第31話 川の流れ
早く帰ってきたスサノオに、クシナダは満足し笑みをこぼした。そして全員で居間へあがろうとした時、クシナダがスサノオにそっと耳元で囁いた。
「私はどうやら具合が悪い。別の部屋にいるから、絶対に覗くな」
それまでのクシナダとは違う、強い力のこもった声だった。それを聞いたスサノオは、ただ頷くしかなかった。
クシナダが1人で部屋へと籠もる。戸を閉じ、こちらとあちらを分け隔てる壁とした。カグヤは部屋へ籠もるクシナダを気にかけ、声をかけようとしたが、それはスサノオに止められてしまった。
「母さんはちょっと具合が悪いんだってさ。すぐ治るから、あっちで遊んでよう」
「うん」
スサノオがカグヤを説得する。クシナダを除いて居間に座った。少しの静寂が続く。颯達3人は気まずそうにしており、スサノオは懐から何かを取り出した。暇を持て余したカグヤが、それに目をつけた。
「何それ!」
「ん? あぁ、これは、櫛だよ」
「くし?」
「こうやって、髪を綺麗にするんだ」
スサノオは手に持っている櫛で、カグヤの髪を梳かした。カグヤはふーん、と興味があるような目で櫛を見て、そして興味がないようなつまらなさそうな顔で話を聞いた。
「カグヤにやるよ」
「何で?」
「俺は髪なんて綺麗にしないからな」
櫛をスサノオから渡されたカグヤは、居間の隅に置かれているものにも疑問を持った。「あれはなに?」と指を指して聞くとスサノオは、「あぁ、あれは・・・・・・」とカグヤに教える。
「天叢雲剣っていう剣だよ。あれにはな、雲を集めて、そして雨を降らせるって力がある」
「えー、見えなーい」
「ま、そうかもな」
ところで、と言って今度は颯達に話題が振られた。
「お前らは、いつここを出るとか、決めてるのか?」
決めていなかった。こんな地図もあてにならないような場所に、そう長くいることは出来ないだろう。そして、それが分かっていながらも、まだそのことを具体的に話合えていない。第一ここら辺の地理に関しても、川の手前までしか行けておらず、それ以外のことが何も分かっていない。スサノオにはそこらへんの事情も含めつつ、今の気持ちを伝えた。
「どうすればこの竹林を抜けられるのか、分からないので、まだ先にはなると思うんですけど、出来れば早くここを出たいな、と」
颯がそう声に出した瞬間、クシナダが籠もっているはずの部屋から大きな物音がした。中で暴れているような、大きな音だ。
気になって部屋の方へ向いた時には、カグヤがすでに飛び出していた。気になって見に行ったのだ。
「待て!」
スサノオがカグヤを止めようとする。しかし、手は届かずにカグヤは部屋の扉を開けてしまった。中には、クシナダと彼女が着ている着物から巨大な蛇の頭が7つあった。部屋の中は血だらけで、少しの生臭さもする。
「見るなと言ったのに、見たのだな。この、恥ずかしさにまみれた、この姿を見たな!」
クシナダがそう叫ぶと、蛇はこちらに襲いかかってきた。スサノオは咄嗟に腰にある剣を抜き、蛇を押さえつけた。
「早く! 天叢雲剣を持って、ここから早く出ろ!」
突然にことに戸惑うカグヤと颯達。
「ねぇ、どうしたの!? お母さんは!?」
「いいから、早く!」
怒号よりも大きい声で、カグヤに言う。ここはスサノオの言うとおりにするしかないと、颯達は感じた。部屋の隅に置かれていた剣を持ち、颯はカグヤを抱き上げる。
「颯、お前はここから抜け出す道を知っているはずだ! それと、その剣はカグヤに渡してくれ」
スサノオのその言葉を聞いた颯は走り出した。抱き上げているカグヤの手に剣を持たせ、ヒロナとシュリィと走る。颯はスサノオに言われた、抜け出す道というのについて、そもそも自分は1つの道しか知らないことに気づいた。そしてその道を駆け抜けた。後ろから、また大きな音がする。カグヤがその音の方を見た。するとクシナダから出てきた蛇の一体と目が合ってしまい、蛇はこちらへ勢いよく向かってきた。
「追いつかれますよ!」
「大丈夫! もうすぐだから!」
そうして竹林を出て、川の手前までやって来た。
「川!?」
「ここを渡るんだ。それしか道はない」
颯は真っ先に川の中へ入っていった。そして、ちゃんと底に足が付くことを確認してから、手を伸ばしてヒロナとシュリィを川へと入れる。先に2人を向こうまで渡らせ、残るのは颯とカグヤだけになった。カグヤを向こう岸に着いた2人に手渡そうとした時、川の上流から激しい濁流が流れてきた。
「あっ!」
強い波が颯達に当たる。波が来る前にヒロナとシュリィは颯の腕を掴んでいたが、カグヤは颯が抱いた状態だった。気づいた時にはもう遅い。その姿はもう見えなくなっていた。ヒロナとシュリィに引き上げられた颯は、流されてしまったカグヤを取り戻そうとする。
「カグヤを助けないと!」
「この流れじゃ無理です! 颯さんまで流されちゃいますよ!?」
「でも・・・・・・」と呟く。流れに負け、カグヤを手放してしまったことの悔しさと、スサノオとの約束を果たせなかった罪悪感を抱いた。
竹林の奥、颯達がやって来た方から大きな音が聞こえる。クシナダだ。巨大な蛇となって追いかけてきているのだ。
「逃げないと!」
川を渡ったはいいとしても、ここから先は巨大な岩が重なっており、登っていくのも難しい。
「ねぇ、ここ!」
シュリィが岩と岩の間にギリギリ通ることが出来そうな場所を見つけた。選択肢などなく、飛び込むようにしてそこに入り込んだ。ちょうど3人が入りきったところで、岩々が崩れ入口が塞がれてしまった。しかし、落ち込むことはあまりなかった。前に道が続いていたからだ。薄暗い洞窟だった。
颯が落ち込んだ顔をしていた。
「助けられなかったこと?」
「それ以外に何があるんだよ」
「仕方ありません。そう思うしか、今はないです」
颯は再び「でも・・・・・・」と呟いた。そう簡単に切り捨てることが颯には出来ない。この先に進むことすら躊躇している。出来ることなら、あのまま外に戻って、川を下っていきたいと思った。そう立ち止まっていた時だった。
「あ、ねぇ」
シュリィが何かに気づいた。
「風、吹いてない?」
足元に微かな風を感じる。風は、洞窟の奥から吹いていた。
「じゃあ、この先に行けばとりあえず外には出られるってことですか?」
「そうね、どこか分からないけど、どこかとは繋がってるみたいね」
一先ずの行き先は決まった。風を頼りに暗闇の中を進んだ。
川の流れが激しくなり、そしてカグヤは流された。その川の下流に、1人の男がいた。少年というには、大人びた雰囲気が似合っていない。大人というには、まだ若い。そんな男は、ローブに身を包み、フードを被って、誰に見られるわけでもないのに顔を隠していた。男は流れる川の真ん中に立っており、向こうの岸まで行くこともなく、ただ呆然とそこにいた。
男は川の流れがわずかに変わったことに気づいた。そして、上流の方を見た。幼い女の子が流れてくる。カグヤだ。男はカグヤを川からすくい上げ、向こうではない岸に横に寝かせた。その場で出来る処置をこなす。しばらくするとカグヤの体はピクッと動き、死んではいないことを男に伝える。
男はカグヤのその顔を見て、不思議に思った。カグヤは男の記憶の中の女性に似ていたからだ。




