第37話 彼は彼女を待った
嘘をつくことが心苦しくなってきたのか、シュリィの声から覇気が消えていく。しかし、それでもべンガーは自分の孫娘の話を聞いて喜び、それがまたシュリィに追い打ちをかけていた。そんな彼女のもとに、ニャー、と鳴く生き物がやってきた。
「あ、センリ」
シュリィがセンリと呼ぶその生き物は、颯にとって猫に近い生き物だった。彼の記憶にある猫と大して変わりはないが、外見上で唯一と言えるような違いは、その尻尾が2本あるということだけである。
その生き物はシュリィの膝に乗り、一度あくびをした後に体勢を崩し目を瞑った。
「今日は元気じゃな。シュリィが帰ってきたことをこの子も喜んどるのかのぉ」
センリの様子を呟いたべンガーは、続けて言う。
「それで、これからどうするんじゃ?」
「えっとね、実はまだ決まってなくて・・・・・・」
偶然にもたどり着いたこの場所で、これからどうしていこうか決まっているはずもなかった。そもそもドラグニアから出発した理由である、仕事が多くある帝国に向かう、という目標は達成出来ておらず、そこへ向かうことは3人の共通の課題であるが、このことを「学校の友達」と嘘をついてしまったので言えるはずもなく、シュリィは言葉に詰まった。
「そも、何故ここに急に来たのか、まだ聞いてないが日帰りではないのだろう? どの程度いるつもりなんじゃ?」
べンガーからの質問にシュリィは答えることが出来ない。彼女は今すぐにでもここから出ていきたい気持ちだったが、すでに昼を過ぎている。この時間から明るいうちに歩いていける範囲に町がないことを彼女は知っていた。そこへ隣に座るヒロナが、シュリィにしか聞こえない声で囁いた。指示のような囁きに、シュリィはすぐさま従った。
「4日。4日だけここにいるつもりなの」
「意外と長いのぉ。いや、なるほど。鉄道か。それなら確かにそれまでは来ないわい。うむ、いいだろう。それまでここに泊まっていきなさい」
「ありがとう。おじいちゃん」
この家に滞在することを許され、礼を言うシュリィ。彼女に続くようにして颯とヒロナも「ありがとうございます」と礼を言った。
「2階に使っていない部屋がいくつかある。そこを使いなさい」
べンガーに言われるままに、3人は2階へと上がった。しかしそこは、本が山のように積まれており、また、長年使われていないのか埃も溜まっていた。その様を見たシュリィがべンガーに文句のように言う。
「ねぇ、おじいちゃん。なんで2階があんなに汚くなってんの?」
「いやぁ、最近になって足腰が弱くなってしまっての。次第に使わなくなってしまったよ」
「使わなくなったんじゃなくて、使えなくなったのね・・・・・・」
べンガーに与えられた2階の掃除を始める。雑巾とほうきを使い分けながら綺麗にしていくが、ただ黙々と作業をするだけだと時間の流れは遅く、つまらないだけになっていく。次第に雑談が増えていく。
「そういえばさ、シュリィのおじいちゃんは賢者だったって言ってたけど、そもそも賢者って何?」
「さっきも思ったんだけど、あんた本当に知らないの?」
「知らない」
颯の質問にシュリィは戸惑った。ついでに静かに掃除をしながら聞き耳を立てていたヒロナも驚いた。
「まぁ、いいわ。おじいちゃんのことを説明する日が来るなんて思わなかったけど、知らないんだったら仕方ないわね」
シュリィは賢者と呼ばれていた、自らの祖父について語る。
スリード=ラム=べンガー。その名を知らない人はいないとまで言われたほどの高名な魔導師であり、かつての戦争の英雄である。多くの弟子を教え導き、その中には現在、神皇国の専属魔導師であるマーリンや、かつては勇者の仲間であり、現在は帝国の専属魔導師であるグンナルも含まれている。魔法に関する分野で、今活躍しているほとんどの人物は彼の弟子だとも言われている。
また、彼に使えない魔法はないとさえ言われており、現代の魔法の発展にも多大な貢献をしている。
「ま、こんなもんでいいでしょ」
シュリィの大雑把な説明が終わる。端的で無駄な部分もなく、聞きやすい話の長さでとても良かった。颯にもその凄さは伝わったようだ。
「まだまだ語れることはあるじゃないですか。魔王軍幹部との戦いとか、勇者との邂逅の話とか」
「キリないしいいわよ。別にそんな面白いわけじゃないしね」
「大事なのは面白さじゃなくて、そこに込められた意味ですよ! 凄く深い内容なんですから、シュリィさんが大事にしなくてどうするんですか!」
「私が大事にしなくったって誰かが勝手に大事にするわよ。現に本屋とか行けば、そういうのたくさんあるし」
いつの間にかヒロナも話に加わっていた。血縁であるシュリィよりも、ヒロナの方が話したそうにしていることが、颯には不思議に思えた。
「でもシュリィは、そんな凄い人と家族なんだろ? 賢者の孫って凄いじゃん!」
「なんも良くない! ってか掃除してよ、2人とも」
褒めるつもりで言った言葉も、シュリィには受け入れられない。そんなことを言っている暇があるなら手を動かせ、と話を逸らされて終わる。仲間なのに隠し事をしていた理由やさっきの話の続きなど、聞きたいことはあるが、それにちゃんと答えてくれるかは分からない。しかし隠したままで、この先もやっていけるとは3人とも思っていない。そこまで固い関係ではないということを、口にせずとも感じていた。
「学校の友達、って言ってたけど、あれってどういう意味?」
決して固くない絆を壊してしまうかもしれない言葉を颯は放った。しかしその言葉は、この関係を先に進める可能性も孕んでいた。ここで言うべきだったのかは、シュリィがどう感じるかに委ねられている。彼女が受け入れれば、3人の関係は今よりは強固なものになるが、拒んでしまった場合、3人の間には暗雲が立ち込めることになる。
「その話、今じゃなきゃ駄目?」
シュリィが選んだのは、どちらでもなかった。受け入れもしなければ、拒んだわけでもない。いつか話すのだろうがそれは今ではない、というのがシュリィの答えだった。
「いや、別にいいよ」
一体、何に価値を感じるのかが大事である。今すぐに何としてでも知ることに価値を見出すのか、それとも結果として知ることになるということを重んじるのか。颯は後者だった。慎重だっただけかもしれない。しかしそれが功を成すこともある。彼は彼女を待った。
「掃除しましょう。このままじゃ朝までかかっちゃいますよ」
ヒロナの言葉が2人の間に割って入る。その言葉を望んでいた2人は、それに気付かされたように掃除に戻った。
積まれている本、散らばっている紙、そしてその上に被る埃。それらを払い、集め、整理しながら、転がり込んだ部屋を綺麗にしていく。掃除することから逃げるように止めていた手を動かせば、このどうしようもないように見えた部屋は考えていたよりも容易く片付いた気がした。しかしそれは3人が、目を背けず手を抜かずにそれぞれに与えられた役割をこなしながらも、時には協力して事に取り組んだからである。
そして傍から見ればまぁまぁかもしれないが、3人からすれば納得出来るぐらいには綺麗になった頃、すでに外は暗く、静けさが夜の街を徘徊していた。掃除を終えた彼らは、疲れた体を休め、次に来る朝のために深く眠りについた。




