第32話 抜けた先
「あー、もうびしょびしょじゃなーい」
川を抜けた後、3人は洞窟の中をただ歩いていた。その途中でシュリィが濡れた服が身体にくっついて気持ち悪いだとか、グチグチ言っている。確かにそれは不快感しかないが、今の颯にとっては、カグヤを助けられなかったことから抱いた負の感情をさらに助長させる要因でしかなく、些細なことだった。
「まだ落ち込んでるの?」
「逆に聞くけど、なんでそこまで平気でいられるんだよ? 今からでも遅くないよ。川まで戻って、助けにいこうよ」
颯は目の前にいる自分の仲間が理解できなかった。簡単に、助けられたかもしれない命を見捨て、そのことをまるで忘れてしまったように振る舞える仲間を、彼は理解出来ない。
「無理よ。そもそも、入口が塞がれちゃったじゃない。私達じゃどうすることも出来ないわ」
もしなんとかして入口を通ることの出来るようにしても、その頃には、カグヤは下流まで流されているだろう。すでに遅く、諦めて前へ進んだ方が3人にとっては良くなってしまった。カグヤは下流で誰かに助けられている、そう信じるほかない。颯にはただ暗い気持ちだけが残った。
「ねぇ、それにしてもここ、なんかダンジョンに似てない?」
シュリィがそんなことを言った。しかし颯は「ダンジョン」という言葉が分からず、意味を聞いた。どうやら、古代文明の遺跡だとかで、魔物が住処にしていることも多く、研究はされているが分かっていることはかなり少ないんだそうだ。
「ここがそれっぽいんですね」
「まぁ、私も、実際に見たことなんかなくって、本でしか読んだことないんだけど、大体こんな感じだった気がするわ」
そ、そうなんですね。とヒロナが苦笑する。
「だってこんな場所に人が通れるぐらいの道があるって、なんか不自然じゃない?」
「確かに。でも根拠は?」
「ないわ。勘よ」
は? と颯は口を開けた。呆れている。
「だから言ったじゃない。本でしか読んだことないって。それも少しだけだし」
なんだよ、と残念そうに呟く。しかしその直後にシュリィが「どう? 気分は晴れた?」と聞いた。もう一度、は? と颯は口を開けた。
「あなたの気分が暗いから、話題を変えてたのよ。暗い洞窟にいるのに、あなたにまで暗くされるこっちの身にもなりなさいよ」
ダンジョンの話は、シュリィなりの気遣いだった。颯の暗い気持ちが晴れるなら、何でも良かったのだ。そのことを知った颯はしばらく沈黙した後に「別に、気なんか遣わなくっていいよ」と吐き捨て、1人で前へ進んだ。
「なによ、可愛くない」
シュリィの呟きを無視して颯は前に進む。歩いてすぐに、彼の足元に光が当たった。
「あ、光だ」
顔を上げると、彼の目に眩しい光が入ってきた。久しぶりに見たような強烈な光に颯は目を背けたくなる。
すぐ後にヒロナとシュリィも光を目にした。3人はやっと洞窟を抜けることが出来た。
「外が明るいし、暗い気分になっていいわよ、颯」
「・・・・・・もう何も思わないことにするよ」
シュリィのあれは本当に気遣いだったのかと疑いたくなってきた。いや、もうすでに呆れているから、何も言うつもりなんてないのだが、それでも少し心に嫌な気持ちは残る。しかし、それも気にしないことにした。
「で、こっからどうすんの?」
洞窟を抜けた3人の目の前には、生い茂る木々があった。その木々の向こう、少し先に何かしらの景色が広がっていることはなんとなく分かるが、一体何があるのかまでは分からなかった。
「こーいうのは、この先に見慣れた景色があるものよ。とにかく歩けば、ほら・・・・・・」
そう言って前へ進んだシュリィは黙ってしまった。後ろからついていく颯とヒロナ。2人も木々の向こうの景色を見る。
「これは、見慣れないですね」
ヒロナがそう言う。3人が見たのは、一面に広がる、広大な草原だった。しかし3人が求めていたのは、地図に載っているような町や、そこへと続く道であって、こんなに美しい大自然の風景などではない。
「ここ、地図に載ってったっけ?」
シュリィが呟く。持ってた地図を見た。どこにも載っていない。ドラグニアから帝国までの間に、このような広大な草原は地図には記載されておらず、また目印になるようなものも近くにないので、ここがどこかは相変わらず分からないままだ。
「もー、どこなのよー、ここはー」
「こっちのセリフだよ。それは」
颯がシュリィの愚痴にツッコむ。シュリィは颯の方を見て嫌そうな顔をした。突っかかられたのが嫌だったようで、颯のスネを蹴った。何すんだよ、と言ってきた彼に対しシュリィは何もしていないと、そう答えた。
2人の仲が悪くなりかけた時、ヒロナが向こうの方を指差した。
「あの、あれはなんでしょう?」
ヒロナが指差した方からやって来たのは、何頭もの馬。そしてそれに乗る人々。さらにそれらに囲まれるようにして移動している羊か山羊か、どっちつかずの生き物。それら全てが3人の方へとやって来た。
おい、と馬に乗った人たちのうちの1人が声をかけてきた。
若い男だった。日差しをしのぐための帽子に長袖の服装で、毛並みが綺麗な立派な馬に乗っている。
「ここで何をしている?」
「え」
「お前達は誰だ。どこから来た」
颯は突然に話しかけられ、頭が真っ白になった。何も答えられないまま颯が立ち尽くしていると、横からヒロナが颯の代わりに男の質問に答えた。
「私達はここで迷ってしまってようなんです。街を目指しているんですけど、ご存知ありませんか?」
すらすらとヒロナが答える。その姿に颯とシュリィの2人は見ていることしか出来なかった。
「まち、街だと? お前らは商人か何かか? ・・・・・・まぁいい。だが、街かぁ。ここから一番近い場所でも、それなりにかかるぞ」
「構いません。道だけ教えてくれれば十分です」
そう言ってヒロナは男に地図を見せる。このまま男に道を教えて貰えば、後は歩いて行くだけだ。3人とも、そう考えていたが、男が発した言葉がその期待を砕いた。
「ん? これは何だ? どこの地図だ?」
え? とヒロナも戸惑いの声をあげる。
「これはここの地図じゃない。少なくとも、俺はこんな地図は見たことがないぞ」
男は言った。しかし確かにヒロナが見せたのは、シュリィが持っていた地図だ。そこにはレイシュタ湖を中心に描かれた国や地域の名前、さらには大きな街から小さな村までしっかりと描かれている。
3人が地図がありながらも迷ったのは、この中の誰一人として来たことがない、つまりは初めて来たために不慣れで迷ってしまったのだと思っていた。しかしこの男は3人とは違う。ここの気候に適した服装を着て、家畜を率い、そして信頼し合った馬に乗っている。そんな男が、この地図は見たことがないと言った。
そうして初めて3人は、今が深刻な状態にあるのかもしれないと思い始めた。
「おーい、ケイ。どうしたー?」
向こうの奥から声がする。
「俺を呼んでるんだよ」
そこにいたのは3人が話していた男と似た服装で、同じように馬に乗っている、髭が喉を隠すほどに伸びている丸っこい男たちだった。ケイというのは3人と話していた男の名前らしい。
ケイは3人に、とりあえず来いよ、と言って髭を生やした男たちのもとへと帰っていった。颯、ヒロナ、シュリィの3人は、ケイの言葉を信じてみるほかなく、彼の後ろに付いていった。




