で寝ていた3人は、次の朝を迎えた。起きてから下の階へ降りると、べンガーが既に朝食を用意している。何か手伝おうとする頃には、既に朝食は完成していた。
「ねぇ、今日どうする?」
「え? あー」
朝食をとりながら、そんな会話をする。転がり込むようにここへ来てしまっていて、4日後まで具体的な予定など何も決まっていない。どうしようか悩む3人にべンガーが声をかけた。
「ふむ、それなら、少しばかり手伝ってほしいことがあるのじゃが、やってくれるか?」
「はい、構いませんよ」
「ありがとう。今やっている実験で足りないものがあっての。ワイルドウルフの毛皮なんじゃが、取ってきてくれるか? 近くの採掘場に行けばウルフがいるはずじゃ。10頭分の毛皮を取ってきてくれ」
べンガーからの頼みを聞いた3人は、朝食を終えた後、採掘場へ行く準備をする。準備といっても、特別なにか必要なものがあるわけでもなく、すぐに家を出た。
依頼された採掘場までは、そんな時間はかからない。昨日、3人が来た道を引き返せばすぐに目的の場所である。そうして着いた採掘場を少し歩き回った。しばらくすると人間の足音に気づいたワイルドウルフの群れが、自分達の縄張りを荒らされたと思い、姿を現した。
3人はウルフから距離をとり、遠くからシュリィの放つ魔法によって攻撃をする。倒れていったウルフから順に回収していき、毛皮だけを剥いでいく。これの繰り返しをしているだけで、依頼された10頭分の毛皮は集まりそうだった。
しかし、もう少しで集め終わる、というところで、ウルフとは違う方向から足音と鳴き声が聞こえてきた。3人は魔法を放つ音によってかき消され反応が遅れたため、気付く頃には既にその者は3人の前に姿を現していた。
「ねぇ、あれって」
真っ先に気付いた颯が、ヒロナとシュリィに伝える。その者の姿は、パッと見るかぎりごく普通の魔物だ。しかし、それが他のありきたりな生物と違うのは、たった1つの体に複数の生物の要素を兼ね備えていた、ということである。羊の角に獅子の牙、胴体に鱗を持ち、背中からは鷹の翼が生えている。これ以上ない強靭な手足で、さらに尻尾は毒蛇の頭によって出来ている。異形と呼ぶに相応しい姿をしていた。
「あれって何?」
「さぁ・・・・・・。見たことないけど」
シュリィが見たことないと言ったあとに、ヒロナも首を横に振って分からないと言ってきた。誰も知らない謎の生物だ。それを見たウルフは一目散に逃げ出していた。あの生き物から漂う得体のしれないオーラに恐れをなしたか、身の危険を感じたのだろう。
そして、謎の生物はここに残った3人に目を向けた。颯達も身構える。謎の生物が足に力を入れ、こちらへ飛びかかってきた。それに反応して、ヒロナとシュリィは左右へ、颯は後ろへそれぞれ分かれながら攻撃を避ける。しかし、謎の生物はそのままもう一度、すぐさま飛びかかった。体の向きを変えることなく真っ直ぐに颯へと飛びかかり、謎の生物の牙が彼の腕を傷つけた。
「ぐあっ!」
噛まれたのは右腕だった。あまり深くは噛まれていないが、それでも颯の腕からは血が出ている。さらに噛まれた腕に力が入らなくなり、意識も遠のいていく。
その様子を見たヒロナがすぐさま謎の生物に近づき、剣を振る。シュリィも遠くから魔法を放ち、相手の気を引き付けた。まともに立つことが出来なくなっていく颯を抱えながら、隙を見てその場から2人は立ち去った。
あの場から何とか逃げることの出来た3人は、急いで家へと帰った。意識の戻らない颯を横に寝かせ、傷をべンガーに見せた。
「おじいちゃん、この傷、治る?」
「ふむ。よくある毒じゃよ。今、薬を用意するからちょっと待っとれ」
彼女達を落ち着かせるように、べンガーは焦ることなく棚から救急箱を取り出した。颯の腫れかかっている腕を見ると、包帯を取り出し彼が噛まれた箇所の上下を強く縛りつける。さらに腫れかかっている箇所を少し切り開き、毒に染まった血を体の外へと排出させた。その後、シュリィに持ってこさせた綺麗な水で腕を洗浄し、傷がある箇所を包帯で巻いた。
べンガーは、これでしばらく様子を見ようと言い、颯を安静にさせるために2階の寝室に寝かせた。そうしてこの日は、他に何をするわけでもなく過ぎていくことになる。
自らが治療を受け安静にしている間、颯は夢を見ていた。厳密に言えば、夢のような出来事を体験していたのである。
草原というには狭すぎる大地に大樹が1本だけ生え、彼を待っていた。周囲を見渡せば、雲にしか見えないものがこの大地を包み、それによって地平線のない光景がただそこに出来上がっている。そして空は青ではなく、より優しく明るい色合いで、見ているだけで魂が安らぐ。
ここはどこだろう。そう思う彼の背中に、優しく触れるものがあった。振り返ってみれば、そこには1人の少女がいた。白銀の長髪を揺らす、どこまでも美しい存在だ。
「やっと、会えたね」
彼女は彼の手を取り、大樹を指差した。
「あの下まで行こうよ」
そよ風が吹き、導いているようだ。小さく頷けば、歩きだしていた。
少し歩いて大樹の下まで来た。ここに座り、彼女の方を向こうとした時、彼女が颯の肩に頭を乗せた。彼女の匂いと温かさが、この上なく心地良い。
天国のようだと思った。きっと自分は死んだんだ。そして隣にいる彼女は、女神かなんかだ。この空間の全てが、颯にそう思わせた。
「ずっと一緒にいよう」
彼女が囁く。「僕が永遠に離さない。だから、もう迷わないよ」何よりも甘い声だ。既に、彼の体は限りなく軽くなっていた。ここには彼を縛りつけるものは何も無い。そのことが、彼の魂を全てから解放していた。
しかし、夢見心地だった彼は、自らの腕が痛むことに気付く。この瞬間、颯の体は重くなり、解放されていたはずの魂は、再び全てに縛られてしまった。颯はその場に転がり、痛む腕を押さえる。急変した颯の様子に彼女が戸惑う。
「どうしたの?」
「痛い! 痛いんだ! さっき傷ついた腕が痛い・・・・・・!」
「そう、痛い、痛いんだ。ねぇ、どうすればいいの?」
「治さないと!」
「治さないといけないんだ。そのためには、どうすればいいの?」
「1人じゃ、治せないよ! 君は治せないの!?」
「君? 君って誰? もしかして僕のこと?」
「他に誰もいないよ!」
話にならない。彼女は、この痛みについて何も分かってはくれなかった。颯はこの場所で、もがき苦しみ続ける。腕は真っ赤に腫れ、醜く気持ち悪い。やがて痛みは全身に回り、そして気付く。毒が体中に回ったということに。叫びながら、心臓の鼓動を打ち鳴らし、全身に毒は行き渡る。
腕から毒が流れる。その毒は赤かった。この毒が体中に回ってしまったのだ。膨れ上がる恐怖を抑えようと呼吸が速くなる。大量の空気を吸い、吐き出す。汗まで吹き出し始め、体中が汚くなっていく。
颯の隣にいるというのに何も出来ない彼女を見ながら、颯は彼女と正反対の人が欲しいと願った。話が通じて、痛みが分かる。そんな人が欲しいと願った。
同時に、隣にいたはずの彼女は、この世界と共に瞬く間に消えてしまった。いや、そうではなく、颯の方が世界から姿を消したのである。ここはいるべき場所ではないと、魂が叫んだからだろう。




