第36話 賢者の庭
「けほっ、こほっ」
口の中に砂が入った。前が見えないほどに砂が舞っている。颯達は目の前の砂煙を手で払う。しばらくして、ようやく見えてきた。しかしそこはさっきまで3人がいた場所とは随分と違っていた。
「あれ。ここ、どこ?」
3人が立っている場所はとても森の中とは言えない場所だ。周囲は洞窟の穴が開いている、まぁまぁの高さの山に囲まれ、足元には砂利が散らばっており、すぐ近くには錆びたレールのようなものが見える。レールは山に向かって敷かれており、そこからさらに洞窟の中まで続いている。
そんな風景を見てから辺りを見渡して、ケイがいないことに気付く。
「ねぇ、ケイは? どこにもいなくない?」
「ケイ? 誰それ」
「ここに来る前に一緒にいたじゃん! 馬に乗って、弓を持って、一緒に戦ったじゃん!」
早口で説明をする。しかしヒロナとシュリィは疑問を浮かべた表情のままだ。一瞬だけ、もしかして自分ことを騙しているのか、ケイのことを無視しようとしているのかと疑ってしまったが、2人の顔を見ると、どうやら本当に忘れてしまっているようだった。颯はまるで、自分だけが夢を見ていたかのような気分に陥った。
「じゃあ、ここまでどうやって来たって説明するんだよ」
どうやってここまで来たかなんて颯にも分からない。なんせ急に飛ばされたのだから、説明のしようがない。しかしそれでも、その途中にケイ達と共にいたということだけは確かなのだ。それだけは揺らぎようのない事実だ。
「どうって、普通によ」
「普通って?」
「地図の通りよ」
「地図に道なんか描かれてなかったろ!? だからそこまで地図に載ってないような場所で色んな人に会ったりしてさ」
そこから先は言葉が続かなかった。どう言えば良いのか、自分にも分からなくなってしまっていた。ヒロナには「一旦落ち着きましょう」と言われ、乱れていた呼吸も整えた。
しばらくしたあとに、シュリィが標識を近くに見つけた。彼女はそれに近寄って、標識に書かれていることを読んで驚く。その様子を見ていた颯とヒロナは気になり、シュリィの見つけた標識に2人も近づき見ようとする。しかしシュリィは、その標識を2人に見られないように自分の背中で覆って隠した。
「その標識、何が書かれていたんですか?」
「いや、とくに何も書かれてなかったわよ」
「ならなんで隠すんですか」
そう言ってヒロナはシュリィの背中によって隠された標識を見ようとするが、シュリィが前から退こうとしない。頑ななシュリィにヒロナは少し呆れた顔で、ため息をついた。そして彼女はシュリィの腹を両手で掴んで簡単に持ち上げ、その後ろに隠されていた標識の文字を読む。標識には「アバンドンレバーへようこそ。街へはこちらから!」と、この先を指す矢印と共に書かれていた。
「アバンドンレバー・・・・・・って何?」
「街の名前です」
アバンドンレバー。それはオズマ帝国の領内にある、寂れた街の名前だ。昔、この街は人の多い賑やかな街だった。鉱山が近くにあり、その採掘のために労働者が集まり、その労働者のための家や様々な店が立ち並び、どんどん賑やかになっていった。人が人を呼び、街は大きく発展していった。しかし鉱山から採掘できるものがなくなると、街は急速に衰え、やがて人も段々と姿を消していき、今ではその頃の見る影もない小さな街となってしまった。3人がいた場所は、すでにその役目を終えた鉱山ですね、とヒロナは言う。
「近くに街があるんだったら寄ってこうよ。2人も疲れてるでしょ」
「でも何もない場所よ。それだったら別の街を目指しましょうよ」
「休める場所さえあればいいよ。行こう」
「宿もないような街なんだから行ったって無駄よ」
なぜだかシュリィがアバンドンレバーへ行こうとすることを阻もうとしている。それらしい理由をつけては拒む。
「ここが一番近いんですから、シュリィさんの言い訳は置いといて行きましょう」
「言い訳なんかじゃないわよ。私は2人のことを考えて、ここじゃない方が良いって、そう言ってるの!」
「もうやめとけって」
駄々をこねるシュリィのことを無視して、ヒロナが先に進んでいく。ヒロナと颯、そして仕方なく後をつけていくシュリィはアバンドンレバーへと入った。
街の中には人の姿はない。誰にも会わないその現状にシュリィは、ホッと息をついた。しかし、その直後に後ろから声がした。
「ん? シュリィか?」
その声を聞き、シュリィは固まってしまった。背筋を伸ばし、目線は前から動かしていない。声がした方を颯とヒロナが見ると、そこには白い髭と髪の、ローブを羽織った老いた男性がいた。その老人はこちらへと近づき、シュリィに話しかける。
「おーい、シュリィ。何故無視するんじゃ。帰ってきてたのなら手紙でも寄越してくれれば迎えに行ったぞ」
老人はシュリィのことを知っていた。颯がその老人が何者なのか分からなかったが、シュリィとは親しい間柄なのだろうと推測した。
「知り合い? の人が声かけてるけど」
その後、颯は「シュリィは返事しなくていいの?」というつもりだった。しかし、「シュリィは」までを言った瞬間、颯はシュリィから全力で足を踏みつけられた。
「痛っ!」
颯は踏まれた足を上げ、手で押さえようとする。「何すんだよ!」と颯がシュリィに言う前に、彼女は老人に向かって顔を見せずに返事に答えた。
「あの、シュリィ? って女の子が誰かは存じませんが、多分、人違いだと思うんです」
演技だ。わざと声を高くし、言葉遣いを変え、なんとかして誤魔化そうとしている。ヒロナは隣で「もしかして私の真似でしょうか?」なんて言っている。
そんなシュリィの誤魔化そうとする演技を見た老人は、一瞬だけ呆気にとられた後、冷静に言い放った。
「何しとるんじゃ、シュリィ」
シュリィの演技が見破られた後、老人に彼の家まで案内してもらった。どうやらこの老人はシュリィの祖父で、魔導師をしていたらしい。老人の名前を聞いてヒロナは驚いたが、颯はそうではなかった。シュリィは「え、あんた本当に知らないの?」と颯に対して戸惑っていた。
老人の名前は、スリード=ラム=べンガー。賢者と呼ばれていたそうだ。そしてシュリィの本名も、スリード=ラム=シュリィ、である。
べンガーは颯達を家へ招くと、リビングの机から積まれていた道具や本を退かし、3人を席に座らせた。そしてこの老人は上機嫌に話し始めた。
「まさかシュリィが友達を連れて帰ってくるとはのぉ! 2人は学校の友達か? シュリィは学校ではどうなんじゃ。ちゃんとやれておるか? シュリィの相手は大変じゃろう!」
べンガーから出た学校という言葉を2人は疑問に思う。そんな記憶はない。シュリィとは初めて会った時から冒険者仲間だ。
困惑する颯の足を机の下でシュリィが蹴る。話を合わせろ、と言いたいらしい。颯にしかやらないのは、ヒロナなら空気を読んでくれるからだろう。そしてその期待通りにヒロナは話を進めた。
「大変なんて、そんなことありません。むしろ学校の授業で分からないところを教えてもらったりしていて、助けられてるぐらいです」
「はぁー。シュリィがそんなことを」
「け、結構仲良くやってるのよ? 私達よく一緒に出かけるし・・・・・・。うん」
ありもしない話を聞かされ感心するべンガーの横で、シュリィの話し声は段々と小さくなっていった。




